金沢文芸館

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文芸館だより(ブログ)

文芸館だより H30年度

6月16日(土)第2回 小説講座

仲間の意欲や情熱を自分に取り込む

 講師:正見 巖(『北陸文学』同人)


 午後から、第2回目の小説講座を開講しました。講師は、『北陸文学』同人の正見 巖(しょうけん いわお)先生です。「小説の実作について①」と題して、具体的な創作のポイントを軸に、先生が経験された興味深いエピソードもお聴きしました。

 まず、作家が実際にどういうきっかけで小説を書き出すかというと・・・

*新しい原稿用紙に自分の名前を書き込むこと

*自分が言いたい一つの言葉(テーマ)があり、その場面を決めて前後を組み立てる

*一枚の写真を見つめ、そこから沸き上がる情景・イメージを描く

*友達と何気ない会話をしている最中に、話題とは全く別な何かが湧いてくる

――など、様々なケースがあるそうです。それぞれの作家がそれぞれに決まったスタイルにこだわり、大切にしていることがわかります。

 

*実作のためのポイント

1.主人公を早い段階で登場させる。

作品の冒頭がよいが、なるべく味わいのある文章、簡潔な中にもその人柄や背景が伝わるように工夫する。

2.時間・場所を示す。

設定した場面に主人公を放り込む。また、プロット(筋書き・構想)を練り上げる。

3.作品のテーマ

最初から出さない。途中で一般論を入れない。

4.情景描写・風景描写

無駄な情景は不要。説明ではなく、描写で読者に必要な状況を伝える。

登場人物の心理・心情を反映させる。 物語の「伏線」を敷く。

5.主人公に対置する人物設定を

反目、衝突するライバルとの葛藤により、主人公を際立たせる。

ストーリーに深みが出るための人物や環境を設定する。

6.異性を登場させる

男女の関わりによって作品に彩りを加える。

7.主人公の職業に精通する

自分の体験を活かす、取材・調査・研究することで現実味ある世界を描く

 

「作家は欺瞞を商う者である」と言われるほど、欺瞞(虚構)は小説にとって不可欠です。ただし、いくら欺瞞・虚構と言っても本当らしい嘘である必要があります。作品の中核が「体験に基づく真実」であり、その外側を厚く包み込むものが本当らしい、真実みのある「虚構」と言えます。この虚構が大きく、豊かであるほど味わいのある面白い作品につながるのではないでしょうか。

正見先生が『北陸文学』の同人に誘われて参加したのは、定期的な会合を通して伝わってくる会員(同人)の創作意欲や情熱を自分自身の執筆の刺激にしたい、との思いからだったそうです。

この講座でも同じような仲間の情熱や先生からの助言や激励が、受講生の皆さんにとって前向きな刺激となることを願っています。

 

 次回は、3名の講師の皆さんとともに「掌編作品」の合評を予定しています。多数の皆さんのご参加・見学をお待ちしています。



6月16日(土) 第2回 俳句入門講座

「期間」や「経過」ではなく、『その瞬間』を捕らえる

 講師:野村 玲子(『あらうみ』同人・石川県俳文学協会常任理事)

 

 穏やかに薄陽の射すこの日、第2回目の俳句入門講座を開講しました。講師は前回に続き、俳誌『あらうみ』同人の野村 玲子(のむら れいこ)先生です。11名の受講生の皆さんからお寄せ頂いた作品を読み合わせして、それぞれの作品の長所や特色に注目したり、先生からの添削やアドバイスを頂いたりするという内容でした。

 

 更衣三日ばかりを若やいで     更衣袖を通せば若やぎて

 *俳句では「瞬間」を詠むのが基本。

 

 風薫るブナ林巣穴に赤翡翠(あかしょうびん)  風薫る巣穴いくつもブナの幹

 *題材を詰め込みすぎない。

 

 朝靄の七つの尾根七尾城      夏霞七尾城址の尾根七つ

 *「朝靄」は季語にならない。語順にも工夫して。

 

 梅雨寒の着る服迷う散歩かな    梅雨寒の散歩の服を着迷うて

 *類語を工夫してすっきりと

 

 青い空赤いトマトを3箇採る    空青し真っ赤なトマト三つ採る

 *トマトの赤を強調する。

 

 黒南風や白い露草凛と咲く     黒南風や白露草の凜々と

 *助詞の工夫で表現を引き締める。

 

 夕暮れて紺青光る梅雨の間     夕暮れの気配紺青梅雨晴れ間

 *何が紺青なのかを、読み手にわかりやすく。

 

 梅雨晴れの学童の傘チャンバラに  学童の傘でちゃんばら梅雨晴るる

 *情景がわかりやすい佳作。ちゃんばらは平仮名で。

 

 雨粒に見え隠れして水馬      橋の上にアングル定め杜若

 *どちらも情景が生き生きと浮かぶ佳作。

 

 坊守りの植えし額花石段に       石段に坊守植えし額の花

 *「坊守」「額の花」の表記を適切に

 

 友が逝く幼な児案じ梅雨の朝      五月雨や友の遺せし児を案ず

 *「逝く」は過去形に。「遺児」を表記に含ませる。

 

 謳歌する書斎の内を一匹の蚊      一匹の蚊に領されし書斎かな

 *「謳歌」は大げさ。類似表現を工夫して。

 

 水面をステージの如輪舞する      水面をステージの如水馬

 *季語を交え、輪舞する主体を明確に。

 

 藩侯の雄々しき入場梅雨間近

 *無駄がなく、力強い漢語を駆使した佳作。

 

 床に映え心にしみる青もみじ      実相院広縁に映え若楓

 *実名を入れて具体的に。「青もみじ」は季語になし。

 

 全般に作品のレベルが上がったと、先生からも褒めて頂きました。今回は、仮名遣いや表記、読み仮名などについての質問も次々に飛びだし、受講生の皆さんの意気込みが伝わってきました。俳人・稲垣汀子さんの「俳句の作り方~⑩のないづくし~」を意識して、次回も果敢に挑戦して頂きたいものです。

 

①    上手に作ろうとしない     ~飾る言葉に惑わさずに

②    難しい表現をしない      ~平明さを追求する

③    言いたいことを全部言わない  ~省略で余韻をのこす

④    季題を重ねない        ~一つの季語を活かす

⑤    言葉に酔わない        ~独りよがりを避ける

⑥    人真似をしない        ~自然にうかんだ言葉を大切に

⑦    切れ字を重ねない       ~「や・かな・けり」句に一つ

⑧    作り放しにしない       ~作品を何度も見直す

⑨    頭の中で作り上げない     ~実際に五感で触れたものを

⑩    一面から物をみない      ~角度を変えて広がりを求める

 

次回(第3回・最終回)は「句会」の要領で、受講生の皆さんが兼六園で取材した吟行句を紹介し合う予定です。定時より早めの、午前10時15分から開講します。力作を期待しております。

 



6月9日(土)第2回 詩入門講座

この長い沈黙は何だろう

 講師:杉原 美那子(『笛』同人)

 午後からは、詩誌『笛』同人の杉原美那子(すぎはら みなこ)先生を講師にお招きして、第2回目の詩入門講座が開講されました。「何を どう描き どこまで描くか」をテーマとした作品鑑賞でした。

 

1.北川冬彦の作品における比喩表現

 

  馬

軍港を内蔵している

 

  戦 争

義眼の中にダイヤモンドを入れて貰ったとて、何になろう。

苔の生えた肋骨に勲章を懸けたとて、それが何になろう。

 

腸詰めをぶら下げた巨大な頭を粉砕しなければならぬ。

腸詰めをぶら下げた巨大な頭は粉砕しなければならぬ。

 

その骨灰を掌の上でタンポポのやうに吹き飛ばすのは

いつの日であらう。

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

西洋剃刀の刃は透明な飴棒である。舐めてみると、瞬間、唇は

稲妻のやうに切り落とされた。これは素敵な清涼剤だ

 

*大胆で繊細で意外性のある比喩によるイメージの広がりに注目)

*修辞法の中では、「比喩表現」が決め手になる!

 

2.言語・漢字からの発想 

 

――― 海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。

そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。

               (三好達治「郷愁」より)

 

母は

舟の一族だろうか。

こころもち傾いているのは

どんな荷物を

積み過ぎているせいか。

 

幸いの中の人知れぬ辛さ

そして時に

辛さを忘れている幸い。

何が満たされて幸いになり

何が足らなくて辛いのか。

               (吉野 弘「漢字喜遊曲」より)

*注意深く見つめて気づき、見つけ出すこと、

*個性的・独創的な発見を核にして発想を膨らませる大切さ

 

3.どこまで描くか、どんなかたまりを描くか

 

私たちの鏡は破壊され

限りない悲嘆にくれた

われわれは声のかけらを集めたが

祖国の挽歌しか歌えなかった

(マフムード・ダルウィーシュ 池田修訳)

*ダルウィーシュはパレスチナの国民的詩人。

 祖国を一つの「かたまり」として現状や悲哀を詩に詠み込んでいる。

 

しずかに

語りはじめた人

かける三歳半字は書けない

語ることができる

 むかし こわい

そういうお話は嫌い

楽しいお話をして

 はちさん ねねのぴあの おともだち

 はっぴょうかい おはな はくしゅ

 

怖いお話もちょっとして

 あらし かぜさん はっぱ

きのうの春の嵐のこと?

 みんなこわれてしゅうりができないではっぱがしんで

 きょうりゅうのほねがみんなをたべて

ほおー恐竜の骨がですか

 そうだよきょうりゅうのほねにじじがたべられて

 ねねがたべられて

ママは?

 ままはたべられないでばばはたべられて

パパは?

 ……

 ……

この長い沈黙はなんだろうか

こわいおはなしもうしない

 

三歳半わらしの顔が曇った

夕立つ前 冷たい風が吹いて

座敷に立ちつくす子は

ちいさくふるえて語った

終章を捕まえて

ぴーたーらびっとしあわせはなかった

           (細野傳造「ぴーたーらびっと」より)

*どこまで描くか(描かないか)?

 パパへの沈黙が意味するもの。

 ピーターラビットが持つ、静かさ・憂い・深い森…。

 子どもが持つ、無邪気さ・残酷さ・不思議さ、直感…。

 

現代詩に限らず、詩作品の言葉やテーマを「解釈・鑑賞」する可能性や意味について、改めて考えさせられる講座でした。豊かなイメージの帆を張る、魅力を秘めた優れた作品がある一方で、解読・解釈することが困難な作品もあります。作者の感じ方を追求するとともに、読者自身も感性を磨き、受講を通して互いに謙虚に、また貪欲に学び合う姿勢を大切にして、自らの詩作につなげたいものです。

 

第3回(7月14日)の担当は、詩誌「禱」同人の、内田 洋(うちだ ひろし)先生です。お誘い合わせてご来館ください。講座の見学もお待ちしております。



6月9日(土) 第2回 小説入門講座  

身近なところから『心を打つもの』を集める

講師:小網 春美(『北陸文学』同人)

 「ストーリーをつくる」をテーマとして、第2回小説入門講座が開講されました。講師の小網春美(こあみ はるみ)先生は、同人誌『北陸文学』の最新号(4月刊、82号)に、「しずり雪」と題する百余枚の力作を発表されました。

 受講者は20名の定員に到達する盛況ぶりで、皆さんの創作に対する静かな情熱が伝わってくるような時間でした。

 

 1.小説とは「人間」を描き出すもの

【資料】小川洋子「人間の哀しさ」(随筆)より
(「私」は片足の不自由な野菜売りのおじいさんが、うまく自転車に乗れずに雨の中で自分をあざけるように弱々しく笑う場面に遭遇する)

私は夜、その光景を繰り返し思い浮かべて泣いた。泣くことが一番ふさわしいわけではないと分かっていたが、他に気持ちを表現する方法を知らなかった。単純にかわいそうに思ったからではない。手助けすべきだったのにと後悔したわけでもない。もっと根源的な感情を揺さぶられた気がした。(中略)彼の片足を覗き穴にして、私は人間の存在そのものの哀しさに触れた。そしてつまりは、自分が抱えているみすぼらしい部分に気づいてしまったのだ。おじいさんはどうにか自転車にまたがり、よろよろしながら遠ざかっていった。私はいつまでも窓の外から視線を動かせなかった。(中略)

自分が今目にしたものは何だったのか。当時は見当もつかなかった。やがて私は小説を書くようになった。涙の代わりをしてくれる表現の方法を、ようやく見つけた。書くことに迷いを感じるとき、野菜売りのおじいさんを思い浮かべる。自分にとっての小説の意味が、あの日に隠されているような気がするからだ。

 

2.失敗を怖れないこと

【資料】村上春樹「僕にとっての短編小説」より

 ○短編小説を書くことは、純粋な個人的楽しみに近い

 ○頭の中にある一つの断片からどんな物語が立ち上がるか、その成り行きを眺め、それをそのまま文章に移し変える。

 ○鋭い集中力と豊かなイマジネーションが要求される!

 ○短編小説を書くときは失敗を怖れない。前向きの失敗ならば、先につながる。 

 

3.ストーリーをつくるポイント

 ①過去の屈折した体験(病気、死別、挫折、家族関係、不条理)にアクセスする。

 ②積極的に人や情報とふれ合い、題材やテーマを探す。

 ③自分の内にあるイマジネーション(想像力)を掘り出す。

  …経験・知識(現実)と想像力(フィクション)を絡み合わせる

 ④『山場』をつくることは大切だが、「起承転結」に縛られないこと

…深いところに潜む不条理、ハプニング、意外性のある展開を。

 ⑤誰の視点で書くか、ぶれないこと。

 ⑥斬新さよりも、自分の個性を前面に出す。

 

 このほかにも、書けないときは「人間観察」をして、創作に活かす。日頃から,身の回りの様々な事象、人、物、映像、言葉に気を配り、『心を打つもの』を自分に取り込んでいく。また、つらくても、うまくいかなくても、一旦書き出すと、書く状態に入り込むことができて習慣化されることもある。そういうよい流れ(状況)を作る。・・・小網先生の実作者としての豊かな経験をもとにした貴重なアドバイスを頂きました。

  

  第3回は7月14日(土)、「推敲について」。高山 敏(たかやま さとし)先生が担当されます。



 6月5日(火)出前講座 金沢市立大徳小学校

 秋声・鏡花・犀星は、三人とも金沢の川とつながっていた

 講師:藪田 由梨(徳田秋声記念館 学芸員)
 

 30度近い暑い日になったこの日の午後、出前講座で大徳小学校に訪問いたしました。4年生の162名の皆さんを対象に、「金沢の三文豪を知ろう」をテーマとした講座でした。講師は徳田秋声記念館の藪田由梨(やぶた ゆり)学芸員さんです。

 校長先生のお話では、大徳小学校は明治6年に創立した学校で140年を越える歴史を積み重ねてきたそうです。明治6年と言えば、三文豪の一人である泉鏡花が生まれた年に一致します。校長室には、明治初期からの校長先生の写真が整然と飾られていました。

 

 体育館を会場にした講座では、「金沢の三文豪」=「金沢で生まれ育った、三人の、とても偉くて立派な、小説や詩を書いた文学者」という確認から始まりました。徳田秋声(とくだ しゅうせい)、泉鏡花(いずみ きょうか)、室生犀星(むろう さいせい)のそれぞれの作家が生まれた場所、作品の特徴や人柄などが、具体的にわかりやすく説明されました。子どもたちは、それぞれのワークシートに名前や、浅野川・犀川を書き込んだりして、熱心に学習していました。

 徳田秋声は、身近なふだんの生活をそのまま書く作家で、ダンスが好きなおしゃれな人だったこと。泉鏡花はその正反対で、心の中の想像や幻想などのファンタジーを書いた作家であり、ウサギが大好きでウサギの置物や小物を沢山集めていたこと。秋声と鏡花は浅野川の畔に生まれましたが、室生犀星は犀川のすぐそばに生まれました。詩人であり、小説家でもあり、自然や世の中の様々を美しい言葉で描くところが特色です。また、犀星は庭づくりをはじめ草花や小さな虫などを育てることにも関心が強かったそうです。

 お話の最後に、三文豪の作品が紹介されました。幅広く人々に親しまれている、室生犀星の詩です。

 

    犀  川

うつくしき川は流れたり

そのほとりに我は住みぬ

春は春、なつはなつの

花つける堤に坐りて

こまやけき本のなさけと愛とを知りぬ

いまもその川のながれ

美しき微風ととも

蒼き波たたへたり

 

これから、4年生の「総合的な学習の時間」では、三文豪を含めた金沢の偉人についての調べ学習が始まるそうです。この日の講座のように、瞳をキラキラ輝かせて友達と力を合わせて取り組んでくださることを期待しています。



6月3日(日)第2回『朱鷺の墓』朗読会

強く、勇気ある女として、どんな選択をすべきか

 朗読:髙輪 眞知子(朗読小屋 浅野川倶楽部代表)
 

 恒例の「百万石まつり」の最終日を迎えたこの日も、前日に続き素晴らしい好天に恵まれました。午後から、五木寛之原作『朱鷺の墓』の朗読会が開催されました。朗読は、朗読小屋・浅野川倶楽部代表の 髙輪眞知子(たかなわ まちこ)先生です。

 

 1917年ロシア2月革命の後、レーニンが共産党ボルシェヴィーキを指揮して武装蜂起して、ソヴィエト政権の樹立を宣言しました。翌年1月、日本政府は居留民保護の目的でヴラジヴォストークに二隻の軍艦を派遣するなど、源田少佐の予言した日本軍のシベリア進出が具体化しつつありました。これに伴い、英国、仏国、米国、中国なども戦艦を送り込んで、ヴラジヴォストークは騒然たる状況で緊迫していました。ナホトカの中華料理店の共同経営を任されて順風満帆に見えた染乃とイワーノフの生活は一転して、危険にさられてしまいます。シベリアに上陸した日本軍は、赤軍、革命派への猛烈な攻撃でシベリアを制圧してしまいます。

 源田少佐は東園の染乃に、店を日本軍の将校用のクラブにするという便宜を図る一方で、雁木機一郎に反体制的な思想からの転向を促す手紙を書くように命じます。染乃はイワーノフと相談の上、偽りの改心を迫るように見せかける手紙で、機一郎を獄中から救い出す計画を実行します。機一郎はその手紙の真意を汲み取る一方で、検事の意向を呑み、雁木機一郎は死んだものとして、「北野洋三」という別人として生き延びて、ようやく染乃との再会を果たします。そんな染乃は源田少佐から自分の情婦になるように誘惑されます。そうすれば、イワーノフも、店も、染乃自身も安全は保障されるという駆け引きでした。染乃は深い煩悶に落ちます。

 

 〈戦うしかない〉朝方、染乃はそう考えた。もう戦うしかないのだ。ここで相手の言うなりに体をまかせて軍人の情婦になる位なら、死んだほうがいい。〈だが死ぬほどの覚悟があれば、どんなことだってできる〉染乃はそう考えた。昔の自分だったら、運命の手に逆らわずに押し流されることを選んだかもしれない。だが、今はちがった。染乃はこの年月の間に、もっと強い、勇気のある女になっていた。(…中略)

〈自分が手を汚せばいいのだ。地獄におちても、それでいい〉染乃はそう考えて、心を決めた。道はひとつしかないようだった。源田少佐の脅迫に屈服して、彼の前に自分の体を差出すか、それともそれと戦うか。もしそうでなければ、イワーノフを失うことになる。そして、今の染乃にはイワーノフとの生活を抜きにして、生きている意味はなかった。…〈あたしはこの人と一緒に生き、一緒に死ぬ〉染乃はそう心の中で誓い、思わず涙を流した。その涙は人間が生きて行くために、さけることができない暗い道を歩む決心をした染乃の、魂の底からにじんだ苦い涙だった。

 

革命の勃発により各国の利権がせめぎ合う厳しい渦中で、窮地に立たされる染乃はここでどんな生き方を選択するのでしょうか。穏やかな日々はもう戻って来ないのか…。

次回(7月8日)も、ぜひご参集ください。



5月19日(土)第1回 小説講座

「突き抜けた」表現を目指して

 講師:剣町 柳一郞(小説家)
 
 午後から、第1回小説講座を開講しました。この小説講座は、過去に何らかの創作を体験した方を受講対象として、さらに表現力を磨き、創作実践の力量を高めることを目指しています。月例で開講する8回の連続講座のうち、第3回(7月)、第7・8回(11月・12月)は受講者作品の合評会です。

「短編小説の魅力」をテーマとした今回の担当は、作家の剣町柳一郞(つるぎまち りゅういちろう)先生です。先生のこれまでの創作活動を通した実感とご準備頂いた資料をもとに盛りだくさんの展開でした。資料や話題の一部をご紹介します。

 

1.短編小説を書くにあたって

①    短編小説の魅力・特徴

テンポと展開の速さが心地よい 無駄なセリフ・説明がない

とりわけ結末が大事 物語が繊細すぎると縛られる

水彩画をスケッチを描くように 盛り込む内容を欲張りすぎない

②    創作上のポイント

登場人物の面白さ・興味を創出する 人間描写を的確に

  アイデアは平凡な日常にある

  アイデアから作品へ:創作ノートを活用 全体の見直しと肉付け

  取材がベース:現地・現場の匂い、声、環境・背景、小道具など

  説明よりは丁寧な描写を優先 観念性(抽象)を避けて具体的に

  登場人物:背後に作家の人間観・生命感 リアルな言動を

  比喩表現:文章に溶け込み共感できるように 「厚み」を加える

  悪役の存在:主人公に対峙、脇役に伏線を張ると効果的

③    創作の姿勢

書き続けること 楽しみながら、のびのびと書くこと

客観性を保つために、第三者に読んでもらい手直しする

感情の起伏を丁寧に 五感を通した言葉で伝える

推敲で作品全体を見直す 「ねかせて」後に、削る

到達点は『突き抜けたもの』!…「上手」「行儀よい」を越える

 

2.作家たちからのヒント

①    村上春樹:一人で食べるカキフライはおいしいけど、寂しい。寂しいけどおいしい。孤独と自由の関係のように永遠に循環する。…自分が小説を書いていると思うと頭が重くなるけど、カキフライを揚げているんだと思うと、楽になる。

②    角田光代:私が書きたかった闇は、絶望ではなく寛容な世界に繋がっている。…日常生活の中に、まだ誰も書いていないものが絶対にある。

③    馳 星周:ストーリーの引き出しはいっぱいあったほうがいい。引き出しを増やすのは読書量である。

④    中島京子:小説にどれだけの奥行きを持たせられるか。…『過去』(経験した奥行きの中)に小説のおもしろさを探ることができる。

⑤    川本三郎:普通の言葉で書かれたもの…自分にしか書けない世界を平易な言葉で。

 

講座の終盤には、角田光代さんの短編集『さがしもの』(新潮文庫)に収録された「不幸の種」について感想を交流し、その無理のない筋書きや受け入れやすい登場人物、多彩な文末表現、不幸の種の位置づけの巧みさ、読者を飽きさせない展開など、人気作家による小説の豊かさ、確かさについて共有することができました。よい作品に触れてしっかりと感じ取り、創作に活かす姿勢をこれからも大切な習慣にしたいものです。

 

次回は、6月16日(土)午後3時開講予定です。見学や傍聴もできますので、お気軽にご来館ください。



5月19日(土)第1回 俳句入門講座

自分が感じたことを最優先に!

 講師:野村 玲子(石川県俳文学協会常任理事)

 俳句入門講座では今年度から新たな講師として、野村玲子(のむら れいこ)先生をお迎えしました。野村先生は金沢市内に在住で、俳誌『あらうみ』『ホトトギス』等の同人であり、県俳文学協会常任理事としてもご活躍中です。昨年度11月には、句集『雪月夜』を刊行されました。

 今回の初回講座では、前もって12名の受講生の皆さん全員からの作品をお送り頂き、その作品を順次読み合わせ、鑑賞しながら俳句づくりのポイントを探るという内容でした。話題になったアドバイスや添削例などをご紹介します。

 

  和漢薬商う老舗軒つばめ

  *実際の情景が見えてくるような佳作。

 

雪解けのツツドリ来る医王山    ツツドリや雪の消えたる医王山

  *「雪解け」と「ツツドリ」で季節が分かれることに注意

 

  それぞれにどこに泳ぐか五月空   それぞれにどこに泳ぐか五月鯉

  *「鯉のぼり」を明確にする。

 

  寒夜からプッチーニに入り浸る   寒夜からプッチーニを聴き浸る

  *「に」は説明的に陥る。用語を適切に。

 

  雪割草に風に薫るや帰り道     海風を頬に雪割草の道

  *「風薫る」は季語。語順に工夫を。

   

  春の暮子羊見送る二人かな     育てたる子山羊見送る春の暮れ

  *子山羊への思いが際立つ語順で。

 

  若葉摘み松の形に我が思い     枝振りに我が思いありみどり摘む

  *我が思いを込めた剪定作業であることを強調する。

 

  耳よせてゆかしき姿杜若      耳寄せて開く音聴く杜若

  *「耳」で「聴く」の流れを軸にする。

 

  色違う蝌蚪さがせば春来たり

  *「蝌蚪」(オタマジャクシ)と「春」の重なりを避けたい。

 

  倒木に新芽顔出し力湧く      倒木の芽吹いておりし力かな

  *「力」を倒木にも作者にも共有する表現で。

 

  茶筒にはまだ古茶の残りおり     茶筒にはまだ古茶のあり新茶来る

  *中句「まだ古茶の」字足らずを解消する。

 

  お日様を浴びてアスパラ顔を出し

  *「アスパラ」でなければならない特色を見いだす。言い過ぎない。

 

  百年の孤独噴き出す寒椿       魂は切り刻まれて大晦日 

  *積み重ねた思いの表現。どちらも個性的・独創的で興味深い。

 

 先生からは俳句の入門期の皆さんへ、次のような全般的なアドバイスを頂きました。

①    「歳時記」に親しむ

どんな季語(季題)があるか、どんな作例があるか。その解説を丁寧に読んで少しでも理解することが上達につながる。

②    雑記張を持ち歩く

外出先、旅先などで思いついた言葉をメモしておく習慣をつける。メモをもとにして俳句を完成させることができる。日記の延長のような感覚で、気軽に。

③    まず、自分が感じたことを中心にする

季語はあとからでもよい。はっとしたこと、驚き・発見などが俳句の核になる。

見たり、触れたりした実感を柱にする。便利な言葉、月並みな言葉は避ける。

④    語彙力を広げる

「歳時記」に限らず、違う表現・別の表現に挑戦する。「多作多捨」(たくさん作り、たくさん捨てること)を心がける。

⑤    読み返して手直しする

独りよがりで自分だけがわかる表現は避ける。時間をおいて何度でも手直しする。

 

次回・6月16日(土)は「梅雨」「アメンボウ」の題詠を中心とした講座です。積極的なご参加をお待ちしております。

 



5月13日(日)第1回 『朱鷺の墓』風花の章~愛怨の章朗読会

料理店主となった染乃に、ようやく平穏な日々が

 朗読:髙輪 眞知子(朗読小屋・浅野川倶楽部 代表)

 
 昨年度に続き、五木寛之原作『朱鷺の墓』朗読会を開催します。今年度は「風花の章」11から「愛怨の章」の終末までの8回分(5月~12月)を読み進める予定です。朗読は、朗読小屋・浅野川倶楽部代表の髙輪眞知子(たかなわ まちこ)先生です。

 昭和43年春から『婦人画報』に連載された長編小説『朱鷺の墓』は、金沢を舞台とした五木さんの代表的な作品として知られています。

 金沢・東の廓で若手の人気芸妓だった染乃がロシア人将校のイワーノフと恋に落ち、ロシアやヨーロッパの街を流転する歳月を送ります。不思議な出会いや数奇な運命に翻弄されながらも、様々な苦難を乗り越えてたくましく、美しく生き抜く壮大な物語です。

 
* * *

【これまでのあらすじ】

主な登場人物

染乃:金沢、東郭の芸妓。暴動の最中、イワーノフに助けられたのをきっかけに結婚。

イワーノフ:ロシア人将校。日露戦争の捕虜として金沢に迎えられる。

雁木機一郎:染乃の幼なじみ。織物工場の跡継ぎながら、政治活動のため出奔する。

石河原大尉:金沢のロシア人捕虜収容所の所長。

花田屋:染乃に惚れていた金沢の旦那。

笵少年:ウラジオでの染乃の客、周からの手紙を届けた中国人の少年。以後、染乃と行動を共にする。

 

<空笛の章>

明治38年。芸妓である染乃は、日露戦争の捕虜将校一団をもてなす慰安会で笛を披露することとなる。しかし会に反感を持った市民たちは暴徒化した挙げ句に公爵カンタクージン大佐へ投石し、染乃も襲われそうになったところをイワーノフに助けられる。この一件に立腹した大佐に「ロシア人に襲われた」という嘘の証言をするよう石河原大尉は染乃と養母ハツに迫るが、二人は拒否し、ハツは自害する。

責任を感じた大尉はカンタクージン大佐へ全てを正直に打ち明け、許しを得る。染乃はイワーノフと再会して愛をあたため、夫婦となることを誓う。日露戦争終結後、必ず迎えに来ると誓い、イワーノフは一時帰国する。石河原大尉や機一郎と共にイワーノフの船を見送る染乃だったが、花田屋の旦那がけしかけた男達に突然連れ去られ、遊郭へと売られてしまう。

 石河原大尉、機一郎は手を尽くして染乃を探し出すが、染乃はすでに異郷の花町で「春太郎」として生きていた。助けを拒絶する染乃を振り切り、機一郎は染乃を連れ出す。

 平穏な日常へと戻り、事情を知らぬイワーノフとも再会できた染乃だったが、脳裏に浮かぶ辱めの記憶に苛まれる。染乃は川へ身投げしようとするが、不思議な男に引き止められて家路につく。しかし待っていたのは染乃を遊郭へ売った北前の徹だった。機一郎を人質に取られた染乃は再び娼妓として売られ、ウラジヴォストークへ向かうこととなる。

<風花の章(10まで)>

 ウラジヴォストークで娼婦として働き始めてから、三年が経っていた。染乃は自らの死を覚悟した諜報員で、客の一人であった周より日本円と手紙を受け取る。手紙には、イワーノフがイルクーツクの政治犯収容所にいることが記されていた。染乃は前借金を精算し、手紙を運んできた笵少年と共に旅立つ。

 収容所ではイワーノフが重労働に従事させらていた。染乃と笵は、収容者の家族の小屋が建ち並ぶソールスコエの村で、息子の帰りを待つ老女の家に同居することとなる。凍てついたロシアの大地で生活する中で、染乃にとって笛はなくてはならないものになった。

 五度目の秋、ついにイワーノフが収容所から解放される。抱き合う二人だが、笵少年は姿を消していた。

翌年に移ったウラジヴォストークで、染乃は馴染み客の貿易商人と偶然再会する。彼の紹介でナホトカの中国料理店・東園に夫婦で住み込みで働くことになる。その働きぶりを評価された二人は、ようやく穏やかな生活得るのであった。安らぎの中、イワーノフは仲間を裏切って出獄した自分が幸せに浸る苦しみを吐露する。染乃もまた遊郭での暗い記憶に苦悩していたが、過去を切り離し「今その瞬間」だけを信じるよう努める。

 そんな最中、東園の主人は染乃に新店舗の経営を持ちかける。東園で働く染乃の評判を聞いた笵少年は、若者らしく成長して染乃の元に戻ってきた。静まり返った夜の店内で、イワーノフ、笵少年、染乃の三人は自由な新しい生活への希望を語り合い、染乃は久しぶりに笛を持つ。その笛の音は、三人それぞれの感慨を呼び起こしていった。


* * *

 染乃とイワーノフは知人である張文国の紹介と好意的な処遇を得た上、適切な接客態度や誠実な人柄が評判となり、ナホトカの中華料理店主としてようやく落ち着いた生活を送ります。かつて染乃とともにイルクーツクの寒村で苦楽をともにした中国人・笵少年もコックとして加わり、三人が共に働くことになります。

 染乃の新しい店が予想以上に繁盛すると、今度は張から共同経営者になることを提案されて承諾します。近い将来、国際的な緊張関係が絡み合って紛争に巻き込まれることを想定し、それに対応できる経営体制を確立するためでした。そんな矢先に来店した日本軍人である源田少佐から、染乃は機関の情報収集者となることと、日本国のために在露邦人からの献金集めをすることを依頼されます。情報収集は固辞する一方、献金活動に協力することの見返りに、源田に機一郎の動静について調査することを依頼した染乃は、しばし回想に耽ります。

  

 染乃は時どき店の姿見に自分の姿をうつして見て、深い感慨にひたることがあった。三十歳の境界をこえてから、彼女はふっくらと肥りはじめているようだった。以前は頼りないほどかぼそかった腰にも、胸にも、少しずつ豊かさを加えて来、顎もやや丸味をおびて、健康な明るい感じに変わってこようとしていた。

 経済的にも、精神的にも、落ち着きと張りが出てきたせいか、染乃はかつてのあの影の薄い、淋しげな表情のかわりに、内側からふくらもうとするあたたかいものが匂うようになっていた。

 「あんたはこのごろすっかり落ちつきがでてきた」

と、イワーノフは染乃をからかうのだった。
  「ロシアの少女たちも年を取ると肥って恐ろしいマダムになる。日本人もそうだとは知らな  
  かったよ」

「意地悪ね」

染乃は苦笑しながら、姿見の中の自分の様子に眺め入った。

〈機一郎さんに会ったら、あの人はこんな私を見て何と言うだろう〉

染乃はそんなふうに、時たま機一郎のことを思い出すのだった。(中略)

〈あんなにシベリアを憧れていた人だったのに――〉

逆に女の自分がその新天地の一角に着実な地盤を固めつつある運命の皮肉さを、染乃はひどく不思議なものに思わずにはいられなかった。 

 

 第一次世界対戦が勃発した夏のある日、イワーノフは収容所時代の仲間であったザミャーチンの訪問を受けます。その友人から、ペトログラードで起きた革命によってロシア政府が崩壊し、新たにソビエト組織が誕生したことを知らされます。ザミャーチンは、この新しい政治革命の大きな渦に共に行動するように嘗ての同志であるイワーノフを誘いに来たのでした。

 

 戦争、そして革命。ようやくたどり着いた染乃夫婦の落ち着いた生活を脅かすような、不穏な気配が濃くなり、暗雲が迫ってくるようです。染乃は機一郎の消息を知ることが出来るのか。順調な料理店の経営はこれから先も続いてゆくのか…。

次回【6月3日(日)】の新たな展開にご期待ください。



5月12日(土)第1回詩入門講座

どんな現実からも目を反らさずに

 講師:井崎 外枝子(『笛』同人)

 

 午後から第1回詩入門講座が開講されました。「詩を読み、学び、書こう」をスローガンとした、8回シリーズの構成です。3回目までは詩の鑑賞中心に、4回目以降は受講者の作品をもとにした合評会を中心に展開します。

初回の担当は、詩誌『笛』同人の井崎外枝子(いざき としこ)先生でした。

 前半は詩の特色について確認し、後半は詩作品を鑑賞し解説して頂きました。

①詩の三大部門

◇叙情詩:「叙」は述べるという意味。自分の感情を述べ表すこと。抒情詩も同じ。
     純粋詩、恋愛詩、生活詩など多様。通常、詩の大半が叙情詩と言える。

◇叙事詩:歴史的な事件や英雄の事跡を述べた韻文の作品。英雄詩とも言う。

◇劇 詩:韻文体の戯曲、詩劇。

② 用 語

 POESIE(フランス)=POETRY(英語 集合体としての詩)
 POEM(一篇の詩)  POET(詩人)

③詩の三つの要素
 「リズム」「意味」「イメージ」(=「イマージュ」、言葉の絵)

 

くらし     

           石垣 りん

食わずには生きてゆけない。

メシを

野菜を

肉を

空気を

光を

水を

親を

きょうだいを

師を

金もこころも

食わずには生きてこれなかった。

ふくれた腹をかかえ

口をぬぐえば

台所に散らばっている

にんじんのしっぽ

鳥の骨

父のはらわた

四十の日暮れ

私の目にはじめてあふれる獣の涙。

 

*石垣りん(1920~2004)「石垣りん詩集」(ハルキ文庫1998)

戦後の不安定な時代状況を反映して、強い圧力のある言葉が並ぶ。厳しい現実の生活から目を反らさず生きていこうとする逞しさ、父親への疑念や反発、女性という性を越え、自らの後悔、自虐、醜さや諦念までもとことん描き切ろうとする詩人の意志が感得される。戦後を代表する女流詩人による生活詩の傑作である。

 

終電車の風景

               鈴木志郎康

千葉行の終電車に乗った

踏み汚れた新聞紙が床一面に散っている

座席に坐ると

隣の勤め帰りの婆さんが足元の汚れ新聞紙を私の足元にけった

新聞紙の山が私の足元に来たので私もけった

前の座席の人も足を動かして新聞紙を押しやった

みんなで汚れ新聞紙の山をけったり押したり

きたないから誰も手で拾わない

それを立って見ている人もいる

車内の床一面汚れた新聞紙だ

こんな眺めはいいなと思った

これは素直な光景だ

そんなことを思っているうちに

電車は動き出して私は眠ってしまった

亀戸駅に着いた

目を開けた私はあわてて汚れ新聞を踏んで降りた

 

*鈴木志郎康(1935~)「現代詩文庫・続 鈴木志郎康詩集」(思潮社1994)

あるサラリーマンの日常的な光景を、主観を抜いて淡々と描いている。ジャーナリスト(カメラマン)であった作者にとって、新聞は日々の労働の成果であり生活の糧とも言えるが、あえて汚れて踏みつけられ、けられる社会の不要物として自嘲的に描く意図は何か。しらけた時代の風潮の一端を示唆するのか。

 

この他にも、草野心平「婆さん蛙ミミミの挨拶」、若松英輔「風の電話」を紹介して頂きました。先生とも交流のあった石垣りんさんですが、生前に金沢に来られた折りは、尾山神社の正門のステンドグラスがとてもお気に入りの様子で、ゆったりと可愛らしく優しい口調でお話しされたそうです。

ともかく書くこと。多種多様の内容・題材を書き続ける中から、自分にふさわしい表現の形を絞っていくことが当面の課題です、と激励して頂きました。

 

今回の受講生は7名でしたが、質問や意見も出しやすいムードでした。次回は6月9日(土)の開催予定です。詩に関心があり、作品づくりに挑戦したい方、第2回からのご参加や見学も歓迎いたしますので、ぜひお越しください。

 



5月12日(土)第1回小説入門講座

起承転結の「転」で想定外の展開を

 講師:高山 敏(『北陸文学』主宰)

 

 風薫る5月。満開のツツジに心地よいそよ風が渡るこの日、「小説を書く力」というテーマで、今年度第1回目の小説入門講座が開かれました。担当は同人誌『北陸文学』主宰の高山 敏(たかやま さとし)先生です。

 昨年度から引き続き受講する3名を含めた13名の方が参加されました。それぞれ、どんな小説を書きたいかとお伺いしたところ、歴史小説、ミステリー、こどもたちに読んで欲しい童話といった分野から、自分の体験に沿った物語、純文学、現代人の意識の深層にせまる社会派小説など、様々な希望があり、心強く感じました。この講座を刺激にしながら書き続け、書き上げたいという声も聞かれました。性別、世代・年齢、職種や経験の差を越えて、この講座で親交を深めながら、それぞれの最高傑作となる小説を書くという価値ある挑戦に期待しています。先生からも、受講生のみなさんの思いを受けて温かい激励をいただきました。

①小説を書く基本的な手順

◇まず、経過順に書く→→→ 並べ替える →→→ 無駄な場面をカットする

◇注意点

 *場面の一つ一つが物語になっていること

 *登場人物を一人にしない

 *リアリティは日常生活の細部から

 *無鉄砲という武器を持つ(ちゅうちょなくチャレンジする!)

②書き出しから結末まで・・・

 ◇書き出しにエネルギーを注ぐ:非凡なことが起こるということを暗示する

 ◇書く内容:実際の経験や見聞やその変型、虚構も交えて

 ◇登場人物:自分の身近な人・身近なところから始める 個性を持たせて描き分ける

 ◇主題(言いたいこと)は一つに絞る

 ◇あからさまに書かない…匂わせる、ぼかすなどの工夫

 ◇主人公が抱えている「事情」(過去・現在・未来)を重視

 ◇心の中を描く…納得できない,裏切られるなどの苦渋や葛藤を

 ◇起承転結…「転」で読者の予想を越えた展開に導く

  ◇ネガティブな結末にしない…希望を含ませた余韻、想像させる余韻

 

 先生から紹介して頂いた「終着駅」「星は何でも知っている」「サトウキビ畑」といった懐かしい歌詞の例を通して、巧みな心理描写や詩的で余韻を生む表現を感得しました。

 受講生の皆さんが書きたいこと、小説として書こうとしているテーマや内容を具体的に掘り下げていくプロセスが始まりました。限られた時間ですが、積極的に意見を交わしたり、質問したりしてそれぞれの「果敢なチャレンジ」、「真の創造」につなげてほしいと願っています。

 



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