金沢文芸館

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文芸館だより(ブログ)

文芸館だより H29年度

 6月26日(月)第7回 出前講座
「芋掘り藤五郎」の「芋」ってサツマイモ?!

 講師:吉國 芳子(元図書館職員)
  文芸館横の枯木橋に、ガクアジサイが咲きそろいました。

 昨日の肌寒い雨があがり、すがすがしい青空に緑が映えるこの日、泉野小学校2年生を対象に「民話を聞こう~金沢について知ろう~」をテーマとして、出前講座が開催されました。今回、担当してくださったのは、吉國芳子(よしくに よしこ)先生です。

  マルテに集まった99名の2年生は、とても元気にあいさつしたり、「静かにしてください!」と自分たちで注意し合ったりして、この日の学習に一生懸命取り組んでいました。吉國先生は以前、泉野図書館にお勤めだったこと、「ヨッシーおばさん」と呼ばれていることといった自己紹介をするうちに、子どもたちの気持ちをぐんぐん引きつけていきました。

 

 最初のお話は、『芋掘り藤五郎』です。貧しいけれどとても働き者の藤五郎は、観音様のお告げで、ある日突然、美しいお嫁さんを貰うことになります。ところが、お嫁さんのお父さんが持たせてくれた立派な嫁入り道具黄も、金も着物も、村人に全部分け与えてしまいます。お嫁さんは悲しむのですが、藤五郎は「そんなものなら、芋を洗っている泉にいくらでもある」と平気です。そんなある日、二人で芋掘りに出かけ、いつもの沢で芋をざぶざぶ洗うと、藤五郎の言うとおりたくさんの黄金(砂金)がさざ波をたてていたのでした。二人はこの黄金のおかげで、末永く幸せに暮らしました。この沢が「金洗いの沢」で「金沢」の地名のもとになりました。「金洗いの沢」は「金城麗澤」と呼ばれて今でも兼六園の隅にあり、その澄んだわき水は絶えることなく湧き出ています。

 このお話は読み聴かせではなく、吉國先生はすべて表情豊かに語り聴かせ、現在の金城麗澤の写真もご紹介されました。ちなみに、この「芋」はサツマイモではなく、ジネンジョ(ナガイモ)のことだそうです。

このほか、中央通町に伝わる「宝船寺のねずみたいじ」と金石地区に伝わる「子そだてゆうれい」のお話も楽しくお聴きしました。子どもたちの熱心に聴く姿、精一杯メモをとる姿に好感が持てました。




 6月25日(日) 第1回『フォト5・7・5』合評会
 なかなかの力作がそろいました

 

講師:中田 敏樹(俳人)

 6月1日に開始した『フォト5・7・5』の展示終了に併せて、合評会が開かれました。『フォト5・7・5』は自作の写真に5・7・5の俳句、川柳、一行詩などを添えて応募して頂く企画です。今回は18名の皆さんから、約70作品のご応募を頂きました。素敵な作品を展示させて頂き、有り難うございました。
 この日の合評会では、俳人で写真撮影にもお詳しい中田敏樹(なかた としき)先生に講師をお願いし、10名の参加者の皆さんから、それぞれ作品の背景やご苦労などをお聞きしました。先生からは、俳句作品の手直しのヒントや写真撮影についてのアドバイスも頂きました。「これは、才能ありだ!」という声も聞かれるなごやかなムードとともに、勇壮な能登のお祭りの見所、四季に応じた音楽性を盛り込む工夫、子どもさんの成長の軌跡と言える懐かしい瞬間、朝方・日の出前後や夕方・日の入り前後のシャッターチャンス、漢詩調や反復法の工夫、俳句が先か写真が先かなど…。初めて挑戦した方、ベテランの方、常連さんなど、それぞれの作品の面白さや特長を味わい、楽しく学びながら、興味深い情報交換ができました。
なお、出品して頂いた皆さんには、本館の招待券もお分けしております。写真・五七五とも自作であれば、過去(思い出)の作品でも結構です。次回は10月頃の募集を予定しております。今回同様、ギャラリーのスペースが埋まるほどの、皆さんからの積極的なご応募をお待ちしております。




 6月17日(土) 第2回 小説講座 
 小説の実作について

 講師:正見 巖(「北陸文学」会員)

降り注ぐ太陽の光が、かえって間近な雨の季節を強く予感させるような快晴の日が続いています。やはり青空の広がった本日の午後、第2回小説講座が開催されました。今日の講座は「実作について①」と題し、実際に小説を書いていくうえでの具体的なアドバイスを「北陸文学」会員の正見巖先生よりいただきました。

 ①提出課題のテーマ「川」または「橋」について―藤沢周平『闇の穴』(新潮社)の文庫解説より紹介― 
「川」は日本人にとって無常観の象徴であった。『方丈記』の冒頭に代表されるように、人の世の無常を表象している。「橋」は「決断」、「思案」、「悪の契機」など、様々なイメージを持つ。花街へ身をおとす少女の渡る橋、刑場へ向かう男が渡る橋。「橋」は二つの世界を分ける結界の役割を持つ。

②小説とエッセイ(随想)との違い

 エッセイ…自分の体験に基づく。虚構を排して事実の中に真実を求める。

 小説…虚構の世界。事実と虚構の組み合わせ。餡と饅頭皮にたとえると、餡は一般道徳や社会規範・実体験で、そこに虚構の皮を被せる。異常、不健全な社会や人、アンモラル、毒など。皮の部分は書き手の創造で膨らんでいく。この皮の厚みが面白さに繋がる。

③構想図(プロット・見取図・設計図)を書く

・書きたいセリフ、場面、風景等を時系列順に箇条書きで書く

・主人公と他の登場人物を2段に分け、人物の行動や時間・場所及び、会話や心理描写を対応させる。

 など、色々な書き方がある。形式は各自で自由に書いていけば良い。

④書くきっかけについて

 作品へ取り掛かる際の発端について。作家によって様々なきっかけがある。原稿用紙に自分の名前を書けば一気に書いてしまえる、二人の美男役者が寄り添っている写真を見て発想が沸いた、会話をする中で、話の内容とは全く関係のないアイデアが浮んだ、など。

自身の場合―内川の山奥にある寺の隅で、「金沢城本丸のあたりに魔界があったので、利家がここへ移した」という内容の看板を見つけた。それが『尾山城魔界』の着想のきっかけとなった。

⑤執筆開始

 導入部の大切さ…初めが肝心。ここで引きつけられなければ読者は読むのをやめてしまう。

 結末の大切さ…映画のラストシーンを思うと分かるように、ここを印象深いものにしなくてはならない。短編の場合、最後の一行を決めてからとりかかるのを勧める。

⑥推敲の大切さ

 書き終えてから少なくとも2~3日は引出しの中へ。時間を置いて見直すと、書いていたときには気付かなかった多くのことに気付く。描写の過不足を見つけてただす必要がある。(心理描写、体感描写、人相描写、服装描写、風景描写ほか)

 自身の書いた『御成敗』という作品でも、雑誌に掲載されてから見直すと、副主人公の人相は詳細に描かれているのに対し、主人公の人相描写は抜けていたということがあった。人物ごとの描写のバランスにも気を付ける。

 

 ご自身の経験も交えて、分かりやすくアドバイスをいただきました。

次回は7月15日(土)、「提出作品についてのミニ合評会」です。「川」もしくは「橋」

についての課題作品を、寺本先生と剣町先生が講評します。受講生の皆様の作品をお待ちしています。




 6月11日(日) 第2回 『朱鷺の墓』朗読会 
 加賀の人間は、柔らかそうで硬い・・・

 朗読:髙輪 眞知子(浅野川倶楽部代表)


 雨上がりの日曜の午後、朗読小屋・浅野川倶楽部主宰の高輪眞知子さんによる第2回目の『朱鷺の墓』朗読会がありました。作品のこれまでの梗概です。

 明治38年3月、日露戦争の渦中で日本軍が奉天でロシア軍に大勝を収めた後、約六千人ものロシア人捕虜を金沢に受け入れることになりました。金沢では第七連隊の施設や東西別院、大乗寺、天徳院などの寺院のほか、将校捕虜のために兼六園内の勧業博物館も改装して収容所にあてられます。市民の関心も高く、ロシア軍歩兵連隊長のカンタクージン到着に際しては、金沢駅に多数の市民が駆けつけました。復活祭を祝う日には、その将校たちの要望に応えて、ハーグ条約に基づく捕虜慰問という名目で市内十数名の芸妓が演芸を披露することになります。日本側からも、軍の幹部や県庁、警察の首脳らが招かれました。ところが、こうした動きに反発する市民の一団が、会場近くで要人や芸者の俥をひっくり返したり、収容所に投石したりする事件が発生し、カンタクージン隊長に怪我を負わせてしまいます。東の人気芸妓である染乃もこの騒動にまきこまれ、日本人に乱暴される寸前のところで若いロシア人将校によって助けられます。ロシア人捕虜に乱暴され陵辱されたという身勝手な噂や批判にも、染乃は屈することはありませんでした。(1~4)

事件の真実をねじ曲げてでも日露双方の対面を守り、事態の収拾を図ろうとする捕虜収容所長の石河原大尉の求めにも、染乃は決して妥協しません。その石河原の仲介で、染乃は捕虜収容所に出向きカンタクージン隊長と面会します。ここで、あの夜自分を救い出してくれたロシア人将校のイワーノフと再会するのです。(5~7)

 

「加賀の人間は、柔らかそうで硬い。どこか冷たいもんが心の奥深いところにあるようじゃ。意気に感じるのが九州男児じゃが、加賀の女には通じんと見える」石河原大尉のこの言葉は含蓄が深いように感じます。そんな堅さ・強さを秘めた染乃ですが、ここからイワーノフとの関係がどのように進んでいくのか…。ご期待ください。

 この日は30名ほどの皆さんにご参会頂きました。ちょうど百年ほど前の金沢を舞台に、日露戦争という大きな歴史の影で揺れ動き、悩み抜き、幸せを追い求めた若き芸妓の鼓動やつぶやきに耳を傾けてみませんか。




 6月10日(土) 第2回 詩入門講座
 たくさんの詩と向き合いました

 講師:杉原 美那子(詩誌「笛」同人)
 
 県内をご訪問中の皇太子殿下が、金沢城近辺でのイベントに参加されたこの日の午後は、時折強い雨が降る荒れ模様の天候となりました。

 詩入門講座の2回目。今回の担当は詩誌『笛』の同人である杉原美那子(すぎはら みなこ)先生でした。受講者がそれぞれにお気に入りの詩作品を持ち寄って、その魅力を紹介しながら鑑賞するという内容でした。9人の受講者と先生が車座になったことで、お互いの表情や様子が見え、じっくりと集中して詩を味わおうとする一体感が湧いてくるひとときでした。

 鑑賞した詩の中の一部について、ご紹介します。

 

◇「瞬間」(ホルヘ・ルイス・ボルヘス、鼓直・訳)より

 狂いのない時計の歩みは単なる連続であり虚妄である。

 年歳もまた空虚な歴史に劣らず漠々たるものがある。

 朝と夜の間には、数々の苦悩と、

 光輝と、不安の深淵が口を開けている。

 真夜中のくもった鏡に

 映るのは自分の顔ではない。

 つかの間の今日という日は、儚くもまた永遠である。

 それ以外の天国も地獄も望んではならない。

★難解な外国の詩だが、過去・現在・未来を凝視する哲学的な深さに惹かれる。

 

◇「橋刑」(中谷泰士)より

 さようなら。どこかで子どもの声が聞こえてきた。橋を渡る人は家路へと急ぐ。「みんな、さよなら。また逢えるよね。」つぶやくと自分が固まってしまいそうだった。まだ家に帰れない。影像は橋に満ちて、夜が地面に染みていく。水の流れと川原が融けだした。ふいに電燈がつき、通り過ぎた影像たちがパントマイムを始めた。僕は勇気を出して、夜の闇に手を振って、呟いた。「今晩もよろしく」

★不思議な題名の散文詩。夏の夕方の静かで切ない情景に酔い、吸い込まれる。

 

◇「千曲川旅情の歌」(島崎藤村)より

 いくたびか栄枯の夢の  消え残る谷に下りて

 河波のいざよふ見れば  砂まじり水巻き帰る

 嗚呼古城なにをか語り  岸の波なにをか答ふ

 過へを静かに思へ    百年もきのふのごとし

 千曲川柳霞みて     春浅く水流れたり

 ただひとり岩をめぐりて この岸に愁ひを繋ぐ

★五七調の文語定型詩。締まった表現で、静かにしみじみと旅情が漂う。

 

◇「ちいさい庭」(石垣りん)より

 老婆はいまなお貧しい家に背をむけて

 朝顔を育てる。

 たぶん

 間違いなく自分のために

 花咲いてくれるのはこれだけ、

 青く細い苗

 老婆は少女のように

目を輝かせていう

 空色の美しい如露が欲しい、と

★自分自身の心境に重複。「老婆」に到達したという自覚、ささやかな希望と微笑ましさ。

 

◇「裸の王様」(湯川初音)より

 幾重にも重なる轍の道の行方には

 鉄格子の窓に見つけた金色の庭

 日が昇るのも沈むのも目をくれないで

 飛び立って行けるあなたは

 天を舞う鷹のよう

 どうかその戦いをやめないで怖くても

 夢の中のことでもここになくても

★なぜか惹かれる歌詞。裸の王様である「あなた」は自分の分身かもしれない。

 

◇「へや」(岡真史)

 たびから帰り

 自分のヘヤを

 みつめてみると

 どこもちがってないのに

 なんか

 ちがう風におもわれる

★12歳で自殺した少年の詩。12歳とは思えない優れた感性に共感。

 

◇「一握の砂」(石川啄木)より

 東海の小島の磯の白砂に

 われ泣きぬれて

 蟹とたわむる

★少年時代の複雑な思い出に重なる。遊びに夢中なのに「おえつ」が聞こえるような…。

 

◇「貝殻のような詩」(品川美智子)

 寄せては返す波のように

 繰り返される日日の生活

 私の詩は

 その日常の砂浜に

 残された貝殻のようなものだ

 全き形で

 残されたものはほとんどない

 多くはかけらに過ぎないけれど

 手にとって眺めれば

 過去の記憶を

 うっすらとにじませて

★わかりやすい言葉で、素直な実感を伝えている。

 

◇「考える」(徳沢愛子)

 あしたのこと 考えとっと

 きときとの希望が 手をあげる

  未知のこと考えとっと

  ぽこぽこ喜びが 湧いてくる

 活きることを 考えとっと

 決意を促す者が 後ろに立てる

  いいことを一つ 考えつくと

  明るうらと 光り出すもんがある

 あんたのことを 考えとっと

 微笑が ほんにゃりこぼれてくる

  動かんと 考えとっと

  どっかで 炸裂の予感がしる

★金沢方言詩。方言のよさと、方言でなくてはならいものとの見極めが大切。

 

 先生からは、金子光晴「洗面器」、黒田三郎「紙風船」、高村光太郎「冬が来た」、中原中也「一つのメルヘン」、井上靖「猟銃」、宮沢賢治「永訣の朝」、金子みすず「大漁」、吉野弘「生命は」などの詩が紹介されました。また、鑑賞の合間で、擬態語(オノマトペ)や反復法、定型詩と自由詩、口語詩と文語詩、散文詩などの表現技法やジャンル分けについて、具体的にご説明頂きました。

 次回は、7月8日(土)の開催で、担当は内田洋先生です。新規の受講もお待ちしています。ぜひ、お誘い合わせてご参集ください。




 6月10日(土) 第2回 小説入門講座

 自分の中に秘めた『想像力』を掘り出そう

講師:小網 春美(「北陸文学」会員)

 第2回の小説入門講座のテーマは「ストーリーをつくる」で、担当は「北陸文学」同人の小網晴美(こあみ はるみ)先生でした。受講の動機はそれぞれ違っても、共通の目標は『金沢創作工房』に発表する短編作品を書き上げることです。この目標達成の基本姿勢として、先生から「心の苦しみや屈折を形にしたものが小説である」という小説家の小川洋子さんの言葉が投げかけられました。誰でも身近に体験する様々な不条理や屈折を「節」として、よい小説の土台を築いてゆくことがポイントです。

 また、よい短編小説を丁寧に読むことで、何をどう書くかという課題へのヒントを掴むことが不可欠であることから、日本の作家では、夏目漱石、芥川龍之介、志賀直哉、永井龍男、三浦哲郎、安岡章太郎など。外国の作家では、ヘミングウェイ、チェーホフ、メリメ、マンロー、オコナーなどが紹介されました。以下、短編小説の題材探しや実際の書き方についてのアドバイスです。

○日頃から面白い友人や特徴ある仲間などとふれ合い、積極的に「人」の輪に入る。

○随想のままではではなく、人物の心の中をのぞき込み、会話や心情をふくらませる。

○すべてが傑作であることはないので、失敗を恐れずに挑戦する気持ちで臨む。

○エピソードや事件は少なく、場所も大きく動かさない。

○主人公はあくまでも単独で、登場人物も4人程度におさめる。

○大人でも子どもの頃の想像力にアクセスできる(村上春樹)。

◎自分自身が秘めている、ストーリーをつくる想像力を掘り出す。

◎創作の視点がぶれないように留意し、わからないことは想像力で補う。

 

 先生が準備された随想「風のいたずら」の表現をたどりながら、随想から小説に発展させるポイントや具体例を提示していただき、小説へのジャンプが身近に感じられました。

 次回は、7月8日(土)です。皆さんのご参加をお待ちしています。




 6月8日(木) 第5回 出前講座 さくら保育園

 雨の日にふさわしいお話会でした

 講師:前田 泉(金沢おはなしの会)

 細かい雨が降り続いて、もうすぐ梅雨入りかな…と思わせるこの日、桜町の住宅街にある「さくら保育園」で出前講座が開催されました。今回、24名の年中さんにお話の読み聞かせをお願いしたのは、「金沢おはなしの会」の前田 泉(まえだ いずみ)さんです。

 

 『あかちゃんかたつむりのおうち』(いとうせつこ・作、島津和子・絵、福音館)では、食いしんぼの赤ちゃんかたつむりが緑の葉っぱやタンポポの花を毎日毎日食べるのですが、食べ過ぎておうちに入れなくなるのでは、と心配になります。テントウムシやちょうちょも気にかけて、注意してくれます。でも、大丈夫。自分の体だけでなくおうちの殻も大きく育ち、すてきな模様も広がっていることに気づいたのです。それからは安心して食べ続けて、いつのまにか立派なおとなに成長するというお話でした。

『かばくんのふね』(岸田衿子・作、中谷千代子・絵、福音館)では、雨の日が何日も何日も続いて、動物園がすっかり水浸しになってしまいます。やがて、洪水が起こって、小さい動物たちは困り果てるのですが、それを救ったのがかばくん。大きなおおきな背中にたくさんの動物の子どもたちを乗せて、まるで船のようにゆうゆうと洪水の中を泳ぎ回り、みんなの命を守ります。やがて雨がやんで、動物たちもひと安心。また元通りの、楽しく元気な動物園にもどることができましたというお話です。

どちらも雨の季節にふさわしい、楽しいお話で、子どもたちは大喜びでした。ほかにも、指人形や指遊び、鳥の鳴き声クイズ、「おみやげあんころもち」など、振り付けも交えた盛りだくさんなプログラムで、あっという間のひとときでした。子どもたちの愛らしい笑顔があふれ、歓声が最後まで響いていました。





 6月6日(火) 第4回 出前講座 大徳小学校4年生
 『秋声・鏡花・犀星』三文豪について学習しました

 講師:藪田 由梨(徳田秋声記念館学芸員)

 新緑がきらめく好天の日、大徳小学校4年生を対象に今年度4回目の出前講座が開催されました。小学校に隣接する大徳公民館の2階ホールに、元気いっぱいの137名が集まりました。今回の講師は、徳田秋声記念館の学芸員・藪田由梨(やぶた ゆり)先生です。

 今回は「金沢の三文豪を知ろう」というテーマでした。まず、「金沢の三文豪」とは、金沢に生まれ育った、三人の、文学で、優れた仕事をした偉い人、ということを確認しました。三人の写真を先生が示しただけで、子どもたちは即座に、徳田秋声、泉鏡花、室生犀星の名前を正確に答えることができました。先生からはプレゼンを使って三人の生没年、作品の特徴、人柄などわかりやすい説明があり、子どもたちは用意されたプリントに、必要なことを一生懸命に書き込んでいました。たとえば、毎日の生活や女性の姿を丁寧に描いた秋声と想像や夢の中の世界を描いた鏡花とは、まるで正反対の作風で、実際に仲が好くないこともあったとか。大好きなうさぎグッズのコレクターであった鏡花ですが、犀星も「動物詩集」を出すほど動物好きで特に猫を可愛がっていたこと、ところが秋声は動物嫌いだったこと。秋声は洋服を着こなして社交ダンスが得意だった一方、犀星は庭造りなど古風な趣味だったこと。さらに、浅野川河畔に生まれ育った鏡花と秋声に対して、犀川べりに生まれ犀川をこよなく愛した犀星の詩も紹介されました。「犀星の犀は、犀川の犀だ!」と、大切な発見もありました。そうして、三文豪マップが出来上がりました。

 子どもたちの感想では、これから図書館で三文豪それぞれの作品を読んだり、調べたりしたい、という積極的な声を聞くことが出来てとてもうれしく感じました。





 5月29日(月) 珍本をご紹介します
 大正時代の金沢に俳句の革新を追求した人たちがいた

 

 先般『ギャラリー三田』(尾張町1-8-5)のご主人、三田裕一さんから「未翁南圃俳句集」(大正14年刊、92ページ)を当館に頂きました。とりわけ、冒頭に芥川龍之介と室生犀星の序文があることから珍しいものではないかとのご指摘をお受けして、確認した内容の一部をご紹介します。
 今から90余年前、大正末期の金沢で「北聲會(ほくせいかい)」という俳句結社のもとに、俳句の革新を目指す若者、学者やベテラン俳人が集まり研鑽を積んでいたこと。その輪の中に、室生犀星や芥川龍之介も加わって親交を深めていたことが垣間見える貴重な資料です。
 6月から1ヶ月間ほど館内に展示して、皆さんにも実際にこの本を手にとってご覧頂けるようにしたいと考えてます。ぜひ、ご来館ください。

「未翁 南圃 俳句集」について
著 者:桂井健之助(未翁)、太田敬太郎(南圃)
発行日:大正14年11月1日
印刷所:高桑盛文堂  (金沢市横傳馬町17-1)
編集・校正:小松為一 (金沢市高岡町94-31)
発行所:北 聲 會  (金沢市高岡町94-1) 
賣捌所:石井書店   (金沢市片町78-1)  
頒 価:壹圓五拾銭 サイズ 15cm×17cm
*句集の構成
序      藤井紫影 大谷繞石 臼田亜浪 芥川龍之介 室生犀星 野村満花城
画(3点) 「まるめろ」故筏井竹の門  「馬  牛」富田渓仙  「満州風俗」松下紫人
装  丁  玉井 敬泉
表紙木版  同人・咲香朗刻 小松砂丘(為一)手刷
援  助   玉井敬泉画伯 越前製紙家・岩野平三郎 書舗・石川氏
未翁句集  83句
南圃句集  77句 (全160句を収録)

*芥川龍之介の序文
 御両氏の句集の出るよし、室生君から承り、祝着に存じて居ります。わたしは句を学ぶことも浅く、又御両氏の作品を拝見する機会も少ないものですから、今度お出しになる句集に就いては、何も申し上げることは出来ません。しかし昨十三年の首夏、室生君を訪ねかたがた、始めて金沢に一週間を送り、御両氏にも何かと御世話になつたことは、わたしの一生の追憶のうちでも最も愉快なものの一つになつて居ります。あの時のわたしは御両氏の他にも室生君や小畠貞一君と何とかいふお茶屋へ行き、『草餅』や『蝸牛』の句を作りました。派手な色彩の多い中に痩躯鶴の如き桂井さんの句を案じてゐられる姿は未だにはつきりと覚えて居ります。太田さんも--わたしは私かに太田さんを酒客だらうと思つてゐましたが、殆ど杯をとられないのには少なからず意外の感をなしました。恰幅の好い太田さんのサイダアのコツプを前にしたまま、筆を持つて考へてゐられる容子もやはり忘れることは出来ません。忘れることの出来ないと言へばあのお茶屋から出て来た時、何処か昔寂びた家並みの空に薄い月の出ていたのも忘れられぬことの一つになりました。わたしの庭は今竹の落葉に毎日雨ばかり降って居ります。金沢も定めし若葉は老い、あをくさの店は杏を盛り、犀川の水は増して居りませう。かう言ふことは御両氏の句集に何の関係もないものかも知れません。けれどもわたしには金沢を思ふことは即ち御両氏を思ふことですから聊か曾遊の記憶を記してわたしの序に代へることにしました。
            大正十四年七月四日          芥 川 龍 之 介 記

*室生犀星の序文
  二友二笑
 未翁さんと南圃さんに始めて会ったのは私の十七くらいのときで北聲會の席上であつた。紫影先生(藤井紫影)の姿が町で見られたころだつた。
 未翁さんとほんとに親しくしたのは、昨年の滞郷中であると言つてもよい。或る晩、未翁さんをたづねると家族とは別な部屋の机の上で俳句の選をして居られた。手あぶりに埋火を抱いた静かさ以上のどこか寂然とした姿で、雨戸を繰つて夜の庭などを見せられた。若輩の私には親切で何彼と教へてもらつた。
 此間上京されたときに、横浜の親戚から貰つてきたのだと言つて、山百合を一本持つてこられたが、自ら朝早い庭の寒竹のしげみの中に植えるようにと、自分でそこに植られたりもした。--その山百合は既う蕾をあたまにいただいている。
 南圃さんの家で小集があつた晩に、妹さんが客がかへつたあとで兄さんに尋ねた。
 『あんな小さい子が兄さんのお友達ですか?』
 私は当時十七くらゐだつた。跡に妹さんは赤倉家に嫁ぎ、そこの主人、錦風、赤倉勇次郎氏に私はいろいろお世話になつた。錦風氏亡きのちも当時の妹さんである未亡人とは、いま親戚のやうにおつきあひをして貰つてゐる。そして、『あんな小さい子が兄さんのお友達ですか?』の話がでて笑ひのたねになつた。
 この二老友は私にとつて名誉な友人である。人間はたくさんの友はいらない、洗いつくされた私の過去をそつくり知つてゐて、そして私にはいつも気強い味方になつてくれるのは、南、未、両先輩である。若し口さがなく故郷に私の風評がながれたときがあつても、この老友と語れば豁然として何ものかをいやされるであらう。未は茶人風で、南は古武士のおもかげをもつている。南は朱鞘を差し、未は細身な脇差をはさんでゐる。
 乙丑初夏                          於東京 室 生 犀 星

〔注〕藤井紫影は四高教授、国文学者。明治31年から「北聲會」を指導したが、犀星も指導を受けています。四高教授時代に北國新聞に掲載された俳句約3万点の中から、2000点余りを選句した北國句集「蕪(かぶら)すし」は、郷土の貴重な資料として高く評価されています。犀星の句も10句含まれています。
〔注〕小松砂丘は俳人、画人。木地師を生業として生涯金沢に住みました。俳句、画、文筆に優れ、郷土が生んだ最後の文人と言われています。臼田亜浪の「石楠(しやくなげ)」に参加し最高幹部同人として活躍。昭和16年には石川県俳人協会の初代会長となりました。また、俳画にも優れ、金城画壇の同人としても活躍しました。
〔注〕芥川龍之介が関東大震災後、金沢に転居していた室生犀星を訪ねて来たのは、大正13年5月15日。犀星は兼六園内の三芳庵別荘に宿を依頼しています。滞在中、前田家代々の墓がある野田山を散歩したり、つば甚、北間楼、西ののとやなどのお茶屋に行ったりしました。龍之介は金沢の風物に感心し、金沢の方言を俳句に詠み込んだりしています。俳句の席では、未翁、南舗らも同席したと推察できます。19日には、大阪に向けて立っていきました。
〔注〕赤倉勇次郎(錦風)は、犀星の金沢地方裁判所の上司で俳句に長けていました。犀星は明治43年(23歳)に初めて上京した際に、赤倉を頼り一時寄宿しています。

 太(おお)田(た)南圃(なんぽ)(太田敬太郎)
1874~1945 郷土史家。金沢市大藪小路(現片町2丁目)生まれ。父親は機械工業に指導的役割を果たした太田篤敬で、南圃も機械製作に従事し、のちに織物組合の書記となりました。また、県立図書館の属託として史実調査、整理に精魂を傾けた。『神社研究の参考資料』(昭和13年)や野田山墓誌採録についての「掃苔の跡を追うて」(昭和15)等にうかがい知ることができます。
 地方の俳人としての活動は明治35年からで、松下紫人が金沢を離れた大正3年頃より桂井未翁とともに北聲會の指導的役割を果たしました。室生犀星とも親交深く、犀星を訪ねて来県した芥川龍之介を野田山に案内したりしています(大正13年)。こうした交わりの様子は犀星の作品「梨翁と南枝」(昭和15年新潮1月号)によく描き出されています。南圃の句集は大正14年末に長老としての未翁、南圃の紙碑として北聲會が刊行した「未翁南圃俳句集」のみです。

  桂(かつら)井(い)未(み)翁(おう)(桂井健之助)
 1868~1945 俳人。富山県今石動町門前町(現小矢部市)に生まれ。16歳の頃から俳句に興味を持ち、楚笛、未央と号しました。電信技師、銀行員、城端町助役などを経て、33歳で金沢へ移住。老舗菓子店石川屋に勤務中から四高の教授・学生をはじめ文人との交流を重ね、困窮時代の室生犀星を陰ながら支えました。「未翁南圃俳句集」が大正14年(1925)北聲會から刊行されています。同15年から晩年まで「北國俳壇」の選者及び顧問。不明だった誕生日が近年、12月16日とわかりました。

北聲會(ほくせいかい)
明治30年(1897)兼六園内の環翠亭(奇観亭の隣で現在は空き地)で俳句会を開いたのが始まりで、明治・大正の郷土俳壇に新生面を開き、多くの優れた俳人の鍛錬の場となりました。正岡子規と郷里を同じくする四高の学生竹村秋竹の主唱によって生まれた句会であり、当時の加賀地方の俳句会が旧態依然としているのに飽き足らず、これからの俳句は子規の新風によらねば時代に乗り遅れるとしての呼びかけでした。句会発足の翌年藤井紫影が四高教授として赴任し、指導的立場に立ったのも好都合だった。同41年紫影が北聲會の句を中心にして選句刊行した「蕪すし」は好著として伝えられています。紫影のあとには大谷繞石(四高教授)や松下紫人(第9師団法幹部)が赴任しました。金沢に四高や第9師団司令部があったことが幸いしています。このほか主な作家に、室生犀星、太田南圃、桂井未翁、小松砂丘、倉知漁村らがいました。

【参考資料】 「石川県大百科事典」(平成5年 北國新聞社)
「犀 星」(平成14年 室生犀星記念館)
「室生犀星全集」第8巻、別巻一(昭和51年 新潮社)





 5月24日(水) 第3回出前講座 森山町小学校4年生

 自分が深く調べたい偉人を見つけよう

 講師:竪畑 政行(石川県児童文化協会理事長) 

 新校舎の改築工事に向けた準備が進む、金沢市立森山町小学校で第3回出前講座が開かれました。4年生の総合的な学習で、「金沢には、どんな偉人がいるかな」をテーマとして、子どもたちがこれから調べたい偉人を見つけるための授業です。講師は第1回出前講座に続き、「かなざわ偉人物語」の著者である、竪畑政行(たてはた まさゆき)先生でした。全8巻で構成される「かなざわ偉人物語」から抽出した40名の資料と、その中からクイズ形式で14名の偉人の名前を探し当てる資料を比べながら、金沢の偉人への理解を広げる学習が中心でした。

 参加した55名の子どもたちは、友達とも相談しながら人名を探すクイズを、どんどん解いていきました。10分後には半数を超える子が全問正解する、という集中力でした。授業のまとめでは、自分がこれから深く調べたい偉人を一人選ぶことができました。小野太三郎、八田與一、室生犀星などの有名な偉人に混じって、マッチの製造と輸出で活躍した清水誠、事業の収益でたくさんの科学者を支援した安宅弥吉、耕地整理では日本の先駆けとなった高多久兵衛などの名前も挙がりました。

 これからの学習でも友達と協力して、それぞれの偉人のたゆみない努力や業績が、今日の私たちの生活につながっていることを感じ取ってほしいものです。




 5月20日(土) 第1回 川柳入門講座
 自分の感動を自分の言葉で

 講師:城山 悠歩(石川県川柳教会事務局長・北国川柳社同人)

 川柳入門講座は今年度、5・6・7月の3回実施されます。講師は石川県川柳協会事務局長で、北国川柳社同人の城山悠歩(しろやま ゆうほ)先生です。

 第1回目の今回は「川柳とはどんな文芸か」というテーマに先立ち、古代の和歌に始まる日本文学の歴史を遡り、俳句・川柳・短歌の流れを学習しました。室町時代の俳諧連歌から派生した「俳句」と「川柳」は言わば兄弟同士ですが、川柳には俳句の約束である「有季定型」や「切れ字」はなく、人間生活そのものを現代仮名遣いで描くのが原則です。

 川柳の特色である三要素としては、

①    「穿ち」:風刺や皮肉も交え、物事の本質、人情の機微を表現すること。

②    「滑稽」:心の底から湧き出るようなユーモア、滑稽さ。

③    「軽み」:軽妙洒脱、豪快でキレのよいこと。枯淡と洗練。

が挙げられますが、先生からは「ドラマ性」の創出にもこだわってほしいという要望がありました。終始歯切れよい先生の解説を受けて、8名の受講生からの積極的な質問も多く、川柳を書くことへの心構えや大切な視点が浮き彫りになりました。ともかく自分を出すこと。自分自身の感動、気づきを五・七・五で表現することがポイントのようです。

 早速、次回に向けて「偉い」「バック」の題詠が宿題となりました。『短期決戦』へ受講生の皆さんの果敢な挑戦を期待しています。



 5月20日(土) 第1回 小説講座
 あきらめず、しぶとく、しつこく書き続けること

講師:寺本 親平(小説家)

 夏の到来を感じさせるような好天の午後、第1回小説講座が開催されました。地元作家を講師にお迎えして、学びを深めながら実作につなげることを目指しています。今年度の本講座の受講者18名の内ほぼ半数が過去の受講経験者で、中には5回以上という方も含まれています。講座での更なる研鑽を通して、小説作品の質的な向上と充実を期しています。今回の講師である小説家・寺本親平先生も本講座のベテラン講師です。

先生からはこれから本格的に小説を書き進める上での基本姿勢、もう一歩踏み込むための『覚悟』を熱く語って頂きました。

①    この講座は、小説を書きたいという同じ目的を持つ人の集まりである。書くことは孤独な作業であるが、他者と対峙して、外に向かって意識を開くことが大切だ。

②    小説を書く上で、「ポエム(詩情・感受性)」と「批評性(他者の眼で判断する力)」の二つは欠かすことができない。個々に育んでいかなければならない。

③    「書くこと」と「読むこと」との両方とも大切である。読むことで、書くための背景が形づくられる。この背景が書く行為を支える推進力になる。

④    優れた小説を書く『近道』はない。無駄な努力の積み重ねを、しぶとく、辛抱強く重ねる中で、自分だけの文体、独自の文章を綴ろうとする努力が必要だ。

⑤    小説を書くには、言はばやけくそのような活力が求められる。ツルハシで地面を掘り起こすことに似ている。生半可な知識や経験といった余計な武器は捨てることだ。

 

まとめの質疑応答の中では、創作へのモチベーションの持ち方について、自分の在り方を見つめ直し、新しいことに挑戦する、自分の不利やマイナスを生かすなど、自分自身を鼓舞する手段を見つけること。また、思い通りにならないことこそが「宝」だという逆転の発想に立つ、という貴重なアドバイスも頂きました。

次回は、6月17日(土)午後に開催いたします。



 5月14日(日) 第1回 『朱鷺の墓』朗読会
 金沢を舞台とした艶のある文章をお楽しみください

 朗読:髙輪 眞知子(浅野川倶楽部代表)

 朗読小屋・浅野川倶楽部を主宰する髙輪眞知子さんによる朗読会も、9年目を迎えました。今年度から五木寛之作『朱鷺の墓』を3年間にわたって全4章の朗読をお楽しみ頂く予定です。『朱鷺の墓』の第1部「空笛の章」は昭和43年から翌44年にかけて、「婦人画報」に連載されました。五木さんが金沢で生活をしていた時期と重なります。

 金沢浅野川界隈が舞台となる「空笛の章」では、東廓・杉乃屋の人気芸妓である染乃とロシアの青年将校イワーノフとの恋愛が描かれます。時は日露戦争の渦中にある明治38年。物語はその戦争捕虜として金沢の収監所に送られてきたイワーノフと染乃の劇的な出会いから始まります。杉乃屋の常連客で染乃のお気に入りでもある機一郎との心の絆は、穏やかな金沢言葉や周辺の情景と共にしっとりと描き出されています。

 この日は80分ほどの朗読でしたが、艶のある作品世界にいつの間にか吸い込まれてしまうような感覚でした。

2回目は6月11日(日)午後2時からです。ぜひ、お誘い合わせてご参集ください。




 5月13日(土)  第1回 小説入門講座
 小説を書く力とは…

 講師:高山 敏(「北陸文学」主宰)

 5月13日(土)に当館3階・文芸サロンで、今年度第1回目の小説入門講座が開催されました。12月までの8回シリーズで、第2土曜日の午前10時30分に開始時刻として定期開催する予定です。今回の講師は、同人誌『北陸文学』主宰の高山敏先生でした。

 16名の受講者の大半は、今回初めて小説に挑戦する方々です。先生から提示された、海月ルイさんの随筆「負けない組」(北陸中日・2006.6.13夕刊)を読み、筆者の思いやその幼なじみであるAさんの奔放な生き方、表現方法などを中心にそれぞれの感想を交えながら話し合いました。Aさんの生き方に好感を持つ筆者の温かい視線や、Aさん自身のわがままや横暴ぶりの裏に見え隠れするずるさやしたたかさにまで話が及びました。

先生からは…

①    小説を書く力の原点となるものは、実体験・追体験などの経験であり、自他の人生の経験をいかにものにするかにかかっている。

②    自分自身にとって、決して忘れられない経験(思い出)を切り口にする。

③    現在と過去とは密接に関係しているが、過去は現在を生かすためにある。

④    登場人物の性格や特徴を描き分ける上では、テレビドラマが参考になる。

⑤    書き進める中で入れるかどうか迷った文章は、削除するほうがよい。

といったアドバイスがありました。

 文章から読み取ったことを積極的に発言し、自らの創作や表現につなげようとする受講者の皆さんの果敢な姿勢に、先生も深く感心したご様子でした。




 5月13日(土) 第1回 詩入門講座
 自分の感性を大切にして

 講師:井崎 外枝子(詩誌「笛」同人)

 5月13日(土)の午後、今年度の詩入門講座がスタートしました。第1回目の講師は詩誌「笛」の同人である井崎外枝子先生でした。初回の顔合わせということで、8名の受講者への自己紹介も含めて、詩作への思いをお話されました。

 …二十歳台の半ばに「笛」の同人に参加して以来、自分の感性をもとにして、一行、次の一行、また次の一行と書き続けて半世紀余りが経過した。その間に、親・友人・夫の死などを経験し、書くことしかない、苦しいがそれしかない、という思いはつのる。書くタイミングを逃さないことも大切で、三年も五年も経過すると、書けるものも書けなくなる。

 また、子どもの詩には、目からウロコが落ちるような面白さがある。子どもはいつわらないし、うまく書こうともせず、体当たりで書いているから、言葉にも新鮮な輝きがある。私たち大人も自分の中に、子どものような自分が棲んでいるのではないか。ここに集まった皆さんも例外ではない。自分の感性を大切にして、共に心の拠り所となる潤いのある言葉を追い求める機会にしたい…。

 講座の後半では、杉田平一「希望」、菊田守「世界の裂け目」、沢田敏子「からだかなしむひと」などの作品を鑑賞しました。先生からの問いかけやヒントを踏まえて、詩に盛り込まれた感覚的で繊細な表現、意外な言葉の連鎖や展開、表記や句読点の工夫や効果などいくつもの視点から、作品に託された作者の思いをさぐり、味わうことができました。

 

 『詩は答えではなく、問いである』ということを念頭におきながら、講座は展開します。第2回(6月10日)からの参加も可能です。詩を書いてみたい方、ぜひご来館ください。




 5月11日(木)  第2回出前講座 清泉中学校3年生  
 高峰譲吉の3つの業績について学びました

講師:増山 仁(金沢ふるさと偉人館学芸員)

5月11日(木)に今年度第2回目となる出前講座が、金沢市立清泉中学校3学年の生徒(170名)を対象に開催されました。講師は「金沢ふるさと偉人館」の学芸員・増山仁(ますやま・ひとし)さんです。『世界で活躍した金沢の偉人』というテーマで、高峰譲吉と八田與一の業績を中心とした講話でした。

消化剤タカジアスターゼやアドレナリンの発見・抽出という理化学研究で知られる高峰譲吉ですが、11歳で長崎に留学、大阪と東京で学問を修めた後、26歳でイギリスに留学するという異色の経歴の持ち主です。その後アメリカに渡り、日本に古くから活用されてきたコウジ菌を使ったウイスキーづくりの量産を目指しますが、失敗。その醸造の過程で生まれたのがタカジアスターゼです。その立ち直り速さと発想の転換の的確さこそが、高峰譲吉の真骨頂ではないかと、増山学芸員さんは強調します。「近代バイオテクノロジーの父」と賞賛される一方で、アメリカ合衆国にたくさんの桜の樹をプレゼントしたり、日本家屋を建てて外国人の大勢の友達を招いたりして国際親善に貢献したことから「無冠の大使」とも呼ばれたそうです。さらに、アドレナリンなどの特許で得た収益を元手に、新しい特許取得につないで次々と事業を大きく展開したことから「ベンチャー企業の先駆け」とも称されるといいます。こんなふうに、偉人の業績を異なる角度から調べてみるとさらに興味が広がることでしょう。

この他、授業ではプレゼンを活用しながら、八田與一や藤井健次郎、木村栄などにもふれ、特徴的な部分についての解説がありました。ランチルームでの盛りだくさんの内容でしたが、170名の生徒の皆さんは終始しっかりと集中した態度で参加していました。生徒はそれぞれに調べる偉人を絞り込み、これからの調べ学習の成果を『偉人新聞』にまとめる予定とお聞きしました。ぜひ、偉人の意外な横顔(プロフィール)にも迫ってほしいと期待しています。




 5月8日(月) 第1回 出前講座  金沢市立粟崎小学校4年生
 金沢の偉人について学びました!

講師: 竪畑 政行(石川県児童文化協会理事長)

 ゴールデン・ウイーク明けの5月8日(月)に、金沢市立粟崎小学校4年生(81名)の皆さんを対象に、今年度第1回目の出前講座が開催されました。今回のテーマは「偉人について学ぼう」で、講師は「かなざわ偉人物語」の執筆者でもある竪畑政行(たてはた・まさゆき)先生でした。

 まず、「偉人ってどんな人かな?」という先生の問いに、子どもたちから元気いっぱいの反応がありました。「みんなのためにつくした人」「やさしい人」「かしこい人」「新しい発明をした人」「生活に役立つことをした人」「歴史に名前を残した人」「経験や努力で人のためにかつやくした人」などなど。続いて、資料から知っている偉人の名前に○をつけました。台湾でダム建設を成し遂げた八田與一、女学校を設立した加藤せむ、思想家として活躍した三宅雪嶺、さらには地元出身で今回の会場校である粟崎小学校の充実・発展に貢献した木谷吉次郎の名前も挙がりました。

 友達から紹介された偉人の資料をみんなで読み合わせして、それぞれの偉人が活躍した内容を確認すると共に、先生からはとっておきのエピソードをお聞きして、理解を深めることができました。子どもたちはそんな説明を聞きながら、これからの授業でもっと調べたい人を選んでいました。

 今回の出前授業を皮切りに、子どもたちは図書館の「かなざわ偉人物語」を活用しながら偉人についての学習を進めて、将来に向かって大きく夢をふくらませてくれることでしょう。




 4月1日(土) 第44回泉鏡花文学賞受賞作家と集う会 川上弘美さんトークショー
 「受賞作をめぐるさまざま」―川上さんの執筆の周辺について聞く―

 
 4月1日(土)の午後、金沢文芸館3階の文芸フロアにおいて、昨秋「大きな鳥にさらわれないよう」で第44回泉鏡花文学賞を受賞した川上弘美さんによるトークショーが開催されました。「受賞作をめぐるさまざま~川上さんの執筆の周辺について聞く~」と題したこの集いでは、金沢学院大学准教授の蔀際子(しとみきわこ)さんに聞き手を務めていただきました。創作活動の背景や方法、ちょっとした心がけやこだわりなど興味深いお話の連続で、人気作家である川上弘美さんの気さくで個性的な人柄にふれることができました。熱心に聞き入る60名ほどの参会の皆さんで満席となった会場は、春先のやわらかなムードに充たされました。内容の一部をご紹介いたします。

 

金沢は陰影のある町というイメージが強く、犀川と浅野川の流れや景色も魅力的です。泉鏡花や室生犀星の作風にも通じる冬の暗さや湿った空気が、この町特有の文学的な風土を醸し出しているようです。

受賞作「大きな鳥に…」は何万年か先の未来に、クローン技術や人工知能の助けを借りて辛うじて生き延びる人間を描いた作品です。東日本大震災以降、誰もがいつまでも平和なままではいられないと考えさせられることが多くなりました。平和な時代が続く中で、人類の滅亡は実感しにくいのですが、生きることの「無常」をテーマとしました。冒頭の「形見」を書き上げた時点では連作の構想はありませんでしたが、結果的に14通りの「私」が未来の人間の思いを語る形になりました。読み進めるうちに、だんだんとわかってくる作品です。

子どもの頃から、本を読むことは大好きでしたが、書くことは苦手でした。女子高校で理科教師を務める理系の人間でした。人間の自意識や自分の内部を掘り下げるようなことよりは、むしろ、生物としての人類を幻想的に描く方に関心がありました。読書では、「赤毛のアン」「モンテクリスト伯」など外国小説や児童文学の翻訳に親しみました。長編の優れた翻訳を集中して読むのが好きでした。

高校教師の時代を含めて約10年のブランクがあり、30歳台半ばで「神様」と言う作品を書き上げました。モラトリアム(猶予期間)とも言える子育ての日々の中で、子どもとも通じ合うやさしい言葉で普通に自分の表現に到達できた、ということかもしれません。その後、20年。人生の妙味を描き続けています。

支配的な気持では、作品を書き進めることはできません。設計図にしばられず自然に書き進めるうちに、登場人物が動き始めるものです。すごく正しいことを書かねば…と気負い、力んで立ち向かうのではなく、どんな飛躍や連想をどんなふうに翻らせようか、と考えるところに創作のポイントがあるように思います。また、行き詰まってもやめないで書き続けること。書きつなぐことで、作中の人物が動き出します。そうして、何度も読み返して文章の歪みをただしていく。ひとつひとつ、丁寧に磨き上げる。私はアーチスト(芸術家)であるより、そんな職人さんでありたいのです。




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金沢文芸館

〒920-0902 石川県金沢市尾張町1-7-10 TEL:(076)263-2444 FAX:(076)263-2443

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