金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2010年9月

その30「チョコレートの蓄音器 」

平成22年6月、札幌に出来た「蓄音器ギャラリー」に出かけた。
洋菓子「白い恋人」で有名な石屋製菓が自社の広大な「白い恋人パーク内に新設したものだ。
年間約80万人が訪れるという同パークに新たな魅力が加わったことになる。

金沢蓄音器館にはないエジソン社のオーク材のラッパがついたオペラ蓄音器とろう管を削るシェービングマシーン、学校用とよばれたビクターV-25号、縦横両方の振動レコードがかかる優雅な曲線を持つルイ王朝スタイルのソノラ蓄音器など珍しい数十台が向かい入れてくれる。
子供向け、ピクニックの時に便利なトイフォン、ミッキーフォンと呼ばれる数々の小型蓄音器がそのあとに続いて展示されている。

さらに、その先を行くと「往年のスターたち」と銘打ち、SP盤、レコードをいれるエンベロップ(袋)や変わったデザインのジャケットなどがあり、その時代の流行、世相をうかがっている。
1時間に1回行われる蓄音器の聴き比べもあり、解説をする女性たちからは、SPレコードの優しい音色を一人でも多くの方々に聴いてもらいたいという熱い思いが伝わってくる。

展示の一角には、「蓄音器ネットワーク」として新冠(にいかっぷ)のレコード館とわが金沢蓄音器館の紹介がされていた。

「3館限定販売の蓄音器やレコードのお菓子を作ればいいのでは?」

と思った。
美味しいチョコレートのレコード盤を食べれば、きっとほのぼの優しい気持ちになれるのではないだろうか。


エジソンコンサート用ラッパ

小型蓄音器のコーナー

3施設の紹介コーナー
その29「一人旅の女(ひと)」

6月に入り、紫陽花が鮮やかさを増すころだった。

一人旅と思われる女性が「この館は入場料がいるのですか?」と尋ねながら入ってきた。「300円ですが、損はさせません。ちょうど蓄音器の聴き比べがあるので、是非聴いてみてください」と答えると、ニコッと微笑んで料金を払った。

終わると
「特に、私はこの蓄音器の音が好きです」
とアメリカ、ビクター社の8-30、クレデンザを指差した。
この蓄音器は「蓄音器の王様」と言われており、大正時代には家1軒より高いしろものだった。当時、石川県でこの蓄音器を持った人はたった一人しかいなかったと聞いている。

聴き比べでは、ラッパがすべて木で出来ているアメリカ、ブランズウイック社:バレンシアという蓄音器でバイオリン名手のクライスラー「ウィーン狂想曲」もかけた。
女性は「どれもこれもステキな感動をもらえた」と満足そうに語った。

「あとは、金沢の食事を堪能出来れば満点ですね」と言うと、どこか美味しいところをと尋ねられ、片町のある割烹を勧めた。

10日後、その女性から紫陽花の模様の入った手紙をいただいた。
蓄音器館の外観に魅せられて入ったが素晴らしい体験だったこと、味はもちろんご主人や店の人の雰囲気もいい割烹での料理に言い尽くせない感動を覚えたこと、思わず涙がでたことなど感謝の言葉で溢れていた。

会社からの20年勤続記念の旅行券での金沢は、さぞ思い出深いものになったことだろう。

最近の蓄音器館は一人旅らしい、雰囲気のある美しい女性の来館が増えている。


金沢蓄音器館の外観

ブランズウイック社、バレンシア

クライスラー「ウイーン狂想曲」
その28「"古い"が"新しい"という体験」

平成22年6月のある日、室生犀星記念館の室生(むろお)洲々子(すずこ)名誉館長と一緒に金沢市立野町小学校に出前授業に出かけた。

名誉館長は作家、室生犀星のお孫さんである。
犀星が学んだ創立140周年を迎えるこの小学校で、犀星が書いた童話の読み聞かせの授業を6年生にするためだ。
犀星は、生前100余りの童話を書いている。その中から短編2編を小学校の先生に選んでもらい、児童が声を出して読む。それを先生や名誉館長が解説をするという授業である。
授業の終わりには、当館から持参した蓄音器で犀星が生きた時代の音を聴くオマケ付きである。

この小学校は国語教育に力を入れていることは聞いてはいたが、いきなり「ふるさとは遠きにありて思ふもの」の詩が生徒全員で唱和された。その声の大きさと、よどみなさに圧倒され、感動した。

童話「オランダとけいと が(意味は、オランダ時計と蛾)」、「ねこのおばさん」の2編が終り、蓄音器の番になった。

早くから犀星の才能を見出していた4歳年上の北原白秋が作詞した(山田耕作作曲)「この道」(ポリドール7602、奥田良三:歌)、ついでクライスラーが作曲し自ら演奏したバイオリン曲「美しきローズ・マリー」(ビクターHL28)を聴いた。

校長先生は、レコードの溝をなぞる針の部分をビデオカメラで撮り、教室中に見えるようわざわざ大型TVで流した。
素晴らしい演出だ。

2曲だけであったが、初めて蓄音器の音を体験した児童からは「自然な音」「演奏している風景が見えるようだ」など新鮮な言葉が聞かれた。

子供たちは「古い」が「新しい」体験をした。


解説を聞く子ども達

説明する室生名誉館長

「この道」唄:奥田良三

「美しきローズ・マリー」
その27「エジソンが負けた訳」

1877年アメリカのトーマス・エジソンが蓄音器を発明したことは知られている。しかし彼が考えた針の縦振動方式はベルリナーの横振動方式に敗れ去ったのである。

もともとエジソンは音楽を録音し、それを広めるという考えは第一義ではなかった。
10ケ条のメモを残しているが、その第一には、「速記者を必要とせず手紙がかけるほか、口述筆記に使えること」だった。幼い時に耳を悪くした彼にとって当然だったのかもしれない。「盲人でも本が読める」「雄弁術の教育に使える」そしてようやく4番目に「音楽を録音、再生すること」が出てくる。

横振動を唱えたベルリナーは最初から音楽再生に力点を置いた。
横振動の平円盤はプレスすることで同じものが大量に作ることが出来るので1枚当たりの単価がやすく出来た。

それに対して、エジソンは縦振動が音質的に良いのだと主張したが、同じものをプレスすることが難しく、大量生産には向かなかった。
さらに縦振動にこだわったため盤が厚くなり、材料費などコストもかかった。蓄音器は針にダイヤモンドを使ったために横振動のビクター製より高かった。いわばハードもソフトも高かったのである。理論的に縦振動は音はいいが、実際には値段が違いすぎたのである。

ベルリナーのビクター社では、ガイズバーグという若い技術者がレコード制作の面でプロデュサーとしての手腕を発揮した。
彼は当時のロシア第一の人気を誇っていたシャリアピン、イタリアの大物オペラ歌手カルーソに破格の大金を払って録音した。さらにはメルバ、タマーニョ、パッティなどをくどいた。
世界一流の歌手がお茶の間で手軽に聞ける、このことが横振動の平円盤が勝利した決定的な出来事だったわけである。

ガイズバーグは明治36年に日本でも3ケ月にわたり出張録音を行い273面を製作している。

エジソンは技術者としてプロであったが、一流の芸術を理解するソフトの製作者が周りにいなかった。
技術のみが先行するのではなく、それに伴うソフトがいかに大切かを、このエピソードは教えてくれる。


シャリアピンのレコード

カルーソのレコード

メルバのレコード

ガイズバーグの日本出張録音盤
その26「ガイズバーグのレコード」

日本人初のレコード吹き込みは、1900年(明治33年)川上音二郎一座の音二郎とその妻、貞奴の「オッペケペー節」だと言われている。しかもパリ録音だったというから驚く。

横振動の平円盤(いわゆる円盤レコード)を開発したベルリナーは、1897年(明治30年)英国グラモフォン社を作り、ウイリアム・オーエンをその総帥に据えた。

その部下、フレッド・ガイズバーグが名プロデュサーとして腕をふるった。
1901年ロシアのシャリアピン、1902年イタリアのカルーソの録音に成功したガイズバーグは、カルカッタ、シンガポール、香港、上海を回りながら録音を行った。

そして1903年(明治36年)1月に日本に到着した。31歳の時だった。3か月の滞在期間中になんと273面の曲を録音したという。

録音盤を船で持って帰り、工場で作って再び日本に持ってきたわけだ。

輸入された盤は、明治37年1月に三光堂という店から発売された。7インチ盤の価格は2円から2円20銭だったという。工員の日給が12時間労働で30銭だったというから随分高いものだった。

金沢蓄音器館にその時、録音されたSPレコードが13枚ある。
7インチ、10インチの片面盤で、製作はグラモフォン&タイプライター社となっている。
裏面には大きな刻印でGRAMOPHONE とあり、トレードマークのエンゼルがレコード盤に座っている。REPRODUCED IN HANOVER と書かれており、ドイツの工場で作られたことがわかる。
レーベルにある日本語は、左から右へ書かれている。中に英語も併記されている。
Japanese Samisen(三味線),Ancient Court Singing(狂言・落語),Japanese Geisha Brass Band(芸妓連中)など面白い表記である。

音を聞いてみると最初のラッパ式吹き込み(電気を使わずラッパの前で大きな声で録音する方式)なので雑音が多く聞き取れない箇所もある。

それがかえって極東の日本で奮闘している若きガイズバーグの姿を彷彿とさせる。

(蓄音器館にあるガイズバーグ盤、数字はレコード番号)

<7インチ盤>
雑唄 ヨカチョロ節 三遊亭小遊三(12487)筑紫琵琶同盟唄  西国坊明学(12462)
流行小唄選  三遊亭小遊三(12486)
狂言伯母カ酒 山本東次郎・岡田紫男(14821)
詩入米山ぶし 三遊亭千代春(13275)
落語 葛の葉抜裏 柳家小さん(14818)
法界節  追分節  法界連(12489)
妹背山お三輪の唄 竹本和佐太夫・鶴沢語左衛門(12426)→アホダラ経?
西洋音楽日本譜舌出し三番叟 吾妻婦人音楽連中(10016)
名古屋甚句小さな物づくし 立花家之助(13294)
琴 三弦 尺八 松竹梅 上原真佐喜・高橋清章・福城可童(18025)

<10インチ盤>
三十三間堂棟木の由来 竹本友之助・福之助(13131)ほか


レコードの裏面

GEISHA BRASS BANDの文字が見える

左から右へ日本語が書かれている

立花家之助

柳屋小さん

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