金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2011年6月

その72「初の出張録音盤」



エジソンが作った「ろう管式レコード」は、ベルリナーが開発した「平円盤(いわゆる円盤レコード)」に変わっていった。
針先が縦振動から横振動へかわり、蓄音器の革命と言ってもよかった。

平円盤はプレスによって大量生産が可能となり、量産化されれば1枚当たりのコストは安くなったからである。

明治36年11月、日本では天賞堂がその最初の蓄音器とレコードを輸入し販売した。
レコード盤を「ジスク」と発音、「平(へい)円盤(えんばん)」と訳し、蓄音器を「写声機(しゃせいき)」といわせている。
それまでの「ろう管式蓄音器」と区別するためであったという。

それまで日本音楽の平円盤はなかったので、米国の技師を招いて同年5月日本の曲を録音、製造は米国コロンビア(レコード盤にはコロンビアと書かれ、コロムビアと書かれていない)社で行われ、船で運ばれてきたわけである。
出張録音されたのだ。

録音された音楽は、軍楽、謡曲、琵琶、長唄、義太夫などで、吹込み者は陸軍戸山学校軍楽隊、宝生(ほうしょう)九郎、杵屋六左衛門、芳村伊十郎、橘知(ち)定(じょう)、竹本相生(あいおい)太夫など各界の最高実力者たちだった。

さらに明治41年に米国から新着した「平円盤」に、天賞堂は初めて「レコード」という新語をあてた広告を新聞に載せた。
天賞堂はレコード・蓄音器の世界ではリードしていたといえるだろう。

競争相手だった三光堂としのぎを削り合い、音楽産業の基礎を作っていった。

金沢蓄音器館にはこの米国コロンビア盤をはじめ三光堂が輸入した英国グラモフォン社のレコードも収蔵している。


天賞堂が輸入した片面レコード

上の盤の裏面「3円50銭」の価格が記入

蓄音器館の陳列コーナー

英国グラモフォン社の盤
その71「ドイツの<当てもの>レコード」

「RATEN SIE MAL」(独:ラーテン・ズィー・マール)を「ドイツの当てものレコード」と日本語で書かれたレコード(ビクター、EG2425)が金沢蓄音器館にある。
昭和7年3月に発売された。「当てもの」とは隠してあるものを言い当てること、「ちょっといい当ててごらん」とでも訳すのだろうか。
「マジックレコード」と呼ばれたという。

昔、「レコードの溝は片面に何本あるか?」となぞなぞがあったが、切れ目なくつづいているので正解は1本だった。(音線は「グルーブ」といわれ1インチ(2.5cm)に90線を切り込んである)

しかし、このレコードには3本あるのだ。異なる曲が3曲刻まれている。
溝の入り口が3か所あるわけで、針の落とし所で異なる曲が奏でられる。どの曲になるかは、音が出てくるまでわからない。
しかも片面に3曲収録されているので1曲1分くらいの録音時間しかなく、針も通常の3倍のスピードで早く進む。

当館にあるレコードのA面には「カルメン」の前奏曲、ベルリン国立歌劇場オケの演奏。ウーファ映画「女王様ご命令」の主題歌「野暮なことは訊ねっこなし」、マレク・ウェイバーの演奏のようだ。3番目はテノール独唱で「ドイツ娘」。3曲が入っている。
B面にはハワイアン調のタンゴ、ルイス・ルース・バンドあたりの演奏くさいが曲名は不明。遊園地のメリーゴーランドでよく用いられるオルガンで弾いている「碧きドナウ」。ウーファ映画「ガソリン・ボーイ3人組」から「君に捧げんわが心」、ウェーバーの演奏のようだ。(SPレコードVol.2No.10P.74から曲名がわかった)。

どうしてこんなレコードが作られたのだろうか。曲あてクイズにでも使ったのか、小銭をかけてちょっとしたゲーム感覚で楽しんだのか、子供たちの音楽知識を増やすために用いたのかわからない。すぐに飽きられたためか寿命は短かったという。
現代では考えられない楽しいレコードではある。


ビクター EG2425
ドイツの「当てもの」レコード
その70「引けをとらない日本人の蓄音器」


東京帝国大学工学部、隈部一雄博士。ビクター、コロムビアの外国製蓄音器が幅を利かす時代に日本人の考案による優秀な蓄音器をつくった一人である。
彼はアコースティック(機械式ともいわれ再生時に電気を使わない)蓄音器を設計し,昭和5年神林製作所が製造した。
「キュマーベ」と名付けられたこの蓄音器はアームとサウンドボックス(針のついたレコードと接する部分)は鋳物で、分割折りたたみラッパをつけたものだった。"キュマーベ"とは博士の名前である隈部をもじったものである。

のちに、昭和7年名曲堂から発売されたアポロンシリーズの蓄音器にその思想は引き継がれた。アポロン300号デラックスは当時250円し、普及型のスタンダードでも150円した。
その他200型、A-5型などが発売された。
白米10kgが2円30銭、ゴルフ料金が3~5円だったころの話だ。
隈部博士は昭和13年、三省堂書店より「レコード音楽全集第5巻、レコードと蓄音器」のなかで「機械式蓄音器」として電気式と機械式の比較、各部分の作用、材質などについて理論的に機械式蓄音器の良さを書いている。

この音を聴いたあらえびす氏(当時蓄音器、レコードの収集家、解説者として第一人者といわれた銭形平次の原作者)は「音は何より朗らかに美しくクレデンザ(アメリカビクター社が作った蓄音器の王様と言われる)よりも力と量は劣りますが、美しさにおいては遥かに勝ります」と絶賛している。

金沢蓄音器館でこのアポロンA-5号とビクター卓上型の名器と言われる1-90に同じレコード盤をかけて聴いてみた。
山田五十鈴「カチューシャの唄」、小畑実「湯島の白梅」、ジョニージェームス「紫の影」、オルガンとスチールギターで「夕陽に赤い帆」、クライスラー「小回奏曲」と様々なジャンルを試したがなんら遜色はなく、返って人の声に奥行きがあるようにさえ思えた。

秀逸な蓄音器を作った日本人もいたのである。


アポロン300型蓄音器

アポロン200型蓄音器

アポロンA-5型蓄音器
その69「ライナーノーツは大事です」



音楽を聴く楽しみの一つはCDやレコードについている解説書(いわゆるライナーノーツ)を読むことである。
LPレコードはジャケットも大きく、アーテイストのこと、制作にいたる作者の想いなど様々な情報や知識を与えてくれたものである。
さらにいろんな写真、絵、図柄などが入っていると楽しさも増した。

いま、金沢工業大学にポピュラーミュージックコレクション(略してP.M.C)がある。
この施設は、消え去ろうとしているLPレコードを中心に20万枚以上のレコードを集めて来館者に聴かせている全国でも稀有な存在である。
その案内書に、音楽評論家の故福田一郎さんも<解説はアナログレコードならではの価値。ライナーノーツはファンに学ぶという楽しさを教えた>と書いている。

金沢蓄音器館の名誉館長でもある日本のレコード・CD制作の第一人者、飯田久彦さんもライナーノーツの必要性を説くひとりである。
解説があればリスナーは知識・情報を得るばかりでなく、イメージを大きく膨らませることができると語っている。

実はSPレコードにもライナーノーツはある。
レコードの持つ文化的価値は音のみではなくその周辺にある解説、ジャケットも含めてみると「総合芸術」と言えるのではないか。
明治43年から作られた1000曲近い「セノオ楽譜」は、楽曲の解説、訳詞の掲載に加え、表紙を飾る洗練されたイラスト、題字にも魅力があった。

「<曲>と言う中身が、大事だ」と考えがちだが、それでは単に音を費消しているだけでレコードを形作る十分な要素ではないのではないだろうか。


コロムビアL盤の解説書

金工大P,M,Cの案内書

「僕の青春」昭和8年 唄、藤山一郎
エンベロップは田中良の挿絵
その68「Hi-Fi録音への道」

元キングレコードの録音エンジニアであった高和元彦さんを金沢蓄音器館に招いて「クラシックSP盤Hi-Fi録音へのプレリュード」と題してSP録音時代の苦労話を聴く会を開いた。
1953年(昭和28年)慶応大学を卒業後、キングレコードに最初からクラシックの担当として入社した。以来洋楽制作一筋に勤めあげた。

「エジソンのろう管蓄音器は録音と再生ができたが、ベルリナーの平円盤になると再生オンリーとなった。制作者(メーカー)が録音に専念し、再生する機械として蓄音器が発達していった」
と高和さんは語った。
SP時代は、ベルリナーの時代から約60年間続いた。
その間ラッパ吹込みからマイクロフォンを使った電気吹き込みという革新的な発明があり、大きな録音技術の進展があった。
それまでミキサーという録音レベルを調整する人の仕事は、集音する大きなラッパの前で歌手を前後に動かすことだったという。

電気吹き込み時代になるとアッティネーターという機械で録音入力レベルを調整する現代の仕事内容になる。
指揮者のストコフスキーは、録音時には別人に指揮をさせ、自らは録音調整室でマイクの位置や全体の音のバランスに気を配っていたそうである。
クラシックファンの方がフィラデルフィア管弦楽団の「新世界」を聴いてみるとわかるのではないかという。

録音はサファイア針で行い、レコード盤の材料であるシェラックで針を固定したとか、ドイツのテレフンケン社が最も進んだ技術を有し、レコードを最初に録音するおむすび型の大きなカッターヘッドはショートホープのタバコの箱ほどに小さくしたことなど直接製作に関わらないとわからないことなど興味深い話であった。

SP時代に録音技術が大いに進歩していたことが、後のLPレコードが順調に発展した礎になったと語った。
何事も一度に花咲くことはなく、地道な積み重ねがあって初めて大きな進歩があることを教えてくれる。


ストコフスキー指揮
フィラデルフィア管弦楽団
「新世界」

レコードのエンベロップに描かれた
ストコフスキー

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