金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2011年12月

その90「蓄音器と-ひとにぎりの塩-」

「手塩にかける」という言葉の語源になったその作業が、奥能登で続いている。その製塩法のひとつである「揚げ浜式」と呼ばれる塩づくりがドキュメンタリー映画「ひとにぎりの塩」になった。

白米を研いで最後に一つまみ、この能登の塩を混ぜてご飯を炊くとひときわ美味しくなるよと、映画の中の能登のおばあさんは語る。

塩分過多で高血圧になるのでは?と思ってしまうのだが。
一説によると、ミネラルなどを多く含んでいるため血圧を上げることにはならないらしい。
塩分は体が必要としているときは辛く感じず、むしろ甘くおいしく感ずる。Naの純度は、精製された綺麗な塩よりずっと低いのに、何故うまいと感じるのだろう?

これって蓄音器の音色と同じではないだろうか。
蓄音器の高音域は、せいぜい6000Hzしか再生音が出ない。今のCDのデジタル音は20000Hz再生出来ると言う。
数字で見れば3倍以上音域が広がっていることになる。しかしノイズはないが、何かしら冷たくて、音が平べったく聞こえるという方も多いのも事実だ。比べて蓄音器の音はノイズがあるもののどこかホッとして優しい。

「"伝統"なんて大それたことではなく日々同じことの繰り返しだけ。ただいい塩を作ろうとコツコツしてきただけのことだ」

と映画の中の塩職人が語っていた。

数字や理屈だけで判断したりすることは生半可な理解に過ぎず、体に染みついていない頭だけの理解は本物ではないのだろう。愚直にも見えるつつましさの大切さをこの映画は教えてくれている。

蓄音器館訪問の後、映画監督の石井かほりさんは「これから夜行バスで東京です」という。彼女もまたつつましさを実践していた。


「ひとにぎりの塩」
パンフレット



来館記念サイン
その89「音楽のベースキャンプ」


金沢蓄音器館では、様々なジャンルの講師の方々を呼んで蓄音器やSPレコード、音楽にちなんだ話を聞く会を開いている。
元文部省のお役人だった文殊川雅人(もんじゅがわ・まさと)さんもその一人である。
何度か館にお越しいただいているが、平成23年8月は「学校唱歌の散歩道」と称して話を聞く機会を得た。
NHKの二見敦子アナウンサーも特別参加され、蓄音器の音色に合わせての室生犀星の「小景異情」の朗読はさすが!と思わせるものだった。
この模様を、金沢ビデオカメラクラブの小屋忠男(こや・ただお)さんが撮影し、DVDに残してくれた。

後日、館を訪れ小屋さんはかつての金沢での想い出を話された。以下は小屋さんの金沢賛歌。

◆石川県立歴史博物館にも、蓄音器、SP レコードを収集した「鞍信一コレクション」、金沢工業大学にはLP20万枚を超える「ポピュラー・ミュージック・コレクション」(略してP.M.C.)があり蓄音器館を含めて、その手の金沢における文化的厚みに驚く。
鞍さんは生前「モナミ」という名曲喫茶を開き、NHKで「くらアワー」というクラシック番組を担当、「モガ(モダンガール)」「モボ(モダンボーイ)」がはやった戦前には「モダン金澤」という雑誌も自前で発刊しており、地域文化を担っていた。
金工大も作られなくなったLPを全国から集め、自由に聞かれるようになっている。
「モナミ」、「P.M.C.」、「蓄音器館」も"音楽のベースキャンプ"だ◆

小屋さんの友人たちは、還暦を迎えた歳になられた方々が多い。
「金沢は心のふるさと」であり「心に余裕がないと蓄音器館に来られない。これからも地方にも素晴らしい文化があることを発信していってほしい」と言葉を残した。


二見敦子さん(左)と
文殊川雅人さん

小屋忠男さん

金沢工大
P,M,C(ポピュラーミュージックコレクション)
パンフレット
その88「キングレコードが作られた訳」

本年(平成23年)、キングレコードが創業されて80周年を迎えた。
昭和5年1月、講談社が新年号で「健全なる歌、大募集!社会の浄化はまず流行歌より」と賞金千円があたる懸賞募集を行い、翌6年第1回新譜レコードを発売したのがスタートだ。
応募数約18万編にものぼった。キングレコードの名は講談社が出していた人気雑誌「キング」にちなむ。

当時の社会の風潮は、エロ・グロ・ナンセンス流行(はやり)だった。流行歌も「愛して頂戴」「燃ゆる唇」「あたし淋しいの」「ねえ興奮しちゃいやよ」など煽情的な題が目立っていた。

そんな状況の中、講談社は「俗悪野卑の歌謡は家を汚し人を毒す!みなさん!清く、明るく、愉快な歌をうたいましょう」と発売当初、全国の有力新聞数十紙に半頁広告(全7段)を出した。
新譜レコード発売は、通常全2段広告程度だったというから、随分と大きなスペースだった。低俗な歌を一掃し、健全な歌を普及させたいという強い意気込みが感じられる。

外国系レコード会社の日本での設立はポリドール、コロムビア、ビクターの順だった。昭和2年のことである。ポリドールは最初洋楽の輸入盤のみだったが、国内でレコードが驚異的に売れ、商売になるというので日本人の吹き込んだ曲を昭和5年から販売を始めた。
日本歌謡で先行していたコロムビア、ビクターにないジャンルは浪花節だった。このジャンルは、忠臣蔵とやくざものしかなくポリドールは義理、人情の任侠もの路線に活路を求めた。
そんな中、雑誌を発刊している講談社・キングレコードは書籍との連携で新しいヒットを狙ったわけである。

第1回新譜は「君が代・天皇鑚仰」「つくしをつんで・日本よい国」「明るい日本・ゆけよゆけ」「新日本音頭、日本娘・子守唄、可愛いぼうや」「ジャワは極楽・ジャワメドレー」「君が代踊り・浪路はるかに」「マドロス小唄・おいら国さで」の7枚だった。


キングレコードの懸賞募集広告
(キング60周年誌より)

「愛して頂戴」唄・佐藤千夜子

「愛して頂戴ね」唄・時雨みどり

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