金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2012年1月

その93「蓄音器を吹かした夏目漱石」


夏目漱石が明治42年に書いた小説「それから」に、蓄音器についておもしろい表現がある。
「・・神楽坂にかかると、ある商店で大きな蓄音器を吹かしていた。その音が甚しく金属性の刺激を帯びていて、大いに代助の頭にこたえた」
と書かれている。
これを読むと漱石は蓄音器をうるさいもの、けっして快いものと思っていなかったのだろうか。
「吹かす」という表現も変わっている。この話をしたら来館者の方から「吹かす」という表現は「ラッパを吹かす」から来たのでは?と言われ、なるほどと感心した。

明治26年に東大文学部を卒業した漱石は文筆家として名声を博しており、既に蓄音器を持っていたようだ。
漱石の弟子だった内田百閒は彼の「鬼苑横談」に
「漱石の死後(大正5年12月9日死去)、長男の純一君から(ビクターの9号という)蓄音器を頂戴した。もらってから15,6年、ゼンマイが2,3度切れただけ」
と書かれている。

この蓄音器はラッパを内蔵し、前面に扉がついており米国製で卓上型でも高級器の部類に入るものだ。
扉の開閉具合で音量が調節できるシロモノだ。大音声嫌いらしい漱石は扉を全開にせずに聴いたのだろうか?

また、志賀直哉は「蓄音器をする」と日記に書いている。
明治41年11月25日には「夜蓄音器を久しぶりでする」同43年1月21日には「蓄音器をして12時近くになる、電車がなくなって柳と歩いて帰った」ほかにもいくつも「蓄音器をする」箇所がある。
随分と志賀直哉は蓄音器を好んだようだ。

両人とも「蓄音機」ではなく「蓄音器」と書いている。


米国ビクター社NO.9型蓄音器

蓋を開けると「ビクトローラ」と
書かれている

蓋と扉を開ける
その92「SP音源デジタルアーカイブ」



平成23年4月30日の日経新聞文化欄に「SP音源デジタル保存」の記事が載った。

それによると、欧米に比べて出遅れている大衆文化の保存や研究活用に手軽に聴けるようにしようという試みが官民で本格化してきたという。
盤のままだと割れやすく、戦火、火事などで散逸し現存しない音源も多いからだ。ようやくという感じがする。

日本レコード協会、NHK、日本音楽著作権協会など6団体は平成19年歴史的音盤アーカイブ推進協議会(HiRAC)を設立。
24年度までに約5万1千の音源をデジタル交換して保存する方針で23年3月末までに半数が完了した。
1940年の「紀元二千六百年」の帝国海軍軍楽隊の演奏、1952年のヘルシンキ五輪のテーマソング「オリンピックの歌」などデジタル化された2万5千もの音資料は、国立国会図書館で公開される。
その内容は流行歌、クラシック、童謡、民謡、俗謡、落語、漫才、浪曲、義太夫、長唄、小唄、端唄、政治家の演説など様々だ。

当金沢蓄音器館にも協力要請があり、応援を惜しまず盤の貸し出しに協力することになった。

平成23年11月、収蔵されたSPを事前にチェックしてコロムビア、ビクター、キングレコードの各社が金沢蓄音器館に来館。
合わせて1500曲以上の未収録曲を棚から取り出し、一部を録音、一部を各社へ送った。
またその過程で明治、大正期のメジャーではない中小のレコード会社のものを目の当たりにし、その多さにメーカーの担当者たちは感嘆の声をあげた。
これらのものもデジタル化する意味は十分にある。

取り出したものだけでも、デジタル化には3カ月程度の時間がかかるが、それら1曲1曲、1枚1枚から隠れていた当時のどんな社会や大衆文化が現れてくるか楽しみだ。

(平成23年12月31日、北国新聞に館内調査が掲載された)


ヘルシンキ五輪のオリンピックの歌

日本初のダンスバンド:ハタノオーケストラ

蓄音器館での録音、コロムビアの川上真一エンジニア

コロムビアの渡辺義之プロデュサー
その91「蓄音器とまちづくり」

兵庫県の日本海側に面した新温泉町(旧浜坂町)に針メーカー、日本精機宝石工業㈱がある。そこの社員研修会の講師として招かれた。
会場には町長、商工観光課長以下役所の面々の顔も見える。駅前にある古い民家を改装して、町の歴史、産業を見られる記念館をつくる計画の参考にしたいからだという。与えられた演題は「蓄音器とまちづくり」

もともと浜坂は湯質が良く、湯量豊富な湯村、七釜、浜坂温泉3つを抱える温泉町であり、北前船の港町としても栄えた。
冬は荒浪で航海が出来ず、長崎から伝承された「縫い針-みすや針ー」が家内工業的に作られ、それが蓄音器の時代になると鉄製レコード針が盛んに作られるようになった。
LP,EPレコード隆盛時にはサファイア、ダイヤモンド針の生産に変わっていった。
その後テープ、CDの時代、さらに音楽配信の時代に入り、現在レコード針を一貫生産するのは浜坂に工場があるこの会社のみになってしまったのである。

蓄音器持参での講演に、初めて蓄音器の音色を聞いたという方々が会場のほとんどを占めた。
皆一様に新鮮、温かい、やさしい、まろやか、心が落ち着く音だと感想をもらした。
電気を使わず、針を振動させるだけでこんなにも大きな音が出る、音質も蓄音器によって随分変わる、音の原点を垣間見たとも終了後の感想文にしたためられていた。

どんなにデジタル化が進んでも、最終的に人間が聴くときはアナログだ。
スピーカーによってデジタル信号を空気の振動に変えないと「人」は聞けない。イヤホーンも又、然りである。

公共の施設は必然がないと作る意味がない。
人は施設や展示物を見るのではなく、その中にある「中味=意味」を見に来る。
形あるものには、歴史、思想、哲学が込められている。
その意味をカタチにする「想いをもった人」がいて、さらに時代に合わせて継続する「人」がいる。


新温泉町:岡本英樹町長






仲川和志社長

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