金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2012年3月

その99「えっ、レコードに税金?」

平成元年消費税が導入されるまで、レコードに高率の物品税がチャッカリかけられていたことをご存じだろうか。

大正12年関東大震災後、ぜいたく品としてレコード・蓄音器には100%の輸入関税がかかるようになった。
国産を重視するためだったと日蓄(コロムビアの前身)30年誌に記載されている。
そのためポリドール、ビクター、コロムビアの各社は国内に自社工場を起こし「日本」の冠を社名に付けた。
外国での録音盤を国内でプレスし、関税を支払わなくて済むようにしたという。

しかし、昭和12年になると戦費調達のため、初めて物品税がレコードに課されるようになった。レコードはぜいたく品だと認められてしまったわけである。
物品税は20%となり10インチ(25cm)の標準盤は1円65銭と決まった。
昭和15年4月には25%に上がった。
同年6月には「公定価格」が決まり、○に「公」の印字が入った盤の流通しか認められなくなってしまった。

それからがすごい。昭和16年12月物品税50%。昭和17年3月、80%。昭和19年2月には、何と120%となり税金の方が高くなってしまった。

昭和20年、標準盤が3円75銭に、戦後の21年には10円になったが、税率は120%のまま。
同年1月、並木路子の「リンゴの唄」が発売され大ヒットした。多額の税を払ってでも歌に飢えていた時代だったからだ。
同年9月100%、22年に80%に下がった。
悪名高い物品税は昭和23年7月50%に下がり、11月には10インチ盤が135円、12インチ(30cm)盤は200円に価格改定された。
25年2月には10インチ盤の標準価格は170円、税率は30%に(童謡は非課税)。
26年になり税率は20%に引き下げられ、40年代に入り15%(17センチ盤は13%)に減った。

こうして51年続いた物品税は、平成元年の消費税3%導入で初めて廃止されたのである。
レコードには、バカ高い税金がかかっていたのだ。


国産品を買おう、高価な品は棄てようと
歌詞カードに記載

丸公価格定価2円35銭(物品税込)と記載

昭和21年1月発売「リンゴの唄」
物品税率120%
その98「LPレコード普及に加賀のお殿様あり」



1887年ベルリナーが開発した平円盤のSPレコードに革命的な進歩がもたらされた。
それまでの材料だったシェラックからビニールを用いた33回転/分のLP,45回転/分のEPレコードの出現である。

LPは1948年(昭和23)米コロムビア、EPは翌1949年(昭和24)米RCAビクターによって開発された。
LPはLong Playing,EPはExtended Playingの略であり、そのためそれまで単にレコードと呼ばれていたSPはStandard Playingと呼ばれるようになった。

LPの出現は、従来3,4分でレコード盤を裏返しせねばならなかった面倒臭さから解放し、長時間演奏を可能にした。
EPは、異なる曲目のレコード盤を聞く人が自由に組み合わせて、オートチェンジャー機構のプレーヤーによって長時間聴くことが出来、のちのジュークボックスにも道を開いた。

昭和32年LP誕生10周年を迎えるにあたり、LP愛好者相互の便宜と親交をはかるため、コロムビアは「LP愛好会」を作った。
会員10万人を目標にして、時の加賀百万石前田家第17代当主利建(としたつ)氏を会長に選んだ。
わずか半年で2万人の会員が誕生したという。

利建氏は学習院中等部時代、自ら英国グラモフォン社のHMV163型蓄音器を真空管利用の電蓄に改良し、さらに蓄音器の王様と呼ばれた米ビクターの「クレデンザ」でさえ電蓄に代えた。
また、理想の音を奏でるため「トリオ」と称する鉄針まで作り、蓄音器には誠に造詣の深い人で、LPレコード普及にも貢献したお殿様だった。

(館長ブログNO,42「お殿様の蓄音器」、NO,69「 奥が深い"針"の話」もご参照ください)


RCAビクター「ゴールデンスロート」電蓄

ビクタージュークボックス

コロムビアのLP愛好会入会申込書

前田利建氏(右)とご家族
その97「特別なバレンタインデー」


それは、バレンタインデーの2012年2月14日午後4時からの、いつもの「蓄音器の聴き比べ」の時だった。

参加したお客様は2名。二人とも女性だった。
白髪の女性は茨城から。若い女性は台湾から一人でこの館だけを見たくて金沢まで来て、泊らずに名古屋へ向かうのだと言う。
一通り解説と蓄音器を聴いていただいてから、それぞれ気に入った蓄音器の音色はどれか?と、聞いてみた。

年輩の方は、エジソンのろう管蓄音器アンベロール30型。
「100年も前にこんな優しい音があったなんて!電気なし、針を振動させるだけでこんな音とは!昔の人はどんなにか驚いたでしょうに」と、感嘆の声をあげた。
東日本大地震で被害を被ったとのことで、5日間のフリー切符で一人で気ままに金沢に来てみたという。
被災の様子を根掘り葉掘り聞くのもはばかられたが「電気がなくても豊かなことが出来るんですね」とぽつりとつぶやく彼女の言葉に原発被災地の計りしれない痛みを感じた。

もう一人の台湾から若い女性は、台北でコロムビア蓄音器を聞いたことがあるという。
彼女は好きな音色に蓄音器の王様と呼ばれた「ビクター、ビクトローラ・クレデンザ」を挙げた。
台湾大学で日本語を専攻し、今は院の1年生で音楽を専攻。戦前、戦中、戦後の日台の音楽に関心があるという。
コロムビアもビクターも昭和初期から台湾に販路を持ち、卸機能を持った台北日蓄商会、日星商事㈱があった。それを昭和8年に台湾コロムビア販売㈱、昭和6年ビクターの営業所として拡充した。
台湾には国内と同様な施策を引いていたのだ。

彼女は当館が開館10周年記念に作った「甦る栄光の蓄音器」のCDを買い求め、爽やかに立ち去った。

私にとっては、二人の想いを頂いたかけがえのないバレンタインデーとなった。


エジソン蝋管蓄音器
アンベロール30型

台湾が販路に入っている
ニッポノフォン(コロムビアの前身)のレコードエンベロップ

開館10周年記念CD
「甦る栄光の蓄音器」2500円

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