金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2012年12月

その124「"赤鼻のトナカイ"誕生秘話」

1930年ごろ、米シカゴで宣伝原稿を書く仕事に就いていたロバート・ルイは貧しかったが、2つの宝物を持っていた。それは妻、エブリンと一人娘のバーバラだった。

バーバラが2歳になったときエブリンはガンに罹り、治療費で生活はさらに困窮した。
4歳になったバーバラは「私のママはどうして他のママと違うの?」と尋ねた。
ロバートは「せめてこの子を幸せな気持ちにさせてやらねば!」と思った。
小柄でひ弱な少年だったロバートは学生時代いじめられてばかりいたし進学もかなわなかった。

33歳になっていた彼は、娘に自作のトナカイの話をしはじめた。

「昔、ルドルフという1頭のトナカイがいた。ルドルフは大きな赤い鼻をもっていたため仲間に馬鹿にされていた。親、兄弟にまで笑われ、悲しくてしかたがなかった。

あるイブの夜、サンタクロースが世界中を駆け巡るため8頭のトナカイを迎えにきた。
ダッシャー、ダンサー、プランサー、ビクセン、コメット、キューピッド、ドンダーそしてブリッツェンのトナカイたちだ。

丁度深い霧がかかり、前が見えなくなってきた。煙突を探すことが出来ない。そこでサンタは先頭のトナカイをルドルフに変えた。ルドルフの鼻はまばゆいばかりになっていた。そりは空へ駆け上がり、スーっと夜空に消えていった。

ルドルフの鼻が赤く輝いていたためサンタは無事その仕事を終えることが出来、ルドルフは一躍有名なトナカイになった。
悲しかったルドルフはみんなから一番羨ましがられたのだ」

ロバートはこの話を手製の本にしたが、完成前にエブリンは亡くなっていた。
この本は会社の懇親会で読まれ、大きな拍手をもらった。

これは1938年にあった実話である。
その翌年挿絵つきで出版された。破格の600万部売れたという。
1948年ジョニー・マークスによって曲が作られ、1949年ジーン・オートリーの歌でSPが発売、200万枚売れ、ビルボード1位に輝いた。

金沢蓄音器館での「半世紀の時空を越えてークリスマス編―」の解説者、ロイ・キヨタ氏による曲紹介をダイジェストした。


コロムビアレコード 「赤鼻のトナカイ」


「赤鼻のトナカイ」曲目解説と歌詞カード


ロイ・キヨタさんの解説
その123「幻の映画"鋪道の囁き"DVDに」

平成24年10月、東京の加賀祥夫さんから一通の手紙が届いた。
加賀さんは女優・加賀まりこさんの兄上で、10年前、県の高文連(高等学校文化連合会)の仕事で金沢蓄音器館に来られている。

手紙には彼の父、加賀四郎氏が作った未公開映画「鋪道の囁き(ほどうのささやき)」がアメリカのUCLA大学図書館で発見され、11月にDVD化されるいきさつが書かれていた。

この映画は昭和9年制作された。
戦争前の銀座の柳、まちゆく人々のファッション、レコード店、ミルクホールなども写され当時の街の雰囲気がわかる。
もちろん音楽も日系2世のベティ稲田の歌、アメリカ帰りの弱冠19歳のタップダンサー中川三郎、演奏は渡辺良(ベース)、芦田満(アルトサックス)、小畑益男(トランペット)、加藤辰雄(ピアノ)、田中和男(ドラム)のコロムビア・ジャズバンドのトップ奏者たちだ。音楽監督、服部良一のアレンジは古さを感じさせない。
ジャズとダンスの芸能史の記録としても極めて貴重である。

フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが出た映画のダンスと音楽を日本版で再現した加賀プロダクションの野心作で昭和11年5月の封切を待つばかりだったが、突然のお蔵入りとなった。
公開されず幻と消えたわけだ。

理由について、娘の加賀まりこさんは
「軍靴の足音が高くなったころで敵性音楽のジャズとダンスを軍部が嫌ったこと、タップダンスの音がモールス信号でスパイ同志の通信に使われているのでは?と取り調べられたこと、松竹蒲田撮影所の3大スター鈴木伝明、岡田時彦、高田稔を引き抜かれた松竹は配給先をストップしたこと」
が上映されなかった理由だったと語っている。

わずか200枚しか制作されないDVD化されたこの作品は金沢蓄音器館で3500円で求められる。


加賀四郎氏

娘、加賀まりこさんの話

中川三郎とベティ稲田
音楽監督は服部良一

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