金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2013年5月

その135「タンゴの応援団」

「タンゴSPコンサート」。

開館以来、毎年秋に開いている人気SPレコードコンサートで、11年間続いている。これを続けてこられたのは、お二人の応援団の力に負うところが大きい。

お一人は、金沢市在住の松本外司氏。
松本さんはタンゴの愛好者で、開館以来の「タンゴSPコンサート」のお世話を頂いており、先日もわざわざ日本タンゴ・アカデミー(NTA)の機関紙である「Tangolandia」26号をお届けいただいた。

いま一人は、タンゴ解説では我が国の第1人者である日本タンゴ・アカデミーのさいたま市在住の島崎長次郎氏。
毎年、選りすぐりの名盤を持参され、当館の「ビクトローラ・クレデンザ」、「H.M.V.157」の2台の蓄音器を使って曲の解説をしながらSP盤をかけるイベントをしていただいている。

かつて「200分耐久レコードコンサート」と題して「ラ・クンパルシータ」47曲を様々な演奏家で聴いた。
3時間20分を超す会で、参加者はその音色の素晴らしさに釘付けで動けなかったことを思い出す。
木製の固い椅子ではお尻が痛くなったのでは?と心配した。

また、「フランシス・カナロ来日50周年記念:SPで聴くタンゴ史を飾ったカナロの軌跡」を3部構成で鑑賞したイベントもあった。
氏のアルゼンチン・タンゴの豊富な知識に基づく解説は、わかりやすく、ユーモアを入れての語り口は誰にも真似できぬものだ。

NTAの会員の方々だけでも、これまで全国から延べ200名以上参加され、地元のファンも集まり、会場はいつも満席の状態である。(当館HPの"イベントの様子"参照)

応援団と参加者が輪になって、さざ波のように共鳴して広がっていく。
館を預かる者にとって喜びに堪えない。


「タンゴランディア」2013年春号

松本外司氏(左)、島崎長次郎氏(右)

イベントで使用した1台
H.M.V.157型
その134「広告に見る明治末年の蓄音器」



ちょうど金沢蓄音器館の向かい側に、風格のある石造建物の骨董ギャラリー「三田商店」がある。

そこの御主人が「捨てるに忍びないが、と言って売り物にはならないのでは」と、1枚のポスターらしきもの(縦横50×40cm)を当館に寄贈された。

それには、「ニッポノホン」と大きく書かれ、カラー印刷されたものだった。
英文、日文で社名、工場と営業所が神奈川県川崎にあること、資本金100万円、電話番号が49番ということしか文字はない。
帽子をかぶった者、手には扇子を持った者、鉢巻きを締めた者など着物の男たちが大きく口を開けて唄っている。
三河万歳のようないでたちで、金沢弁でいう"へいろくな"(おもしろい、こっけいな)絵だ。
当時は長唄、義太夫、謡曲、琵琶、浪花節の盛んな時代で、唄っている様子がわかり、微笑ましさを感じる。

「コロムビア50年誌」によると、明治45年(大正元年)6月15日に15万円増資して資本金が100万円になったというから、そのすぐ後に作られたものだと思われる。

明治45年、大きな朝顔型のラッパがついておらず、蓄音器本体に小さく内蔵されていた「ユーホン」という蓄音器が人気を博していた。
宮沢賢治も愛用し、大正末頃まで愛好された。

大正元年には、ニッポノホンはすでに総台数月産5、000台を数えていたと同誌に書かれている。

ポスターの裏面は、偶然ながら小生がかつて学生時代に友人と泊ったロープウェイで行く伊豆吉奈温泉の東府屋旅館の宣伝。どういうわけか英語併記されている。

蓄音器、SPレコードだけでなく、その周りの印刷物も時代の様子を物語る。蓄音器文化の拡がりに興味は尽きない。


ニッポノホンのポスター?
(縦横50×40cm)

ポスターの裏面

ユーホン1号、手前の音符マークの扉を
左へスライドすると、音量は大きくなる

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