金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2014年5月

その162金沢人はクラシック好き

ゴールデンウィークに開かれる「ラ・フォル・ジュルネ金沢」。
東京に次いで金沢は2番目の開催地で、その後新潟、大津、鳥栖など全国へ拡がった。街中いたるところでクラシックを中心とした音楽会が低料金や無料で開かれる。今年は8回目。全国から観客が集まる。当館も4回、会場となった。
「熱狂の日」と訳され、邦楽や能楽とのコラボレーションなど金沢ならでは趣向もある。

 さて、当館はSPレコード盤を全国の方々から寄贈いただく。クラシック盤もたくさん集まるが、セット物(アルバムと呼ばれるもの)が多いのには驚く。

1937(昭和12)年の支那事変ごろまで、多くの外国人音楽家が来日した。当時東京、大阪は世界の音楽市場においてもっとも高級な音楽を愛好する都市として有名になっていたからだ。

クラシックのレコードも世界一売れるようになっていた。西洋音楽が日本に入ってきて日も浅いのに?といぶかるかもしれない。
交響曲、ソナタの全集も日本での売れ行きを計算に入れなければなりたたないと言われた。

日本初の全集は大正13年ドイツ、グラモフォンのベートーベンの第9交響曲で300組の予約があったという。その後ワインガルトナー指揮の同じ曲が3,000組売れた。第5番「運命」はトスカニーニ指揮が約30,000組、他にもメンゲルベルグ指揮、フルトベングラー指揮、ワインガルトナー指揮のものがそれぞれ数千組売れた。
昭和8年ベートーベンのピアノソナタ全集の予約は2,000組で全欧州各国の合計と一緒でありアメリカは言うに足らぬ少数だったと「音楽50年史」に記載されている。

このようなレコード愛好家を生んだのは、あらえびす(銭形平次の原作者、野村胡堂のペンネーム)、野村光一などの評論家の面々のお陰だったとも書かれている。レコード会社も洋盤担当者は「売れるレコード」より「良いレコード」を出す方針を曲げなかったことも指摘している。

 ところで、ラ・フォル・ジュルネの立役者であるアンサンブル金沢の最初のCDはビクターから発売になったモーツアルトの40番だった。小生が制作に関わったこの盤は、9,000枚販売した。
1,000枚売れればヒットと言われるクラシック界で、これもたいへんな枚数だった。ほとんどが金沢のファンの購入だった。
 

来日した著名な外国人音楽家
(昭和2)
3月カービ伊太利歌劇団(指揮者コメリは4月宮内省楽部教師に)、5月露西亜歌劇団、同月ブリンダー(バイオリン)、9月と311月モイセイヴィッチ(ピアノ)、11月ジンバリスト(バイオリン)

(昭和3)
5月ティボー(バイオリン)、10月ハンセン女史(バイオリン)

(昭和4年)
3月カービ伊太利歌劇団、4月ガリクルチ(ソプラノ)、10月セゴビア(ギター)、11月フレータ(テナー)

(昭和5年)
4月シュミッツ(ピアノ)、9月ジンバリスト、ハドリー(指揮)

(昭和6年)
2月バット(アルト)、4月ダルモンテ(ソプラノ)、5月シゲティ(バイオリン)、9月ハイフェッツ(バイオリン)

(昭和7年)
3月ブライロフスキー(ピアノ)、4月シュメー女史(バイオリン)、9月ジンバリスト、10月モイセイヴィッチ、12月シゲティ

(昭和8年)
3月タンスマン(ピアノ)、10月フリードマン(ピアノ)

(昭和9年)
10月フォイヤーマン(チェロ)

(昭和10年)
4月ルービンシュタイン(ピアノ)、5月ジンバリスト、6月ガリクルチ

(昭和11年)
1月シャリアピン(バリトン)、4月ケンプ(ピアノ)、5月ティボー

(昭和12年)
1月エルマン(バイオリン)、2月マレシャル(チェロ)、5月ワインガルトナー(指揮)

(昭和14年)
3月ハルピン交響楽団                など


音楽堂前のでコーラス 2014,5,4

ワインガルトナー指揮、第9「合唱」
ウィーン・フィル
トスカニーニ指揮,第5番「運命」
シンフォニー・オケ

フルトベングラー指揮、第5番「運命」
ベルリン・フィル
ワインガルトナー指揮、第5番「運命」
ロンドン・フィル

アンサンブル金沢の初CD、モーツアルト40番とチャイコフスキー「弦楽のためのセレナード」
ガリクルチ
その161レアものの”V-DISC”

 12インチ(30㎝)で、下半分が赤色の白レーベルで大きく”V-DISC”と書かれている78回転/分のSP盤が当館にある。
「ヴィ・ディスク」と呼ばれ、正式には「ビクトリー・ディスク」という。

アメリカ陸軍の委託を受けて、1942(昭和17)年の後半からニューヨークのビクター工場でプレスされた。1948(昭和23)年までの6年間に900W(種類)ほど作られた軍用の慰門レコードである。ヨーロッパ、アフリカ、南太平洋各地の戦地へ送られた。
これらはすべて12インチ盤で、材料は初期のころが天然樹脂のシェラック、後にはLP同様塩化ビニールで作られ軽くて割れにくくなっている。
レーベルは白地に青、赤で印刷され、“舶来”の雰囲気いっぱいのデザインだ。

本国から来た”V-DISC”を軍のある指揮官は「いるのは弾薬だ」と言ってレコードを送り返したり、「食料品だ」と喜んで開きガッカリしたこともあったようだが、カ―キ―色の軍用蓄音器とともに軍隊生活のなかで大きな慰めになったのは間違いない。

 
当館には38枚の”V-DISC”がある。12インチの大きな盤なので片面に2曲入れたり、ジャズなど長めの曲も片面に収録出来る。

最初はレコード会社からの原盤提供が主流だったが、その後は“VDISC”のためのセッションが増え、軍用なので所属レコード会社の枠を越えてアーティストが共演している。

クラシックの盤もあり、当館にある“V-DISC”の収蔵ジャンルは、ボーカル、ダンス、スィング、ジャズ、ブルース、インストロメンタル、クラシックなどである。

非売品なので、プレーヤーが自由なコンビネ―ションを組んでおり、ジャズの歴史から見ても見逃せないレアものだと識者はいう。演奏の前に曲の紹介がある盤もある。ポピュラーミュージックの面でも当時のヒットメロディー、時代の色合い、好みを伺うことが出来る。

 

元々消耗品扱いの盤であり、欠けていたり音質の良くないものもあるが、時代を覗くことが出来る“V-DISC”を聴いていただく機会を是非作りたいと思っている。開催日時は未定だが、決まれば当ブログで発表する。


片面にビング・クロスビーが
2曲入っている(レコード番号503A)
NO,515までレーベルの下の赤のギザギザがあり、以後は丸くなっている



フランク・シナトラが2曲入っている
(レコード番号722B)


バディー・クラークと、ダイナ・ショアーの2曲入り(レコード番号861B)

その160ヒットネット

平成2624日から323日までの48日間、東京上野にある国立科学博物館地球館2階で、第2回ヒットネット(HITNET)ミニ企画展「記録し、伝えるー日本の産業技術」が開かれ、当館が紹介された。

ヒットネットとは、日本の産業技術に関する資料を所蔵・展示している産業系博物館等が全国にあることを紹介する産業技術史資料データーベースのこと。そこに登録されている100館を超すなかから4館が紹介された。
紙の博物館(高知県いの町)、謄写印刷資料館(山形市)、新聞博物館(熊本市)、そして当金沢蓄音器館である。

当館からは、エジソンの小型のろう管式蓄音器「GEM」(ジェム)、国産量産第1号蓄音器である「ニッポノホン50号」の2台と、SPレコードでは、流行歌、民謡、童謡(児童用のための8インチの小さな盤)、クラシック、ジャズなど10枚を貸し出し、一部は来館者が実際に触れるように展示した。

音は、振動が空気を伝わってくるものであること、レコードはその振動を細い溝にかえて記録するもの、蓄音器は電気を使わず動力にゼンマイを使うこと、音を大きくするために「振動板」、さらに大きくするため「ラッパ」という仕掛けがあることなどを写真、図を用いてわかりやすく大きなパネルで説明してある。

子どもでも理解しやすい配慮がゆき届いていた。

 開場当日には平日にもかかわらず多くの家族連れ、修学旅行の生徒たちが訪れていた。
CDやパソコンで音楽を楽しんでいる子供たちは,
「へぇー、レコード盤って、裏面にも音が入っているんだって!」
「溝が、うずまきになってる!」
という声があちこちであがった。

 子ども時代の好奇心は科学の芽を育てる。そのことに協力できたのが嬉しい。


当館の紹介と持参した蓄音器
エジソン「GEM」ろう管式蓄音器(左)、
ニッポノホン50号蓄音器(右)

触れられるSPレコード盤

久米裕二国立科博主任調査員(右)と小生