金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2015年3月

その182金沢の蓄音器屋が作ったSP

 戦前、各レコード会社の発売日は通常毎月21日だったため、コロムビアなど各社は前日20日の新聞紙上に下段3段通しで新譜発売広告を掲載していた。

 昭和5年末、その広告の右側に「全部取り揃えています。片町、山田屋時計店」と載せてレコードファンの目を引いた。
それに対抗して「在庫豊富、南町、斉藤時計店」と左側へ掲載した。翌月には双方がうたい文句に趣向をこらし、競争意識はエスカレートしていったという。

昭和5年当時、金沢には山田屋、斉藤、山田勝二各時計店を筆頭に飯田レコード店、木林、金城、佐々木、田中、金津時計店など10店舗ばかりのメーカー特約店があったという。能登には七尾の戸田、三井時計店、小松には寺口、大聖寺(加賀市)には谷作書房、福井市には15店舗ほどがあったとコロムビアの元営業所長、天野清氏はその著書「春秋50年レコード界を語る」で書いている。

 広告の刺激により小売店側は、地方にレコード商組合がないことに気づき、昭和6年、メーカーも協力して「金沢蓄音器商組合」が結成されることになった。

こうして同年11月にはイタリー帰りのソプラノ歌手ベルトラメリ能子(よしこ=コロムビア専属)を演奏会に呼び、金沢駅前で組合総出で歓迎パレードを繰り広げたという。

ほかにも組合主催で毎月新譜試聴会、コンサートを催し、組合親睦の一助になったと天野さんは指摘している。

 金沢蓄音器館は、金沢北廓(きたくるわ)芸妓連中が演奏した「四季の金沢」のSPを収蔵している。
作詞・土岐善麿、作曲・町田嘉章によりタイヘイレコードから出した2枚組だ。金沢の春夏秋冬を謡ったもので昭和11年に作られ、発売は「金沢蓄音器商組合特製」とレーベルに記載されている。

今では無くなってしまった金沢北廓の音は、地元同業組合によって残されたものだった。ネットから音楽を取り入れる今の若者にとっては「?」の今は昔の物語である。




金沢駅前のベルトラメリ能子
写真右奥に「女史 歓迎 金沢蓄音器商組合」の看板が見える








金沢北廓芸妓連中演奏の
「四季の金沢」
レーベル下に、「金沢蓄音器商組合特製」とある



その181王様クレデンザ以前の“王様”

 


大型の蓄音器の寄贈品が、神奈川県の方から当館に送られてきた。「クレデンザか!」とも思ったが、幅が少し足りない。一体どんな蓄音器なのかと期待して、ゆっくりと梱包をといた。

 

マホガニー材の本体で、優雅にカーブした柱と脚部それぞれにルイ15世風の様式といわれる彫刻が施されている。ターンテーブルは12インチ(30センチ)で、アームとともに金メッキで輝いていた。

採寸すると、高さ128、幅59、奥行62cmだった。テンプルトップの蓋を上げると中央に大きく「ビクトローラ」のマークがあった。

正面には観音開きの扉が4枚ある。上の2枚を開くと3枚の仕切り(グリル)のあるラッパになっており、下の2枚を開くと2段になったSP レコードの収納スペースが付いていた。

 

ターンテーブル横のプレートには、「VE VV XVI 10172A」と書かれていた。これは「ビクターエレクトローラ VV(ブイ・ブイ)16号、製造番号10172A」の意味で、「エレクトローラ」は電気使用、最後の「A」は演奏が終わると自動停止する「オートストップ」の意味である。
1907(明治40)年に制作されたものだった。

 

しかし調べてみると、本来の「16号」の上部のラッパ扉は、少し狭くなっているのに、この蓄音器は広くしかも3枚のグリルがある。これは「14号」のデザインだ。「14号」は「16号」より少し遅れて1910(明治43)年に作られたという。両型とも発売当初は電気を使わないゼンマイを廻したもの(ビクトローラ)であり、当館に来た蓄音器は電気モーターを使った「エレクトローラ」なので、少し遅れて大正初期ごろに作られたものではないだろうか。

 

レコード盤の手元を明るく照らす豆球はきちんと通電しているのに、モーターは動かなかった。
汗をふきふき点検したがわからない。やっとモーター内部のカーボン刷子が減っているからとわかり、修理したところ回転しだした。一緒に修理している天谷貞夫さんのスゴ技が生き返らせた。

 

サウンドボックスは、ビクターではなくアメリカ、シカゴのオロ・トーン社の「オロ・ホーン」が装着されていた。 盤に針をそっと落としてみると、蓄音器の王様「クレデンザ」が世に出る前の最高の音を奏でた。

 



V V16号 上2枚がラッパ、下2枚は収納部

ラッパには3枚のグリル

プレート板

オロ・ホーンのサウンド・ボックス

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