金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2016年12月

その231世相が見えるコレクション


金沢蓄音器館の「ニッポノホン35号」蓄音器、SP盤「鞍馬山」などの4点が2015年「未来技術遺産」に登録された。「未来技術遺産」とは産業勃興の過程で産み出された消費財のことだ。

1つの博物館にすべてを集めることは難しい。そこで全国にあるそれぞれの施設のふさわしいものを選定し認定することが、ようやく平成20年から始まった。以後国立科学博物館の肝いりでおこなわれ「未来文化遺産」として毎年続けられているのである。

 例えば、「ウォークマン」はいつでも、どこでも、個人が音楽を楽しめるようにとオーディオ・リスニング・スタイルを決定的に変えた。カセットテープからメモリーへと記録媒体は変わったがそのスタイルは今も継承されている。
その他、使い捨てカメラ「写ルンです」、ロボットの「アイボ」、酵素パワーの洗剤「トップ」など現在200を越えた「未来文化遺産」が登録されている。

 当館からは昨年4点が登録された(館長ブログ199に詳しい)。


明治末期、国産初のレコードが作られたが、大正期に入ると本物の盤をコピーした複写盤が現れた。浪花節など当時人気のある歌手の盤が発売されると店頭で購入し、その盤から大量にコピーし1/4程度の安価な値で販売したのだ。

大正4313日の大阪毎日新聞には「複写盤は吹込み原盤と聴き分けられない程精巧だ。日本人の発明だといって外人も驚いている」と掲載されている。当然、違法行為ではないかと裁判になった。(館長ブログ31参照)

いろいろ曲折はあったがコピーは違法であるという認識が浸透していく歴史そのものであった。

 

20161113日、BSフジが科学番組「ガリレオX(エックス)」で「未来に残す技術遺産―日本文化の語り部たち」でこれらのいきさつを特集した。
小生も同番組に出演し、当時の日本の社会の様子が商品から垣間見られることを強調した。


BSフジ「ガリレオ X」

ニッポノホン ユーホン1型(明治44年)
未来文化遺産に選定された

左:芳村伊十郎「鞍馬山」の正規盤
中央と右:コピー盤(レーベルは
ヨシノ、ラビット)

裁判となった桃中軒雲右衛門の盤
その230クレデンザのストライキ

今年で4回目を迎える「蓄音器とSPレコードで楽しむ日本の流行歌」が1126日ゲストに多くのヒット曲を放った伊東ゆかりさんを迎え、東京代々木上原にある古賀政男音楽博物館で開かれた。
日本の流行歌というより今回はゆかりさんの選んだ洋楽曲が多く、当館名誉館長の飯田久彦さんと小生がナビゲーター役をつとめた。会場は席が足りず、2列分折りたたみ椅子を増やし、満席だった。

 

使用する予定の蓄音器は、ビクター社長室からお借りしたクレデンザだ。大正期2階建ての家と変わらぬ価格だったという蓄音器の“王様”だ。
平生使用していないものなので事前に油をさし、ゼンマイを巻きねんごろに循環させて態勢を整えた。使用するSP盤も順次かけてみて音質、音量も確認した。
「さすが、クレデンザの音だ!」と思った矢先、急に音が消えた。

 サウンドボックスの針先をチョンとはじいてみても音色は小さい。これは針のついているトンボ(スタイラスバーともいう)と呼ばれる部品が振動盤に綺麗に接触していないからではと考えた。通常この接触はハンダ付けしてあるのだが、動かしていなかったためか経年劣化のためか外れてしまったのだ。トンボを指先で押してやると音量は少し大きくなった。しかし、これではうまく会を進められない。
残念だが小生が予備用にと持参したポータブル蓄音器を使うしかない。断腸の思いだ。しかしイベントの本番前にわかり、かえって良かったのではと気を取り直した。

 開会あいさつのあと事情を話し、観客の方々にクレデンザの音を聴いていただき、そのあとポータブル蓄音器を使って比較した。
曲は、ゆかりさん11歳のときのデビュー曲「クワイ河マーチ」。

「何か怒っているように歌ってるみたい」とはゆかりさんの感想。

 こうして10曲ばかりのSPレコードを聴いたあと、ゆかりさんがヒット曲「小指の思い出」、「恋のしずく」を歌った。アンコールは「テネシー・ワルツ」だった。股関節手術で退院1週間目のゆかりさんと思えぬその声に一同酔いしれた。


小生にとっては忘れられない「小指」ならぬ「蓄音器の思い出」になった。


デビュー盤「クワイ河マーチ」のスリーブ
クレデンザとポータブルで音を比較した
(左から伊東ゆかりさん、飯田久彦さん、小生


サウンドボックス断面図
1、針 2,中心軸の軸受 3,トンボ
4,スパイダー(6本)5,振動板
6,表板 7,裏板 8,空気室
10、アーム取付部(ゴム製)


アンコールは「テネシー・ワルツ」

その229アメリカの紙製SPレコード

日本タンゴ・アカデミー(NTA)の事務局をされている弓田綾子さんから「音がきちんと鳴るかわからないのですが、、、」と1枚の紙製SPレコードと解説書が贈られてきた。
アメリカのもので1930(昭和5)年から1932(昭和7)年に作られ、「ヒット・オブ・ザ・ウィーク」とレーベル名が記載されているものだった。
レコード番号はC-2-3、曲目は「Two Loves」、唄は「Morton Downey」。ジャンルは「フォックストロット、バラード」と書かれている。

 日本でも紙製のSPレコードは大正時代に作られていた。

レコード盤の材料は、シェラックという南方インド方面でとれるカイガラ虫の分泌物を主原料としている。しかし輸入品のため供給が安定せず、高価でもあったので、盤の中味にボール紙を用いてその表面にシェラックを薄く塗り原材料費を抑えた。
これによって盤は軽くなり、製造コストも下がり、安価で販売できた。なかなかの知恵だと思う。
ただシェラックが薄いためすぐに盤の中のボール紙が出てきてしまい、耐久性に問題があった。(館長ブログ32177202に詳しい)

 さて、米国の紙製SPレコードは、1929年コロンビア大学、化学専攻のビーンズ博士がダリウムというプラスチックを開発し、これを紙にコーティングしたものだ。

綺麗な仕上げで、戦後一世を風靡したソノシートを厚くしたように小生には見えた。

販売方法も独自なもので1週間に1枚、SPレコードを発売したという。
毎週木曜日に駅や街の新聞売り場で売り、通常の10インチ盤75セントの価格(鈴木啓三氏「昔懐かし蓄音器」より)も破格の115セントだったという。のちにレーベルデザインを変えて、ロゴを小さくして片面2曲入りにしたという。

裏面には歌手の写真が載っているものもあった。

欠点は、紙製のため折れやすいこと、ターンテーブルに盤を載せると盤が波うって浮いてしまうことだった。

 音を聴いてみた。スクラッチノイズも小さくグッドなサウンドを奏でた。
安くて、いい音。こんなSP盤がすぐに消えてしまったとは、残念な気がする。アーティスト、作詞、作曲者の著作権に問題があったのだろうか。流通革命にはよくある話だが異端すぎてつぶされたのだろうか。


紙のレコード盤、78回転
表面はダリウムというプラスチック
薄く塗られている



大きくレーベルに「ヒット・オブ・ザ・ウィーク」、唄:モートン・ダウニィ、
曲名:トゥ・ラブ



裏面は紙
曲名、歌手名と写真入り




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