金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2017年8月

その247"支那の夜"のいろんな"夜"



竹岡信幸(たけおか・のぶゆき)氏。
「赤城の子守唄」、「支那の夜」、「下田夜曲」、「潮来月夜」など生涯に2000曲余り作った大作曲家のひとりだ。そのご子息知幸氏はコロムビアに長年勤め、先代館長また小生とも一緒に仕事をさせていただいた間柄である。

その知幸氏より父、信幸氏のレコード、資料を当館に寄贈したいと有りがたい申し出があった。
350枚ほどのSPレコード盤がありその中には貴重なものも多い。

「支那の夜」は渡辺はま子の歌唱が有名だが、様々な演奏の盤があった。
ギター、ハワイアン、バイオリンなどの演奏、ジャズ、ダンスなど軽音楽ものなどのほかに尺八を使った編曲まであった。

唄も日本盤だけでなく「相思夢」、「春来冬去」などとタイトルをつけられた中国盤もある。
中国人歌手の胡美芳(ホ・メイ・ファン)が歌う日本語は中国語訛りがなく、流暢な日本語だった。

戦後、進駐軍もこの曲を気に入り、本国に帰ってもからも随分演奏したという。
英語では「チャイナ・ナイト」と呼ばれていたが、「Truly-lulu」(唄:キャロル・バラー、RCAビクターのバディー・モローの盤もある)、「My lei-ee-yana」(唄:スイング&スワイ)もある。
いずれも中国風なスタイルを残し、原曲の雰囲気を伝えている。
アメリカでヒットした映画「ゼロ号作戦」(アン・ブライス主演)の主題歌にまで取り上げられた。

アメリカ人が好んだこの曲の著作権が竹岡信幸に戻ったのは昭和36年。「上を向いて歩こう」がヒットした年だった。(館長ブログ48 http:    //www.kanazawa-museum.jp/chikuonki/kancho/2011_01.html)

いろんな「支那の夜」のレコードの聴き比べをやりたいと計画している。




支那の夜(チャイナ・ナイト)唄:胡美芳

Truly-lulu 唄:キャロル・バラー

Truly-lulu 唄:バディー・モロー

My lei-ee-yana 唄:スイング&スワイ
その246安西愛子、音楽に残る歴史のひとこま」




平成29年7月8日、「歌のおばさん」として人気の高かった安西愛子さんが100歳で亡くなったと新聞は報じた。
白黒テレビ時代、NHKの人気番組だった「私の秘密」のレギュラー出演者として活躍されたことを知っている方も多いのではと思う。

この安西愛子さんの歌ったSPレコード盤が、金沢蓄音器館に多く収蔵されている。
「うさぎ」、「月の沙漠」「こいのぼり」、「めだかのがっこう」、「かなりや」などの童謡の数々、「若人の歌」、「若い仲間はほがらかに」、「りんどうの歌」、「朝はどこから」、「モーツアルトの子守唄」などの愛唱歌、流行歌はもちろん警察大学校寮歌、帝人三原工場歌、古河電工社歌まで50曲以上の音源がある。
幅広いジャンルで活躍され、明るい歌が多い。
それだけ歌声が魅力的で、多くの人たちから支持されたのだ。

レコードの生産枚数の戦前のピークは、昭和11年だった。
この年、3000万枚ほど作られたが、昭和17年には1700万枚で56%に減っていた。18~20年はそれどころではなかったのか不明でデータがない。
戦後の昭和21年にはピーク時の1/10ほどの320万枚しか作れなかった。(日本レコード協会資料より)

そんな戦中でも作られた、児童向け「少国民歌 お山の杉の子」(昭和20年発売)、「みいくさに仕ふー女子挺身隊の歌―」(昭和19年発売)が当館にある。戦争末期破局が決定的になっていた折よく発売されたものと思う。
「お山の杉の子」は戦後の歌詞と違っている。「みいくさに仕ふ」の歌詞は文語体で信時潔(のぶとき・きよし)の曲は荘重感あふれている。

歴史の貴重なひとこまの記録に違いない。

朝は
「朝はどこから」

「みいくさに仕ふ 女子挺身隊の歌」」

昭和20年発売の「お山の杉の子」

戦後歌詞がかわった「お山の杉の子」

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