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常設展

近代日本を支えた偉人たち 【桜井 錠二

日本近代化学の父
桜井 錠二 (さくらい じょうじ)
安政5(1858)年~昭和14(1939)年
石川県金沢市東山生まれ
業績

 桜井錠二は化学の発達には基礎としての理論化学が大切だと考え、実用のみに向かいがちであった時代に理論化学の重要性を説きました。また、分子量測定法や溶液沸騰点の新測定法を考案するなどの業績も残しました。
 後進の研究者の化学教育にも尽力し、「日本近代化学の父」と呼ばれています。

■日本科学界の長老
 大正2年、高峰譲吉が国民科学研究所の必要性を提唱し、これをうけて渋沢栄一や錠二が構想を審議しました。そして大正6年、財団法人理化学研究所が設立され、錠二は副所長に就任しました。
 また大正9年には学術研究会議の副会長(のちに会長)、昭和7年には財団法人日本学術振興会の理事長に就任するなど、科学の振興に力を尽くしました。

豆知識
 錠二は子どもの頃、「錠五郎(じょうごろう)」という名前でしたが、イギリスに留学した際、外国人にも発音しやすいようにと、「錠二(じょうじ)」という名前に改名しました。

展示品
ゆかりの地
桜井錠二先生誕生之地
桜井錠二は1858(安政5)年、金沢市東山で生まれました。生誕地には弟子であった飯盛里安(放射化学の父)によって書かれた生誕地碑が建っています。
参考文献
『日本近代化学の父 桜井錠二』 金沢市立ふるさと偉人館、1997
『かなざわ偉人物語』 金沢こども読書研究会、1997、金沢市立泉野図書館
『科学風土記』 石川化学教育研究会、1997、裳華房
『ニッポン天才伝』 上山明博、2007、朝日新聞社
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