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常設展

近代日本を支えた偉人たち 【小野 太三郎

社会福祉の祖
小野 太三郎 (おの たさぶろう)
天保11(1840)年~明治45(1912)年
石川県金沢市中堀川町生まれ
業績

 社会福祉事業を個人として日本で最初に実践したのが小野太三郎です。
 太三郎は24歳のとき、飢饉によって困窮した人々に自宅に開放するという自費での救護活動を始めました。そして、明治6年には「小野救養所」を開設し、目の不自由な人の受け入れを開始、明治12年にはあらゆる困窮者の救護活動を始めました。明治38年には卯辰山へ移転し、「小野慈善院」として活動を続け、生涯を社会福祉事業にささげました。

救養所の経営
 「小野救養所」の経営方針は「飢えと寒さを訴える者には衣食を」「病気の者には医薬と診療を」「老人の庇護を」「幼児の教育を」「職業の斡旋を」などでした。また、授産事業として、陶器製造・機織(はたおり)・肥料造りなどを行っていました。このような経営方針は、現在の社会福祉事業の原形といえます。
 明治6年に小野が開設した「小野救養所」は、明治39年に「財団法人 小野慈善院」、昭和23年に「財団法人 小野陽風園」、昭和44年に「社会福祉法人 陽風園」となり、現在に至っています。

豆知識
 昔は金沢城の百間堀に身投げする人が多かったといいます。太三郎は、百間堀に身投げした婦人を助けたとして、石川県から感謝状が贈られています。困った人を助けるという、太三郎らしいエピソードです。

展示品
ゆかりの地
園祖小野太三郎翁顕彰碑
「社会福祉法人 陽風園」の正面玄関右手に園の開設者である小野太三郎の顕彰碑が建っています。
小野太三郎胸像
顕彰碑の左横には、胸像も建っています。
小野太三郎君墓
「社会福祉法人 陽風園」の裏手に小野太三郎の墓があります。墓の右手には家族の墓も並んでいます。
参考文献
『小野君慈善録』 和田文次郎、1895、共潤会
『日本之下層社会』 横山源之助、岩波書店
「金沢が生んだ福祉の祖 小野太三郎伝」 小坂與繁、1991、北國新聞社
『ほくりく20世紀列伝』 北國新聞社、2000、北國新聞社
『かなざわ偉人物語』第3巻 金沢こども読書研究会、2000、金沢市立泉野図書館
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