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常設展

近代日本を支えた偉人たち 【西田 幾多郎

日本を代表する世界的哲学者
西田 幾多郎 (にしだ きたろう)
明治3(1870)年~昭和20(1945)年
石川県河北郡宇ノ気村生まれ
年譜
年号 年齢 できごと
1870年(明治3年) 0歳 5月19日、得登の長男として河北郡宇ノ気村に生まれる。
1875年(明治8年) 5歳 長楽寺内森小学校に入学。
1883年(明治16年) 13歳 石川師範学校に入学。
1886年(明治19年) 16歳 石川県専門学校に補欠入学。
1887年(明治20年) 17歳 第四高等中学校に入学。
1889年(明治22年) 19歳 「我尊会」を結成。
1890年(明治23年) 20歳 第四高等中学校を退学。
1891年(明治24年) 21歳 帝国大学文科大学哲学学科選科に入学。
1895年(明治28年) 25歳 石川県尋常中学校七尾分校の教諭となる。寿美(ことみ)と結婚。
1896年(明治29年) 26歳 第四高等学校の講師となる。
1897年(明治30年) 27歳 山口高校の嘱託となる。
1899年(明治32年) 29歳 3月に山口高等学校の教授となり、7月に第四高等学校教授となる。
1900年(明治33年) 30歳 雪門老師に参禅。
1901年(明治34年) 31歳 雪門老師より「寸心」の居士号をうける。
1909年(明治42年) 39歳 学習院の教授となる。
1910年(明治43年) 40歳 京都帝国大学の助教授となる。
1911年(明治44年) 41歳 『善の研究』を刊行。大谷大学の講師を兼任する。
1913年(大正2年) 43歳 京都帝国大学の教授となる。文学博士となる。
1929年(昭和4年) 59歳 京都帝国大学の名誉教授となる。
1935年(昭和10年) 65歳 『哲学論文第一』を刊行。この後、第七まで続く。
1940年(昭和15年) 70歳 文化勲章受章。
1945年(昭和20年) 75歳 6月7日、鎌倉で死去。

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