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常設展

近代日本を支えた偉人たち 【細野 燕台

酒を愛した美の探究者
細野 燕台 (ほその えんたい)
明治5(1872)年~昭和36(1961)年
石川県金沢市材木町生まれ
年譜
年号 数え年 できごと
1872年(明治5年) 1歳 7月2日、材木町1丁目で油屋「細野屋」を営む亀次郎の長男として生まれる。
申(さる)の年、申の日、申の刻に生まれたので「申三(しんぞう)」と名付けられる。


金沢養成学校に入学。
1884年(明治17年) 13歳 小将町の金沢小学校(上級学校)に入学。
1885年(明治18年) 14歳 父・亀次郎が油屋から酒屋「細野屋」に転業。
1887年頃(明治20年頃) 16歳 医者の江間萬里のもとで漢詩・和歌・書にふれる。
1891年(明治24年) 20歳 漢学者・五香屋休哉に漢学を学ぶ。休哉が亡くなる大正9年まで師弟関係が続く。
1896年(明治29年) 25歳 木の新保町の常福寺に北方心泉を訪ね、弟子となる。
1899年(明治32年) 28歳 酒屋「細野屋」を廃業。
1900年(明治33年) 29歳 セメントの販売と中国雑貨を扱う店を始める。
1915年(大正4年) 44歳 8月に福田大観(後の北大路魯山人、33歳)が細野家に滞在。10月に骨董店「堂々堂」の看板を大観に彫らせる。
1918年(大正7年) 47歳 金沢美術倶楽部の設立に尽力。設立後は役員となる。
1920年(大正9年) 49歳 卯辰山龍国寺で宮崎友禅斎の墓前祭を行う。(三越主催)
1928年(昭和3年) 57歳 魯山人の求めにより、星岡茶寮の顧問となり、鎌倉に転居。
1934年(昭和9年) 63歳 自宅の敷地内に最明庵が完成。
1959年(昭和34年) 88歳 鎌倉円覚寺で米寿祝賀会(88名の友人・知人にて)を行う。12月に魯山人が死去。
1961年(昭和36年) 90歳 9月24日、自宅で死去。

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