ブログ

開館時間

9:30~17:00
(入館は16:30まで)
休館日 展示替え期間、
12/29~1/3

観覧料

一般 300円
団体
(20名以上)
250円
65歳以上・
障がい者手帳をお持ちの方およびその介護人
200円
(祝日無料)
高校生以下 無料
くらっしー&さんちゃん

HOME > ブログ

最新のブログ

2018年1月

文化財防火デー火災訓練
2018年1月20日

 1月26日は「文化財防火デー」で、昭和24年のこの日に法隆寺(奈良県)金堂の壁画が炎上したことに由来しています。この日に近い時期に火災訓練を行うのですが、今年は当館がその会場となりました。

 前庭の樹木に落雷して火災が発生したと想定し、博物館ではお客様の避難誘導などを行い、中央消防署消防隊および金沢市第一消防団(石引分団)による放水訓練が行われました。

 訓練は無事に終了し、最後に博物館前に整列して講評などが行われました。

 この訓練に合わせて、館内では119番通報なども行い、改めて防災への意識を高めました。
 万一の事があってはなりませんが、備えも必要であることを実感した日となりました。

国重要文化財指定記念解説講座「金沢くらしの博物館 建物の魅力」
2018年1月13日

 国の重要文化財に指定されたことを記念して、建物の魅力を紹介する講座を行いました。講師は金沢市文化財保護課の長池主査で、昨年のリニューアル工事や今回の指定事務を担当した方です。
 建物である「旧石川県第二中学校」設立の経緯とその位置づけ、創建当初の図面と現在の建物との比較、設計者山口孝吉と周辺の人々などについて紹介がありました。

 後半は創建当初の図面をご覧いただき、館内を回りながら建物の特徴を紹介しました。ふだんは非公開の場所にも特徴が残されており、改めて建物の魅力を知ることが出来たかと思います。

 大雪で足元の悪い中、多くの方にご参加いただき厚く御礼申し上げます。

着物で旗源平!
2018年1月8日

 本日は成人の日。当館では旗源平体験を行いました。昔の正月をイメージして、子どもたちが晴れ姿になって遊びます。
 今年は半分が経験ありということで、さいころの目を読み上げる声がたくさんあがりました。

 中旗がもらえる「うめがいち(1と5)」や「ちんろく(1と6)」がたくさん出ましたが、せっかくとった中旗を返す「しのに(4と2)」も割と多く、勝敗がなかなかつきませんでした。

 大勢で遊ぶ体験はなかなかないと思いますので、来年も多数のご参加をお待ちしています。

ぶちごま
2018年1月6日

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 1月4日夕方に放送されましたテレビ金沢「となりのテレ金ちゃん新春SP」はご覧いただけましたでしょうか。当館を会場に様々な昔のくらしの知恵を紹介していただきました。
 建物が旧校舎ということで、「1限目 冬の過ごし方」「2限目 子どもの昔遊び」「3限目 食文化」と盛りだくさん。そして、戦前のくらしの「座敷」や、戦後のくらしの「茶の間」をスタジオ代わりに使用した「絵になる」映像でした。
 その中で学芸員が「ぶちごま」を実演しました。手作りのこまを「たたき棒」で叩いて回すのですが、最初にこまを回すのがなかなか難しいのです。

 遊び方の解説用写真を撮りましたが、回せる人は初めてでもできるようです。こまをずっと回し続けるために「たたき棒」で叩いて回転を強くしたりします。最後までこまが回っている人が勝ちです。

 これまでは展示のみでしたが、体験ルームに「ぶちごま」を設置しましたので是非体験してみて下さい。

2017年12月

年末のごあいさつ
2017年12月28日

 しめ飾りを玄関に飾ると、年末まであとわずかとなったことを実感します。28日は仕事納めで、年内最後の開館日となります。

 23日より開始しました入館者プレゼント「初夢枕紙」は、多くの方にお渡しすることができました。感謝の気持ちをこめてお渡しするとともに、皆様にとってよい新年となることを願っております。

 少し早いですが、本年は大変お世話になりありがとうございました。来年もまたよろしくお願い申し上げます。

◆お知らせ◆

 年末年始(12月29日~1月3日)は休館しますので、ご注意ください。来年は1月4日(木)より開館します。

記録的積雪
2017年12月17日

 昨日の雨で先日積もった雪はすべて溶けましたが、夕方の雷の大音響(北国名物「ブリ起こし」「雪ガミナリ」)、そして夜のアラレ交じりの雨。いつのまにか雪に変わり、大雪のフルコースとなりました。

 小立野台地は香林坊や広坂より標高が少し高いので雪が積もりやすいのですが、ここまでの雪は数年ぶりです。除雪作業中にも雪は降り積もり、計ってみたら朝10時半で29センチでした。
 本日は臨時駐車場を建物正面の松の木の周りにご用意しました。市内各地で雪が多いと思われますので、ご来館の際には気をつけてお越し下さい。

「昔の道具~暖房~」2.燃料編
2017年12月16日

 暖房に使う火は長時間燃やすために、道具に応じて燃料を使い分けました。

 木炭は古くから使われていましたが、奈良時代に暖房に適した「白炭(しろずみ)」が登場し、明治時代以降に一般に広まりました。
 1枚目(左)は「炭俵」です。山に築かれた炭小屋の窯で5日間ほど蒸し焼きして木炭を作りますが、ススキを編んだ俵に入れて出荷されました。俵の側面から、一定の長さに揃えられた太い木炭が見えます。
 木炭は硬いので、2枚目(右)の「炭切ノコギリ」で使いやすい長さに切りました。

 家庭などでは3枚目(左)の「炭入れ」に入れて持ち運んだり、囲炉裏のそばに置いたりしました。
 木炭の破片などをすり潰して布海苔(ふのり)などで固めたものが4枚目(右)の「炭団(たどん)」です。大きく固めれば長時間燃えるため、こたつなどで使われました。

 大正時代になると、石炭を使った燃料が登場します。5枚目(左)の「豆炭」は大正9年(1920)に発明されました。火がつきにくいので隣の「火起器」に入れて火にかけ、暖房器具などに移しました。
 6枚目(右)の「練炭」は大正後期に登場しました。原型はもっと前からあったようですが、写真のような通風孔を持つようになったのはこの頃です。安全に高温で燃焼させるために、隣の「練炭火鉢」に入れて火をつけましたが、こちらは昭和29年(1954)に発明されました。

 これらの燃料は灯油や電気の暖房に切り替わるまで、長い間身近なものとして使われてきました。

着物で記念撮影~冬編~
2017年12月10日

 着物体験の冬編は、床の間に鏡餅を飾って正月の雰囲気で記念撮影となります。寒い季節となってきましたが、元気な子供たちの声で館内はにぎやかでした。
 今回も多くの子供たちの素敵な笑顔をいただきましたので、ご紹介します。

 次回は1月8日(月・祝)に「着物で旗源平!」を開催しますが、小学生のみとなりますのでご注意ください。12月12日(火)より受付を開始します。

「昔の道具~暖房~」1.火を生み出す道具編
2017年12月8日

 企画展「昔の道具~暖房~」ではさまざまな資料を展示していますが、より深く道具の歴史や成り立ちについて知っていただくために展示品を紹介します。

 1枚目(左)は「火打ち石」と「火打ち金」です。石を手に持ち、その角に火打ち金を打ち付けると火花が飛びます。燃えやすい「火口(ほくち)」を下に置いて火花を落とし、息を吹きかけて火をおこします。
 無事に火がおきると、2枚目(右)の「付け木」を細く裂いて硫黄が塗られた部分に火を移し、囲炉裏やカマドなどに火をつけます。


 マッチは外国で生まれたもので、フランスに学んだ清水誠が明治8年(1875)に国産化に成功して以来、広く使われるようになりました。清水は旧加賀藩士で卯辰山に顕彰碑があります。郷土の偉人として「金沢ふるさと偉人館」で紹介されています。
 かつてはお店などでマッチが配られましたので、いろいろなラベルが残っています。今でも喫茶店のレジの片隅などで同様のものを見ることができます。

 火を安全に使う道具もさまざまなものがあります。4枚目(左)は「台十能(だいじゅうのう)」で、囲炉裏から火のついた炭などを入れてカマドなどへ運ぶのに使いました。床に置けるように木の台がついています。
 5枚目(右)は「火消し壷」です。家を留守にする時などには、中に火のついた炭を入れて空気を遮断して火を消しました。火が消えた炭は「消し炭」になりますが、火がつけやすいので再利用しました。このように燃料がすべて燃えて灰になるまで有効に使いました。

2017年11月

国重要文化財指定
2017年11月28日

 先月20日に文化財指定の答申がありましたが、本日発行の官報(臨時)により、国重要文化財に指定されました。
 お天気もよくすばらしい一日となりそうです。お祝いの幟旗を掲示しましたが、月末まで展示替え休館中のためご覧いただけるのは外観だけとなります。

 次回展示「昔の道具~暖房~」は12月1日(金)より開催しますので、是非お越し下さい。

祝・300枚達成
2017年11月23日

 金沢くらしの大百科の料理・ことばのアンケートが、合計300枚となりましたので、ランキングを更新しました。
 前回は5月にランキングを作成しましたので、半年ぶりとなります。

 料理ランキングでは「ナスソーメン」が3位から2位へ、「べろべろ・えびす」が6位から5位へと変わりました。そして「頭脳パン(頭によいレーズン入り)」がアンケートに初登場しました。
 前回の報告では夏に入ることから、7位の「どじょうの蒲焼」の上昇を予想しましたが、季節を味方につけたのは「ナスソーメン」でした。ということは、次回は冬の料理「治部煮」「かぶら寿し」がランキングアップするかもしれません。

 ことばのランキングは大きな変動はありませんが、「どいね(どうなの?)」「一題目、二題目(歌詞の一番、二番)」「かたがる(絵などが傾いている)」などが初めてアンケートに加わりました。

◆お知らせ◆
 先週まで毎週紹介してきました14回にわたる「写真で見る戦後の金沢」シリーズを見やすいように、専用ページを作りました。下記のリンクを利用してご覧下さい。

       「写真で見る戦後の金沢」まとめへ

 特別展「写真で見る戦後の金沢」は26日(日)で最終日です。まだの方は是非ご来館ください。

 展示替え休館は11月27日(月)~30日(金)で、次回は企画展「昔の道具~暖房~」(12月1日(土)~来年2月18日(日))を開催します。

「写真で見る戦後の金沢」14.湯涌温泉編
2017年11月18日

 湯涌温泉は金沢の奥座敷と言われ、かつて竹久夢二が訪れたことで知られています。

 1枚目(左)は昭和7年(1932)に開業し、東洋一の殿堂温泉として知られた「白雲楼ホテル」です。2枚目(右)の大広間「医王の間」には相川松瑞が四季を描いた豪華絢爛な襖絵があり、この他にも様々な美術工芸品が館内に飾られていました。いずれも昭和30年代に撮影されたものと思われます。


 3枚目は昭和42年(1967)に開村した「百万石文化園江戸村」の入口です。門柱の様子などから開村間もない頃に撮影されたと思われます。白雲楼から山の方へ徒歩5分歩いた所にあり、広大な敷地内に複数の江戸時代の建物を移築して、職人道具などを展示していました。
 白雲楼ホテルは経営難により平成11年に倒産したため、老朽化したホテルの建物は取り壊されました。旧江戸村の建物は現在の場所に移築され、平成22年金沢湯涌江戸村として開村しました。

 4枚目(左)は昭和30年代の湯涌温泉街で、手前左の空地は現在郵便局となっています。町家が並ぶ中にレトロな街灯があり、ひなびた湯治場の雰囲気を感じることができます。
 5枚目(右)はもう少し奥に進んだ場所で、道路の上に「あたらしや」とあります。平成に入るとあたらしやは新築移転し、跡地は平成11年に総湯「白鷺温泉」となって現在に至ります。

着物で記念撮影~秋編・第3弾~
2017年11月12日


 9月から3ヵ月連続で開催してきました着物体験の秋編、最終回です。
 初日はあいにくの雨でしたが、二日目は天候に恵まれ、多数のお子さんにご参加いただきました。
 そんなあわただしい中、初出し品の着物を選ばれたお嬢さんに階段での記念撮影をお願いしました。左の紫の着物なのですが、色がすばらしいとボランティアの間でも評判がよく、人気の着物になりそうです。
 この3ヵ月でたくさんの着物をいただきましたので、少しずつ追加しています。たくさんの子供たちに素敵な思い出を作っていただけるよう、今後も充実させていく予定です。

 左の写真にずらっと並んだ着物から今回の盛況ぶりが伝わるでしょうか。中には年賀状用にされるという方もおられましたので、すてきな年賀状になれば幸いです。
 なお、今回は床の間に嫁入りの時にトラックの上に載せたというワラの鶴亀を飾りました。

 次回は12月9日(土)・10日(日)に冬編を開催します。11月21日(火)より受付を開始します。

「写真で見る戦後の金沢」13.犀川・浅野川編
2017年11月9日

 金沢の中心地は犀川と浅野川にはさまれており、川にかかる橋はくらしに欠かせないものでした。

 1枚目は犀川にかかる桜橋を撮影したものです。橋桁の形状から、昭和36年(1961)7月の豪雨で流失する前の写真と考えられます。河原にはたくさんの雪が積もり、奥には片町の大和などの街並みが見えます。
 桜橋は昭和38年(1963)にコンクリート製の永久橋に架け替えられました。


 2枚目は犀川大橋から上流方向を撮影したものです。奥に小さく写る桜橋が架け替え前なので、昭和30年代の前半と考えられます。
 この時代はまだ河川敷が整備されていないため、川幅が広く感じられます。




 3枚目は卯辰山のふもとの常磐町付近から中心地方向に撮影したものです。右奥に写る橋は天神橋で、昭和28年(1953)の豪雨で流失する前のものです。
 浅野川の左側には街並みが連なりますが、まだ高層建築があまりないため、奥にある金沢城の森が見えます。



 4枚目は浅野川大橋と天神橋の間の川原で撮影したものです。左奥に写る天神橋は昭和30年(1955)に架け替えたものに変わっており、それ以後の写真と思われます。
 中央にある大きな木のふもとあたりに梅の橋がありましたが、昭和28年(1953)の豪雨で流失しました。昭和53年(1978)に橋が復元されるまで、このような風景でした。
 右の建物には「北国第一」とあります。当時は川べりに映画館があり、多くの人々が映画を見に訪れましたが、昭和50年(1975)に閉館しました。

「写真で見る戦後の金沢」12.卯辰山編
2017年11月3日

 卯辰山は古くは「向山(むかいやま)」・「夢香山(むこうやま)」などと呼ばれ、地元の人々に親しまれてきました。

 車社会になると山頂へ登る道路が整備され、1枚目のような写真が残されています。道路が未舗装のため、昭和30年代と思われます。
 天神橋~山頂の舗装工事は昭和39年(1964)、山の上町~山頂は昭和48年(1973)に完成しました。

 2枚目(左)は昭和32年頃(1957)に卯辰山の公園にいた鹿を写したものです。3枚目(右)は昭和33年(1958)の6月に撮影されたもので、いずれも山頂の「玉兎ヶ丘(ぎょくとがおか)」周辺にあったと思われます。展望台などもあり、人々が散策できるように整備されていました。

 4枚目(左)は昭和33年(1958)の11月に完成した「金沢ヘルスセンター」です。当初は大広間や大浴場を中心とした娯楽施設が作られ、後に動物園なども作られました。昭和58年(1983)には「金沢サニーランド」と名称変更しています。
 5枚目(右)も昭和38年(1963)の8月に開館した「金沢水族館」で、ヘルスセンターの隣にありました。後にヘルスセンターと水族館はロープウェーで結ばれ、多くの客が訪れました。
 サニーランドは平成5年に閉鎖され、動物たちは能美市のいしかわ動物園に引き継がれました。

ページトップへ

金沢くらしの博物館〒920-0938  石川県金沢市飛梅町3-31(紫錦台中学校敷地内) TEL / FAX:076-222-5740
MAIL:minzoku@city.kanazawa.ishikawa.jp

展示日程の一覧

金沢文化振興財団