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ブログ(2017年8月)

2017年8月

「写真で見る戦後の金沢」2.香林坊編
2017年8月26日

 金沢の中心地の風景を語る上で欠かせないのが「香林坊交差点」です。東は市役所・県庁がある広坂、南は大和などの商店街がある片町、北は銀行などが並ぶ南町へと続き、多くの人々が行き交いました。

 1枚目(左)は昭和32年頃(1957)に大和(当時は片町)の屋上から撮影されたものです。
 奥に写る木々は金沢城と兼六園周辺の森ですが、大通りの裏側(右半分)の町家の間に木が目立ち、「森の都・金沢」を感じさせます。

 2枚目(右)は1枚目の香林坊交差点付近を拡大したもので、丸みを帯びた特徴的なビルがあります。この「魚半ビル」は昭和4年(1926)に建てられたそうで、北國銀行香林坊支店などがあり、屋上にレストラン「魚半」がありました。昭和59年(1984)に再開発で取り壊されるまで、長い間香林坊のシンボルとして親しまれました。


 3枚目(左)は昭和30年代後半の香林坊交差点です。
 1枚目で写っていなかった交差点西側のビル(現在は東急スクエア(旧KOHRINBO109))の様子が分かります。

 4枚目(右)は3枚目の交差点中央にある「でっぱり」を拡大したものです。これは市電のポイント切り替え所で、半地下になっていました。市電は昭和42年(1967)に廃線となりましたが、その時代を知る人には強く印象に残っているようです。


 5枚目は現在の片町大通で、奥に香林坊交差点があります。1枚目と同じようなアングルで撮影しています。

 現在の香林坊交差点には「大和」が片町から移転し、道路も拡張されました。
 再開発によって多くの小さな店舗がなくなりましたが、暗渠化していた鞍月用水を復活させるなど、景観も大切にした街づくりが行われています。

和のモビール作り
2017年8月20日

 「もんきりがた」の型紙(下中菜穂「こども文様ずかん」平凡社)を使って、かわいいモビール作りを行いました。
 はさみなどを使い型紙に合わせて切り抜くのですが、曲線がたくさんありますので、頑張って切るとはさみ使いが上手になります。台紙にはりつけて、たこ糸で竹ひごにつないで完成ですが、バランスの取り方など細かい作業が多く、大変だったようです。けれども、笑顔でお持ち帰りいただきました。
 モビールは風を受けてふわふわと動きますので、ご家庭でもその様子を楽しんでいただければ幸いです。

「写真で見る戦後の金沢」1.金沢駅編
2017年8月15日

 特別展「写真で見る戦後の金沢」では、180点の写真を展示しています。ここでは展示で紹介しきれなかった写真の裏話などを解説していきたいと思います。

 1枚目は昭和27年頃(1952)の金沢駅です。

 明治31年(1898)4月に開業した駅舎は瓦屋根の平屋で、大きな窓が目立つデザインでした。その後、正面に庇(ひさし)や待合室などを増築しており、写真のように雨や雪の多い金沢の気候に配慮した形に変わっています。

 この写真が撮られた時はすでに金沢駅の建て替え工事が一部始まっており、取り壊される前の貴重な姿と思われます。


 2枚目は昭和37年頃(1962)の金沢駅です。

 昭和29年(1954)に完成し、地下にステーション・デパートがありました。手前の北鉄バスターミナルは多くの人が待っており、右下の看板には「兼六公園」「卯辰山ヘルスセンター」の文字が見えます。
 中央の市電が通る芝生広場に「航空路再開 全日本空輸」とあり、昭和37年4月1日に5年ぶりに再開された大阪ー小松線のことと思われます。


 3枚目は現在の金沢駅です。2枚目と同じようなアングルで撮影しています。

 旧駅ビルは平成11年(1999)に解体されるまで使われており、長い間親しまれました。
 現在、シンボルとして親しまれている「もてなしドーム」や「鼓門」ができたのは、平成17年(2005)です。ドームは雨や雪の多い金沢で「駅を降りた人に傘を差し出す、もてなしの心」を表現しているそうです。

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