不定期連載

おすすめの秋聲作品を不定期に連載していきます。
(※作品の区切りは当館の任意によります。)


徳田秋聲「ふる年」


(全1回)
 2016.12.24

「それは然(そ)うと、青木さんでは、もうお産があったんでしょうか。」

 細君のとし子が、ふと想い出したように言い出した。ランプの下で、春着の襦袢の襟か何かをつけていた。

 明るい部屋には、もう新しい年の影が漂うている。柱には新しい匂いのするような青い藁の、小さい輪飾りが飾られて、隅の方に、真っ白い餅がおいてあった。美しい歳暮の到来ものが、箪笥のうえに積み重ねてあって、其処らに新しいお重や、銚子、皿小鉢のような者も見えた。

 此の夫婦はまだ世帯(しょたい)の持ちたてと見える。

 磯田は、火鉢に椅(よ)りかかって、先刻(さっき)買って来たばかりの新刊の雑誌を読んでいる。

 時計のかかった同じ柱に、暦が30と出ている。無論あともう一枚しか余すところがない。時計の針が、今二タ廻り半すれば、それが新しい年である。

 風のない静かな晩である。でも外は騒々しい。人通りの音が、此処までも聞える。何処かで、大きな声で唄を謳っている処もある。近所隣の門鈴の音が、引断(ひっきり)なし揺れて来る。世間は古い年と、新しい年とが、相追い、相追われしているようである。がやがやする物音は、新しい年の関門へ押し寄せようとする人々の闘いのようにも思える。

 磯田も想い出したように「フム、然うだ。」と雑誌を下においた。

「ちゃんとお祝いのものまで調えてあるのに、如何したと云うんでしょう。」

 細君は、少し上気したような、薄紅い頬を撫でた。

「十二月と云うんですから……と云っても、もう今日明日でしょう。大晦日じゃ大変だわね。」

 然う言われて見ると、何だかもう産れているような気もする。古い年の波が、今引いて行こうとする今夜あたり、綺麗な赤子が、其の美しい新しい目を、此の世に眸(みひら)いているように思える。何も彼(か)も煤け切った年の暮れに、赤子はもう、其の新しい生命の第一の呼吸を為(し)はじめているらしく思えてならぬ。

「偶然(ひょっと)したら、通知するのを忘れているかも解らない、些(ちょっ)と行って見て来よう。」

 磯田は気軽に身を起した。そそッかしく着物を着替えて、古い帽子を冠って、外へ出た。

 外は門並松や竹が立っている。燥(はしゃ)いだ笹の葉が、ざわざわと夜風に鳴って、空は暗かった。道もいくらかぬかっている。

 大通りへ出ると、広い街には、一体に淡蒼い水蒸気が立ち罩(こ)めていた。明るい店寄りの片側には、急々(せかせか)と歩いている人の姿が、如何にも慌忙(あわただ)しい。向こう側には、時々通る俥(くるま)の影が見える。大道商人のカンテラが、黒い油煙を挙げて、漁火のように点々している。年のどん底へ追い究(つ)められた商人の顔には、一様に天気を気遣う不安の色が見えた。

 磯田は三丁目から、電車に乗った。電車のなかは、人が推合(おしあ)ひ圧合(へしあ)いするくらいであった。窓ガラスは一体に白く曇って、空気は可恐(おそろ)しく濁っていた。

 華やかな町、暗い町、提灯の影、暗い水の浜、長い土塀の蔭、其の間を、磯田は皮にぶら下がって通った。

 青山まで来た時、磯田はふと、青木が近頃転居した事を憶い出した。北町(きたまち)から南町(みなみちょう)へ移ったことだけは覚えているが、番地五丁目とばかりで……それも如何やら自分の記臆が怪しいように思われた。

 五丁目五十……番地――彼はふと然う云うような気がしたので、左(と)に右(かく)それらしい横町へ入って、二三軒軒燈を見て行(ある)いた。

 此の区域は、一体に屋建てが奥深く出来ている。垣根や塀が、長く続いて、其方此方(そちこち)にポツポツ薄暗い軒燈の影が見える。磯田は大抵漕ぎつける意(つもり)で、ポクポク歩いた。

 暗い砂利の道を辿ってゆくと、先手にごちゃごちゃと人の住家が見える。其の明かりを辿って行った磯田は、少時(しばらく)経つと、垣根で仕切った広い空血の隅へ陥ちた。

 長い間彼方此方(あちこち)して、彼は漸く元の道へ出た。而(そう)して右の横町へ入り、又左の横町へ入った。するうち、彼は人家の疎らな、寂しい町の尽頭(はずれ)まで来ていた。先はもう墓地であろう灯の影一つ見えない、芒とした広場である。一体に夜の海の色を見るような、其の垠(はて)に、ポッとした町の明かりが空に映っていた。磯田は、又暗い道をトボトボと後へ引っ返した。

 磯田は疲れた足を引き摺って、寂しい崖下を通った。全然(まるで)田舎道のような通りで、赤土の崩れかかった崖の上から、高い樹が枯れた江田を差し交わしている。竹や杉なども交じって、下には俥の迹(あと)が幾筋となく、深い泥濘(ぬかるみ)を穿っていた。

 「往来安全」と書いた、瓦斯燈(がすとう)が、一つ立っている限(きり)である。

 小さい瓦斯燈の光が、ふと一町程前(さき)の横町から現れた。ジクジクする道を、急ぎ足に歩く草鞋(わらじ)の音も聞えた。

 近づいたのは郵便の配達であった。擦れ違いざまに、磯田は、此の辺に青木と云う家(うち)がある筈だが!と尋ねた。

 間もなく磯田は元気らしく行き出した。先刻(さっき)二度も中途まで入って見た其の横町である。泥濘(ぬかるみ)の深い道を、一町半ばかり行くと、だらだらした坂の上へ出る。坂の下にある一つの軒燈の影が、坂の上の家の門を照らしている灯影が、水の底に沈んで映っているとしか見えない。磯田は水涵(みずたまり)のように見えた、其の坂を下りて、突き当たって、左へ曲がった。左の限(はずれ)に、「青木」と記した軒燈の影が、漸く目に着いた。

 四下(あたり)は森(しん)としている。横も後ろも空地(くうち)で、雨雲が、低く其の限(はずれ)の森を蔽っていた。近い星が二つ三つ、覚束なげに瞬いていた。 

 青木の門を開けると、鈴の音が、湿った静かな空気に、長い波動を引いた。

 玄関は真っ暗である。少時(しばらく)すると、ランプの影がさして、女中が現れて来た。

 子供は昨日の晩産れたと云う話である。産れた子は男で、お産の時間が比較的長かった。初産の故(せい)でもあろうが、先(ま)ず難産の方であったと云う、女中の話である。

 主はいなかった。

 産室へ通ると、産れた子も産んだ母も疲れて寐ていた。

 産婦は起きあがって、蒼い顔に嬉しそうな笑みを浮かべた。青木は入口に座ったまま産毛の柔らかい産児の小さい頭を、不思議そうに灯影に照らして、暫く覗いていた。

 


 
 

(完)




◎八木書店版『徳田秋聲全集』第7巻の本文を底本に、現代的仮名遣いに改め適宜補訂を行なった。
  初出:明治42年1月3日(「読売新聞」)




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