不定期連載

「夏の旅・女・料理の味」


(談話/全1回)
   2014.6.21

暑いに相違ない

◎胸の中(うち)で、やったら面白かろうと描いているばかりで、さて実際に夏の旅行 をして見たということはない。されば夏の旅の味など知ろう道理がない。

◎近いところで、日光と塩原とへ、少しばかり遊んだばかり。

◎夏はどこへ行って見たところで暑いだろうと思う。白い波、青い松、袂を吹く風など とならべたてても、矢張(やっぱり)海なんかは暑いに相違ない。

◎行って見るならば、山の方がよかろうと思うけれども、山は平地とは違って、坂あり 、峠ありしかも人力車(くるま)などの便利があるでなし、歩くのに一倍の努力が要 る。努力というものには暑さが伴う。山もまた矢張(やっぱり)暑いだろう。

◎時々旅行をして見ようと考えるけれども、こんなことを想像して見ると、どうも出憶 空(でおっくう)になって了(しま)う。

◎金でも這入(はい)ったらばと、思わぬでもないけれどさて手に這入って見ると、先 ず下らないことなどに費やして了うのだ、此の場合になると、もう、てんに旅行など 頭に浮かんでいないのである。

◎私は、旅行は、真(しん)に好きじゃないのだろうと想っている。

◎矢張(やはり)、暑い真っ盛りでも人のいきれのする群集の中へ這入っているのが宜 (い)いだろうかしら。

◎恁ういうわけで、結句、私には、夏の旅行の味を語らせるのは無理だと思う、私は、 全然それを語る資格が無いのである。


六月の女

◎田舎の女のことは知らないが、都会の女は夏になると美しく見えて来る、少なくとも 実感的に見えて来る。

◎殊に晩がたなんか、浴衣がけに、蓮歩(れんぽ)を運ばせて(※1)散歩する様子な どは何ともいえぬ美しさを、見せ、且つ実感を与える。

◎単衣物に移るという初夏の季節は、自然でも人間でも、フレッシュな感じがする。

◎それが、八九月になると、自然も、人間も疲れた形になって来る。そうなると、女の 服装でも秋に近い気分、即ち十月頃の方が美しく見えるようになる

◎されば、六月頃の女が、一等美しく見える。

◎肉体の美しさも、自然の配合もあるから、六月頃の方が一等美しく見え、且つ実感的 になる。

◎夏の女の髪は束髪が好い、堅くるしい髷(まげ)なんかは暑くるしく見えて、夏とい う季節には尤もふさわしからぬ。


洋食が宜い

◎総じて肉類は嫌いである。

◎普通の食べ物としては、胡瓜(きゅうり)もみ、それから、ビールにあらい(※2) だろう。

◎肉類はきらいだというけれども、海岸などへ行けば、新鮮だから、この場合等外であ る。

◎他の人はどういう嗜好か知らぬが、野菜は都会で食った方が旨いと思う。

◎蒸し暑い、いきれのする飯を、しかも暑い真っ盛りの午に出された場合は、実に閉口 する、冷めたのが宜い。

◎遠く、伊豆のはなれ島などへ渡って、緑の木陰で、そこで実る果物でも、心ゆくばか り食っていたらば、どれだけ宜い心持ちがすることかと、夏になるといつも思い出す 。

◎私は、人の暑くるしく、くどいというけれども、西洋料理は、夏に於いて、尤も賞美 する。で、フランス式ならば、何品でも、多量に食べて決していやな心持ちがしない 。

◎水菓子だとか、酒だとか、アイスクリーム等が、適度に這入って行くからであろう。

 

  1 まるで蓮のうえを歩くように、美人があでやかに歩をすすめること。
  ※2 新鮮なコイ・スズキなどを薄く刺身にし、冷水で洗って身を縮ませた料理。

 

 




                                    (完)

                                       

 

◎八木書店版『徳田秋聲全集』第23巻の本文を底本に、現代的仮名遣いに改め適宜補訂を行なった。
  初出:大正3年7月1日(「新小説」第19年第7号)









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