不定期連載

「リボン」


(全1回)
   2016.11.20

 細君のお芳(よし)が、奥の四畳半で末の子に添乳(そいぢ)をしながら、うとうとしている間、宮井は茫然(ぼんやり)火鉢に凭(もた)れて、綺麗な初春(はつはる)の雑誌を見ていた。

 火鉢の側には、遠方から後(おく)れ馳(ば)せに届いた年始の葉書が、三四枚散らかっている。時計の懸かった同じ柱に、新しい日暦(ひごよみ)が、4と出ている。其(そ)の上に、小さい輪飾(わかざり)が飾られて、台所際の神棚にも火が点されていた。家(うち)は森(しん)として、油を吸いあげるランプの音が、耳の穴へ揉み込むように聞えた。

 近所はもう寝た処(ところ)もあるらしい、ガタリと云う音もしない。折々、湿った道を通って行く跫音(あしおと)が、静かに聞えるばかりである。何処(どこ)も彼処(かしこ)も閴寂(ひっそ)とした正月四日の晩も、漸(ようや)く更けて来た。

 其(そ)の静かさに饜(おそ)われたように、宮井はふと雑誌から目を離した。而(そう)して部屋を見廻した。

 玄関寄りの方に、女中が干揚がった襁褓(むつき)を目の前に山ほど積んで、其のうち二三枚を丸い膝のうえで畳みかけたまま、コクリコクリと居眠りをやっている。暮の二十八九日頃から、過度に働きづめなもので、身節(みふし)がヘトヘトに為っているのであろう。此の女には春も来ないのである。女中の少し上手(かみて)の方に、婦人雑誌を開いて俯伏(うつふし)になっているのは、静枝と云う細君の遠縁の娘である。リボンだけは、水色の好いのを著(つ)けて、体に手織(ており)かと思う太織(ふとおり)の黄縞(きじま)の晴着に、銘仙(めいせん)の絣(かすり)の羽織を着ている。骨の繊細(かぼそ)い、血色の優れない女である。明けて二十二になったのであるが、誰の目にも十八九としか見えない。

 細君の従弟(いとこ)の嫁にと云って、去年の秋頃、従弟の父親が、田舎から連れて来たのだが、母親と気風が合わず、従弟とも気心が合わぬと云うので、先(ま)ず田舎へ帰すことにして、暮に父親が宮井の宅に預けて行ったのである。

 宮井には、まだ此の女の心持ちが能(よ)く呑み込めなかった。初めて東京へ出た時は、無口な柔順(おとな)しい女とばかり思ったが、従弟の宅で二三ヶ月揉まれてから、多少(いくらか)其の気質が角(つの)を見せて来た。従弟の母親の詞(ことば)では、槓杆(てこ)でも動かぬ剛情ものだと云うのである。それで、細君の従弟は唯(ただ)プリプリ怒っている。此の女が嫌かと云うと、爾(そう)でもない。喧嘩して女が宮井の宅(うち)へ逃げて来ると、真蒼(まっさお)になって、後を追いかけて来るようなことも度々であった。而(そう)して、女の顔を見ると、「莫迦(ばか)!此奴(こいつ)の莫迦にも呆れた」と罵(ののし)る。

 従弟は銀行で二十円ばかり貰っていた。罵られると、女は厭(いや)な顔をして、隅の方へ行って了(しま)う。それかと謂(い)って、「あの宅は厭ですから……。」と進んで、自分から暇を貰うような気振りも見えなかった。

「春にでもなったら、田舎へ手紙をやって、引取りに寄越さすことにしよう。」

 従弟の宅の老人は、爾(そ)う言っていたが、本人は田舎へ帰されるのを、針の山へでも逐(お)い遣(や)られるように厭がった。

「静枝さんは、少しばかり東京を見たので、あんな従弟の宅なぞは、厭になって了(しま)ったんでしょう。お喜代(女中の名)と外へ出ると、随分妙なことを言うそうですよ。東京には好い男が沢山(たくさん)いるの、角帽(かくぼう)が一番所好(すき)だの何のって……男嫌いかと思ったら、如何(どう)してなかなか豪(えら)いことを言いますと……縁日なぞで、好い男でも見ると、一町でも二町でも、尾(つ)いて行くって云いますよ。其(それ)でなかなか目が高い処へついているんですと。」

 宮井はお芳から、恁(こ)う云う噂を聞いたことすらあった。

 それでも、暮の二十六日に、従弟に散々(さんざ)打(ぶ)たれて、其の揚句(あげく)暇を出されて、荷物と一緒に、老人に連れられて、宮井の宅へ来た時には、目を泣き脹(は)らして、面目ないのか、それとも可惜(くや)しかったのか、左(と)に右(かく)涙声で、

「御心配かけて、済みません。」とお芳の前に突っ伏した。髪も乱れ、顔色も真蒼で、哀れなさまであった。

 春になっても、まだ田舎から何の沙汰(さた)もない。老人も、自分の一了簡(いちりょうけん)で、貰って来たので、オイソレと言って、離縁沙汰の手紙も出しかねているのであろう。宮井夫婦も、急いで帰して了(しま)う気もなかった。

 三ケ日(さんがにち)は、白粉(おしろい)も塗って、外で羽子(はご)など突いていた。絵葉書を、町から買って来て、田舎の母や兄や、友達のところへ、何事もなさそうな年始状を書いて送りなどしたのも見受けた。

 
 宮井は、莨(たばこ)を喫(ふか)しながら、静枝の様子を見るともなし見ていた。髪に油をつけて、丸髷(まるまげ)にでも結ったらば……と従弟の母親が言ってみても、如何(どう)しても肯(き)かなかったと云う話を想い出した。成程(なるほど)バサバサした髪である。其の光沢のない黒い髪を、大きな束髪(そくはつ)に結って、瑠璃色のリボンを直(ぴた)りと挿している。一生此(これ)で通すと主張(いいは)って、リボンの色すら変えるのを嫌うのであった。如何(どう)云う訳でか、水色は高尚な色だと、独りで然(そ)う決めていた。

「此の女の独身主義と、些(ちょっ)と似通っている!」と宮井は思った。

「静枝さんは、相変わらず独身主義かね。」

 宮井は軽く、揶揄(からか)うような口を利いた。

 静枝は、「え。」と云って、私(そっ)と赤い顔を擡(もた)げた。

「それで、田舎から、まだ何とも言って来ないのかね。」
「え、まだ……。」と静枝は、目眩(まぶ)しそうな目容(めつき)をした。
「来ない方が好いんです。私如何(どう)しても、此方(こっち)で暮らしたいと思いますの。」
 
 此(これ)まで結局外に傍観していた宮井も、多少此の女の田舎の事情を知っていた。田舎へ帰りにくいと云う様子は、略(ほぼ)察せられた。郡書記をしている兄が、非常に厳格だと云う評判も耳にしている。加之(それに)、手芸の器用な女で、裁縫、編物、造花なぞに、秀でた手を持っている。読書も一ト通りは心得ている。東京で暮らさせてやれるものなら、暮らさせてやろうと云う考えもあった。

「私、着物や何か着とうございませんから、如何(どう)にかして、独りで東京で暮らしたいと思います。昼は何処かへ勤めて、夜は人の仕事でも為(し)て……。」女の顔には熱心の色が現れた。伏せている目のうちに、涙が浮かんでいるかとも思われた。

「然(そ)うさね。」
「何処ぞ、爾(そう)云うところはございませんでしょうか。」
「しかし、なかなか骨だぜ。」
「でも堕落さえしなければ可(い)いんでございますからね……。」と女はオドオドしたような目を挙げた。

 宮井は濃い煙を噴き出しながら、考えておこう。と優しく頷(うなず)いた。

 少時(しばらく)すると、お芳が子供を寝かしつけて、奥から出て来た。寝汚(いぎたな)く仮寝(うたたね)をしていたと見えて、髪の紊毛(ほつれげ)が直(ぴった)り頬に喰っ着き、頬は紅くなって、襟(えり)や、裾などもキチンとして居ない。睡(ねむ)そうな目にも張りがなかった。

 お芳は、「ア、満(つま)らない!」と云うような顔をして、叭(あくび)を生噛(なまか)みにしながら、気懈(けだる)そうに火鉢の前へ来て坐った。

 温茶(ぬるちゃ)を湯吞(ゆのみ)に汲んで、三口ばかり飲むと、少し耳を引っ立てるようにして、何処とはなし目を見据えた。

「何て世間が静かなんでしょう。家(うち)ばかり閴寂(ひっそり)しているのかと思ったら、何処でも然(そ)うなんですか知(し)ら。」

 誰も返辞をする者がなかった。

「ア、今日はもう四日ですね。私、春になってから、まだ表の土を踏んで見ませんよ。」と呟くように言った。

 来る春も来る春も、何の面白いこともなくて、もう二十八に為(な)った。着物一つ着飾った覚えもなくて、女の盛りももう過ぎて了(しま)うのか、と云うような遣瀬(やるせ)ない思いが、顔色に現れていた。

「真実(ほんとう)でございますね。」と静枝が淋しい笑い方をして、
「お正月なんて、満(つま)らないもんでございますね。」と附け加えた。

 お芳は黙っていた。

「でも東京はまだ好(よ)うございますよ。田舎ときたら、雪ばかり降って、それこそ真実(ほんとう)に為様(しよう)がございませんよ。」

 寝るには未だ早いし、カルタでも取ろうかと云う発議(はつぎ)が、宮井の口から出たが、人数が少なくて興味が薄かろうと云うので、幾年ぶりかで花を引こうと云うことになった。

 お芳は、押入れの奥の我楽倶多(がらくた)のなかから、黴(かび)の生えた花札を引っ張り出してきた。まだ上の子供が産れぬ時分、お芳が今の静枝の年頃のおりに時々遊んだことのある札である。
 
 お芳は血の気の薄いような手で、札を蒲団(ふとん)の上へ打(ぶ)ちまけた。中には折れ目の入ったのもある。泥の出ているのも二三枚見えた。

「新さんも入らっしゃいな。」とお芳は札調べをしながら、玄関の次の三畳にいる、宮井の甥(おい)に声をかけた。

「恁(こ)う云う事もして、女の機嫌はとっておくものだ。」と云うような顔をして、宮井も興のない花札を拾いあつめ、二つに纏(まと)めて切りなどした。

 甥は宮井の向かいに胡坐(あぐら)をくんで、これも半分は迷惑そうに、石の分配を初めた。

「静枝さんもお行(や)んなさいな。」お芳は勧めた。
「私、然(そ)う云うことは一向解りません。」と静枝は、片蔭へ寄って、読みさしの雑誌を見はじめた。 

 花は初まったが、札をうつ音は冴えなかった。六ヶ月目の時、宮井は札を一順見ると、前へ投(ほう)り出して下りて了(しま)った。而(そう)して、女中に酒を持って来さして、自分で燗(かん)をしながら、チビチビ飲みはじめた。

 二年目には、少し脂(あぶら)が乗りかかって来た。色々な意(おもい)がけないヤクなぞが出来て、賑やかな笑い声が起った。お芳の頬には血の気がさして、手の働きも敏活になって来た。甥は出続けで、始終ニヤニヤしながら、落ち着いた引き方をしていた。而して叔父の無成算な遣り口を、クスクス笑っていた。

「この人はからッ下手(ぺた)ですよ。」とお芳の調子が浮々(うきうき)して来た。
「こう云う人に、出て来ちゃ邪魔をされるんで、私ァ少しも引けない。自分の勝手ばかりしているんですもの。」

 宮井の前には、もう三つも交換が入っていた。

 誰やら水口の方の木戸口で、呼んでいる声がする。

「オイオイ、静(しず)のとこへ電報だ。」

 皆が声を潜めた時、外の声は恁(こ)う云って呼んだ。一同は目を見合した。

 静枝は起(た)って出て戸を開けると、叔父は水洟(みずばな)をすすりながら上がって来た。而して古びた外套(がいとう)を脱いで、毛糸の衿捲(えりまき)を脱(はず)すと、手炙(あぶ)りの前に座を占めて、袂(たもと)から二通の電報を取り出して静枝に手渡した。

 静枝は顫(ふる)える手頭(てさき)に電報を繰(く)り拡(ひろ)げて読んだ。人々の目は、悉(ことごと)く其の額(ひたい)に集まる。お芳は、「叔父さんといえば、真実に勝手な人だ。田舎から自分が連れて来ておいて、此の物入りの多いのに、家(うち)へ打(ぶっ)つけておくなんぞは……。」と云う心持ちで、澄ましていた。

 叔父は、真鍮(しんちゅう)の煙管(きせる)を持った手で、赤い鼻頭を擦りあげながら、
「一つは大病、一つは危篤(きとく)――明朝一番でかえれと云うんだからな、嘘でもあるまい。可(い)いわ、マア心配せんでも……まだ其れ程の事でもないから、持ち直さんとも限らん。――能(よ)く働く人だったがな。」

「幾歳(いくつ)かね。」宮井が覚束(おぼつか)なげに喙(くち)を容(い)れた。

「さよさ。」と叔父は首を傾(かし)げて、「私(わし)より二つも下か……。」

 静枝はホロホロ涙を零(こぼ)した。而して何時(いつ)までも電報を瞶(みつ)めていた。

「静さん、そんなに心配することないわ。一日かかれァ行ける処(とこ)なんですもの。」お芳は力をつけた。

「然(そ)うさ。明朝一番で立てば、晩(おそ)くも四時……。」と叔父は、もう是(これ)で先(ま)ず静枝の件も片着くと云う心持ちで、
「今から荷や何か、支度(したく)をしておいて、明朝(あした)五時に起きれば可(い)い。一人の阿母(おっか)さんだでの、帰らん訳にも行かん。」と火箸で煙管の脂(やに)をほじくって居た。

 静枝は涙声に、「いいえ。其(それ)はどうせ斯様(こん)な電報が来る位ですから、もう死んでるかも知れません……私会いたくもございませんけれど……会ったって為様(しよう)がないんですから……。」と帰るのが、如何にも切なそうに見えた。母親の死に目よりか、自分の体が如何なるか、それが不安でならなかった。

 叔父は、今夜は宅へ帰って、明朝暗いうちに迎えに来て、それからステーションへ送るから、と云うので、旅費の相談などして、其のまま暇(いとま)を告げた。

「それじゃ明朝(あした)は、私が思いいれ早く起きましょう。」と女中が言い出した。

「ア、然(そ)うお為(し)。静さんも一緒に起きて、御飯だけでも温かいのを食べてね。」

 静枝は手炙りに俛(うつむ)いた限(きり)、黙っていた。荷作りをする気振りも見えなかった。甥は花札を函(はこ)に収(しま)って、自分の部屋へ引っ込んだ。宮井もグズグズに寝所(ねどこ)に潜り込んだ。 


 明朝(あした)の未明(ひきあけ)に、お芳が目を覚ました時は、もう叔父と静枝との低い話し声が、茶の間から聞えた。

 起きて出て見ると、二人は今飯を済ました処である。ランプの火影も、薄暗くなっていた。時計を見ると、まだ三十分も間がある。静枝は何時(いつ)の間にか、綺麗に髪を取りあげて、白粉(おしろい)までつけていた。晦日(みそか)の晩に、兼康から買って来た、水色の新しいリボンも挿して居た。

 叔父は煙管を筒に収めながら、「それじゃ、私は其処(そこ)いらで、兎(と)も角(かく)俥(くるま)を僦(やと)って来るとしよう。荷物を玄関へ出しておくが可(い)い。後で送ると云っても邪魔だから、忘れ物のないようにな。」と云って、起ちかけた。

「私俥は入りません。荷物も持たずに行こうと思います。」

 叔父はお芳と顔を見合した。

「如何(どう)してな。」
「如何してってこともございませんけれど、田舎へは、まだ小父(おじ)さんとこを出て、此方(こちら)で御厄介になってることを言っておりませんから……今度出て来まして、私の体が決まりましてから、小父さんの方からも、お手紙を出して戴(いただ)きます。」と静枝は頑張った。

 二人は黙って了(しま)った。叔父は昨夜電報が来たとき、倅(せがれ)が、「いい気味だ。あんな剛情張りの生意気な奴は、早く逐(お)っ返して下さい。」と言ったことを想い出して、当惑そうな顔を顰(しか)めた。

「それじゃ、マァ、田舎にいることになったら、送ると云うことにして、着換えだけは風呂敷にでも包んで……。」
「いいえ。何にも持たないで参ります。」

 叔父は黙って了(しま)った。

 お芳は棚から、歳暮に到来した、菓子箱を一つ見舞いとして、静枝にくれた。

 静枝は、化粧品など入れた田舎風の信玄袋(しんげんぶくろ)に、傘と、其(それ)だけ提げて出た。叔父は風呂敷に包んだ菓子箱を持って、一緒に出た。

 出かけた静枝は、宮井の寝間(ねま)の閾際(しきいぎわ)まで行って、

「色々御厄介さまでした。又出て来ますおりには、何分よろしく……。」と其(それ)だけを、低声(こごえ)ながら熱心に言って、暇(いとま)を告げた。如何しても引き返して来る意(つもり)でいる。

「然(そ)う言っても、些(ちょっ)とは出て来られまい。」と宮井は然(そ)う思いながら、起き直って、挨拶だけ為(し)て、蒲団を引っ被(かつ)いで了(しま)った。

 静枝は厭々(いやいや)そうに、門を出て行った。

 外はまだ幽暗(ほのぐら)かった。東のほうが真珠色に白んだばかりで、灰色雲が、一面に空を封(とざ)していた。それでも木の影などは、くっきりして見える。夜明け方の空気の底寒いので、静枝はガチガチ顫(ふる)えながら歩いていた。

 壱岐殿坂(いきどのざか)を降りて、砲兵工廠(ほうへいこうしょう)の横手まで来ると、空はもう余程明るくなった。ちらほら人の影も見えて、電車ももう濠端(ほりばた)を動いていた。

「独りで田舎へ帰るというものは、何だか、心細いもんですね。」静枝は低声(こごえ)で言った。

「でも訳(わけ)はない。乗ってしまえば、自然(ひとりで)に行ってしまうで……。」と老人は洟(はな)を啜(すす)りながら言った。

「あとで電報を打っておくから、然(そ)うしたら、向こうで誰ぞ迎いに来てくれるだろう。」 

 ステーションには、もう大分人が集(つど)うていた。諏訪の氷滑りにでも出かけそうな、派手な洋服に鳥打(とりうち)を冠(かぶ)った、軽装の若い紳士連も見受けた。寒い広い構内に、咳(せき)の声ばかり反響して、コツコツと土間を歩く靴の音がおりおり聞えた。

 静枝は隅の方の腰掛(こしかけ)に腰を卸(おろ)したまま、黙って俛(うつむ)いていた。胸には様々の思いが連(しきり)に動揺していた。

 老人が側に腰かけて、煙草を喫(ふか)しはじめた時、静枝は低声(こごえ)で、自分が不縁になったことは、田舎の方へは、当分秘密にしておいてくれと云う事を、口数少なに、切に頼んだ。

 切符が間もなく売り出されると、人衆は其方此方(そっちこっち)から集まって来る。静枝も起ちかけようとして、襟(えり)を掻(か)き合し、頭へ手を上げると、「オヤ、私……。」と慌忙(あわただ)しく腰かけていた後先を見廻した。

「如何した。」老人は煙草入れを腰に差しながら。
「私、リボンを落(おっこと)しました。」静枝はまた身の周りを捜している。
「リボンを……其奴(そいつ)ァ不可(いけな)いこと為(し)たな。」と老人も包みを退(ど)けて腰掛の上下を捜した。

「なけァマァ好(い)いや。」と老人は言ったが、静枝は金の指環(ゆびわ)でも亡くしたように、悲しがった。幾度も幾度も、頭へ手をやったり、袂(たもと)の底を捜したりしている。

 終(しまい)に居場所を離れて、外まで出かけて、涙含(ぐ)んだような目を、ステーション前の広場へ配った。而して、ソワソワと五六間(ごろっけん)捜しあるいた。

 老人も、何だか急に気になって来た。

「それじゃ、私が其処(そこ)いらまで行って見て来るとしよう。」と言ってノソノソ出かけた。

 元来た道を、老人は三四町も捜して行(ある)いたが、何処にも見えなかった。

「何処にも見えんようだ。もう誰か拾って行ったろう。何しろ時間がないで……。」
「そう!」と静枝はまだ思い断(き)れぬような返辞をして俛(うつむ)いた。

 構内には、もう人の影も疎(まばら)になっている。紙の片(きれ)や、莨(たばこ)の吸殻(すいがら)が其処此処(そこここ)に散らばって、四下(あたり)は俄(にわか)に寂しくなった。外では太い汽笛が鳴った。静枝の胸はソクソクと一層波立って来た。如何(どう)やら、もう東京へ来る縁がないような気もした。
石段を上がる時、先が真っ暗のように見えた。

 狭苦しい函(はこ)のなかへ入ると、体が連(しきり)にガチガチと戦(ふる)えて、目に一杯の涙が湧いた。其のまま窓に肱(ひじ)をかけて、顔を背向(そむ)けていた。

 老人は何やら連(しきり)と、田舎へ言伝(ことづて)をしているようであったが、それも耳へは入らなかった。

 ガタリと云う音が、腹の底まで響いたと思うと、汽車はスルスル動き出した。

 リボンのない寂しい頭が、何時(いつ)までも窓から見えた。

「ヤ、これで先(ま)ず荷が降りた!」と云うように、老人は、急に軽い歩調(あしどり)で、石段を降りて行った。

 

 

 (完)


◎八木書店版『徳田秋聲全集』第7巻の本文を底本に、現代的仮名遣いに改め適宜補訂を行なった。
  初出:明治42年2月1日(「中央公論」第24年第2号)










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