公式ブログ

「夢二の版画Ⅱ―大正中・後期の木版画―」展オープン

2018年4月14日
   新しい展覧会がはじまりました。
 今回は、「夢二の版画」展の第二弾として、木版画を中心に展示しています。江戸時代に高度に技術が発達し、庶民が手に取って楽しんだ浮世絵版画と同じ技法である木版で摺られた作品がほとんどです。

 夢二が活躍したおよそ100年前は、デジタル処理の技術が進んだ現代とは違い、手仕事で原画を製版、印刷することが多く、木版画の職人や印刷の職人が、高い技術で版画や印刷物を仕上げていました。そして、夢二は完成作品のチェックも行い、仕上がりまで責任をもって制作にあたっていました。 夢二と職人のコラボレーションによって仕上げられた版画や印刷作品には、夢二ひとりが仕上げた肉筆作品とはまた、異なる魅力があります。

 展示室には、原画とその完成品としての木版画や印刷物を見比べられるコーナーも設けました。さらに、夢二の印刷作品に採用された印刷技法や夢二の版画作品の歴史をたどることができる年表も掲示しています。
  版画や印刷物の魅力を再発見していただける機会となりましたら幸いです。


(学芸員:C.K)

館長ブログ⑮ 
新設! 「夢二の人類愛」コーナー ――英語、ヘブライ語の解説パネルも 

2018年4月13日
 新しく「夢二の人類愛」コーナーを平成30年(2018)4月14日(土)から開設しました。1階の常設展示内の小コーナーですが、竹久夢二の人間愛、あるいは人類愛などに焦点を当てたものです。展示品は、夢二が晩年の昭和8年(1933)2月から6月まで、ベルリンの「イッテンシューレ(イッテン美術学校、一天画塾)」で日本画教育を担当していたときの『夢二日記』や『外遊日記』、そして教材などです。英語とヘブライ語の解説パネルも用意しました。 コーナー開設は、夢二自身が生涯、「弱いもの」「虐げられたもの」への眼差しをもった人間主義者であったことに起因しています。当時、ユダヤ人は自国をもたず、根無し草のように世界に散らばっていたので、漂泊の詩人画家・夢二にとっては、まるで同胞のように共感をもてる存在でした。じっさいに「ユダヤ人」と自称することもありました。 夢二とユダヤ人との現実的な接点も認められます。さきのナチス台頭下のベルリンの「イッテンシューレ」で夢二の指導を受けた学生の多くがユダヤ人だったといわれています。また、彼は、行き付けのユダヤ人経営の美術店やレストランが閉鎖されるのを惜しんでいます。こうした夢二のユダヤ人贔屓から、一時は「ユダヤ人救済説」も浮上しましたが、現在では確実な証拠は見つけられていません。


                               

(館長:S.O)

館長ブログ⑭ 初めて咲いた「夢二椿」

2018年4月6日
 金沢市内より桜の咲くのも1週間遅れ、といった湯涌ですが、今年は「夢二椿」が初めて花を咲かせました。「夢二椿」は3年前の秋に、椿守・千種氏の協力を得て、夢二の故郷、岡山県邑久にある夢二もその下で遊んだ古木から根分けしたものです。湯涌の薬師寺境内と鉢に移植し、宇野謙二氏の協力で育ててきたものです。今年初めて鉢の方が数個の蕾を付け、今日、赤い花が可憐に開花しました。
 夢二は幼少期に無数の赤い花をつけた椿の大木の下で遊んだ思い出を生涯忘れることはありませんでした。その思い出が絵やデザインとなって多くの作品を生み出しました。


                               

(館長:S.O)