金沢文芸館

ENGLISH

文芸館だより(ブログ)

文芸館だより R元年度

6月23日(日) 第1回「フォト&五・七・五」合評会

講師:中田 敏樹(俳人)

 

 夏至も過ぎて蒸し暑い毎日が続き、文芸館では枯木橋の脇のガクアジサイの花と共に、マツバギクがひときわ鮮やかな赤紫の花が見頃となりました。

 四季折々の写真に短い言葉を添えて発表する、恒例のイベント「フォト&五・七・五~私の好きな風景~」は、6月当初から1階のミニギャラリーで展示して参りました。今回の13名の皆さんの応募作品は、全体に明るく華やかな印象の写真が多く、来場の皆さんにもとても好評でした。俳人で写真にも卓越した 中田 敏樹(なかた としき)先生を講師にお迎えして、合評会を開催いたしました。

 

○康らかに令和を祝う若葉かな

 新しい年号と初々しい若葉の輝き、といタイムリーな題材

 

○田植え機を待つ泥の中蛙なく

 のどかで大きな画面から小動物にフォーカスする、巧みな視点の転換

 

○発車まで降り立つ花の無人駅

 さくら駅としてすっかり名所となった無人駅の、華やかさと賑わい

 

○絵心のわかる人の貯水槽

 内灘町恐竜公園近く。貯水タンクに描かれた大きな絵に視線が集まる

 

○プロペラの空に映える五月空

 青空の特別な青さと広さを背景に、風力計の白くてシャープな羽の輝き

 

○晩秋や心を映す水鏡

 山奥の秘境にある「かりこみ池」の澄んだ水面に映る空と雲

 

○メロディーにしだれ桜の揺れており

 春らしい艶やかな光景に、メロディーが流れ出す

 

○つばくらめ舞う天心に昼の月

 昼の月をかすめて飛ぶツバメを捕らえた貴重なショット

 

○橋多きせせらぎ通り春の音

 春陽が射すせせらぎ通りの店、偶然に届いた宅急便の荷物

 

○満開の桜の下に旅の宿

 吉野山に咲きそろった一面の桜の遠景。その下に今宵の宿がある

 

○君は令和原人なるか風薫る

 山積みの金属廃材から見いだした「令和原人」の奇怪さと遊び心と

 

 自作を紹介し合い、お互いの作品を楽しみ味わう中に、いつの間にか和やかな一体感が育まれていくようでした。

次回は10月初旬に募集する予定です。写真は自作のものであれば、過去の作品でも、1点でも、モノクロでも受け付けております。お友だちやご家族の合作でも結構です。皆様からの積極的なご応募をお待ちしております。



6月18日(火)出前授業・金沢市立泉野小学校2学年

ヒョイヒョイが食べたい!!

講師:吉國 芳子(ひょうしぎの会)

 

 梅雨の晴れ間のこの日、泉野小学校にお伺いしました。2年生の生活科「金沢の民話を知ろう」の出前授業を担当して頂いたのは、「ひょうしぎの会」の吉國 芳子(よしくに よしこ)先生です。

 102名の皆さんの元気な挨拶を受けた後、まずは「あんたがたどこさ」の童謡と手拍子でウォーミング・アップ。今回は、「芋掘り藤五郎」「おだんごひょいひょい」「宝泉寺のネズミたいじ」の3つのお話をご紹介しました。

 

「おだんごひょいひょい」

 昔むかしあるところに、物忘れのひどいお婿さんがいました。ある日、お嫁さんのお里の両親に初めて招かれて、遊びにいきました。お里では、お婿さんがきちんとていねいに挨拶することを忘れなかったので、お父さんとお母さんもひと安心でした。早速、おだんごをつくって食べてもらうと、お婿さんは大喜びです。「こんなうまいもんは、食べたことがない!」と、できたてのおだんごをおかわりして、たらふく食べました。婿さんが「ところで、これはなんという食べ物ですかね」と尋ねると、「これは、おだんごというものですよ。お・だ・ん・ご!」と教えてもらいました。

 お里からの帰り道、婿さんは『おだんご』を忘れないように、そして、お家でもお嫁さんに作ってもらおうと「おだんご、お・だ・ん・ご、オ・ダ・ン・ゴ…」と口ずさみながら歩いて行きました。ところが川を渡る飛び石のところで、婿さんは「ひょい、ひょい…ヒョイヒョイ…」と調子をつけているうちに、「おだんご」が「ヒョイヒョイ」に変わってしまったのです。

 「おおーい、帰ったぞぉ。わしに、ヒョイヒョイというもんをつくってくれ。ヒョイヒョイが食べたいんじゃ!」と婿さんは、お嫁さんに注文しました。ところが、「ヒョイヒョイ?ヒョイヒョイってなぁに? そんなもん聞いたこともないぞいね」とお嫁さんも困り顔です。「親が知っとるのに、娘のお前が知らんはずはないやろ。ヒョイヒョイや。さっさと、わしにヒョイヒョイつくってくれ!!」「知らんと言ったら知らん!聞いたこともないし!」お嫁さんも負けずに言い返すうちに、とうとうけんかになってしまいました。そのあげくに「ええーい、このわからずや!」婿さんがお嫁さんの頭に、ポカリとゲンコツを入れました。「イタタタ、アイタタタ…。何するがいね!アイタタタ……。こんな、でっかいおだんごみたいなたんこぶができたぞいね!ほんとに、もう!アイタタタ……」すると、「おお、……おお、そのオダンゴじゃ、お・だ・ん・ご!をつくってほしいんじゃ!」

 ようやく二人は仲直りして、一緒におだんごつくって食べました、とさ。

 

 このお話、前に聞いたことある!本当にあったお話しかなぁ、もっと別の話も聞きたい……という素直な声も聞こえてきました。この日は新聞紙を使った「手品」も披露されて、子どもさん達も大喜びでした。

 これからもたくさんの楽しいお話や不思議なお話にふれて、一段とお話大好きで、読書が大好きなお子さんに成長してくださることを願っています。




6月15日(土)第2回 小説講座

果敢な実践を積み重ねる

講師:小西 護(金沢文芸館館長)

 

 午後からは、第2回小説入門講座を開講しました。今回は「小説の実作について①」というテーマで文芸館館長の 小西 護(こにし まもる) が担当しました。第1回講座での短編小説の特長を押さえた上で、実作に取りかかる基本姿勢・心構え、書き続けて作品を書き上げるまでの過程を見つめ直すという内容でした。

 

前半は、『小説を書き始め、書き続ける基本姿勢』を確認しました。

 

1.    書く目的を明確にする   ~精神的な深化、自己改革の契機に~

2.    主たる読者を想定する   ~誰に、何のために発信するか~

3.    独自性に拘わり 見極める ~高いモチベーションと冷静な評価~

4.    想像力と創造力を 大胆に発揮する ~文学性と娯楽性、両面の追求~

5.    多彩なエピソードを駆使する    ~エピソードの蓄積・整理・活用~

 

さらに後半では、5年または500枚以上の創作経験者を想定した『小説完成までの果敢な実践』の充実を期して、

1. とにかく書き始める 逃げずに書き続ける

2. 作品完成まで 書くことを最優先にする

3. 音読しながら どんどん推敲する

4. 仲間から 率直な評価・感想をもらう

5. 納得いくまで拘り 楽しみながら推敲する

 

といったことに粘り強く習慣化することが提案されました。

自分自身と向き合い、根気強く、楽しみながら、自信を持って、大胆に、とにかく書き続けることの大切さが強調されました。

 

 さらに創作の練習として、

○ また、夢をみた。

○ それが祖母の口ぐせだった。

○ 梅雨の景色が広がっている。

の何れかを含んだ自由作文を試みました。数分後には、受講生の皆さんの豊かな《想像力》の一端に触れながら交流することができて、楽しいひとときでした。これからの『果敢な実践』を期待しております。

 第3回(7月20日・土)は、掌編作品の合評会です。ぜひ、ご参集ください。

 




6月15日(土)第2回 短歌入門講座

思いは深く 穴の中に

講師:島田鎮子(『沃野』選者)

 

梅雨空を仰ぎながら、第2回目となる短歌入門講座を実施しました。講師は短歌誌『沃野』選者である島田 鎮子(しまだ しずこ)先生です。今回は「現代を生きて、今を詠う」というテーマでした。

 

1.詠うために大切なこと

短歌は詩である。歌声(言葉が響き合うリズムを楽しむ)と地声(おしゃべりや記述・報告の文章)の違いを意識して(三枝浩樹)

思いは深く、言葉は平明に(山本かね子)

 

2.思いを伝えるために

五七五七七のリズムに言葉をならべてみる

何を詠うか、どう詠うか、自分がどこにいるか

平明な言葉を選び、言葉の流れを大切に

一首で表現することは、一つにしぼる

短歌のリズムを大切にするために、作品を何度も音読する

「実感」「直感」を大切にすることで作家の心と作品を活かす

言葉に心を語らせる。主観や結論を言ってしまわない

好きな詩人や尊敬する歌人の作品をたくさん読む

 

3.作品の鑑賞から

○サンダルの青踏みしめて立つわたし銀河を産んだように涼しい(大滝和子)

 銀河を産む、というイメージの飛翔が心憎い

 

○白鳥はふっくらと陽にふくらみぬ ありがとういつも見えないあなた(渡辺松男)

 自然や人間の存在をこえたものへの畏敬と感謝

 

○ああ眠いああねむいと茶碗の中に落ちるようにぞ子は飯を食う(河野裕子)

 疲れきって眠い子供の姿を、茶碗の中に落ちるよう、と描く比喩が際立つ

 

○あるだけの力尽くして咲きゐるに力の見えぬうすべにの花(伊藤一彦)

 力まず、やさしく、自然に咲く花の姿への共感

 

○朝顔の葉っぱに縋り羽化を待つこんなところで蝉になるやつ(馬場あき子)

 思いがけない場所で羽化を待つ、小さな命への愛着とあたたかなユーモア

 

4.添削の課題

○大欅季移るごと愛でてきて視界から消えし 四分の一

 大胆に枝打ちされて、元の四分の一になってしまった欅への哀惜と驚き。

 四分の一、をどう活かすか。言い換えるとすると・・・?

 短歌から絵が描けるように、添削に挑戦してください。

 

優れた作品を味わいながら、定説とは別の読み方(解釈)に気づくこともまた短歌の醍醐味と言えます。今回の講座でも、受講生の皆さんから様々な感想や解釈をお伺いすることができました。島田先生の解説や投げかけを手がかりとして、たくさんの秀作に出会うとともに、それぞれの歌人のエピソードもお聞きしながら、短歌の奥ゆきを実感できたひとときでした。歌に託す深い思いは、敢えて表現せずにおくこと。言い換えるとドーナツの穴のようなもの…。というお話しも興味深いものでした。

 次回(最終回)は、短歌作品の合評会です。どうぞお楽しみに。




6月9日(日)第2回 『朱鷺の墓』朗読会 
笛の曲に染み出る思いを抱きしめて

朗読:髙輪 眞知子(朗読小屋 浅野川倶楽部代表) 

 
 五木寛之氏の初期作品として知られる『朱鷺の墓』朗読会は、今年度の2回目です。朗読小屋・浅野川倶楽部代表の、高輪 眞知子(たかなわ まちこ)さんの熱の籠もった朗読が続いています。

大正時代の中頃、十年余りにも及ぶロシア・ヨーロッパでの放浪の歳月を経て、安住の地を求めて故郷の金沢に舞い戻った染乃とイワーノフの新しい生活が始まりました。

 ある日、車夫のイワーノフは金沢駅で偶然出合ったなつかしい客人を連れてきます。それは、かつて染乃とイワーノフの縁を取り持った元陸軍大尉の石河原でした。その晩遅くまで染乃夫妻は親しく語り明かします。

 また5月のある日、これもかつての恩人である車夫の三蔵の墓参りに出かけた折に、染乃は久しぶりに故人を供養する積もりで笛を奏でます。その笛の音を聴いて声を掛けてきた上品な老婦人は、雁木機一郎の母でした。初対面とはいえ、ペテルスブルグでの共同生活を打ち切って以降、別れたままの機一郎は染乃夫婦にとっては、決して忘れることのできない存在でした。老婦人は犀川べりの料亭で、肝心の機一郎のことはもう諦めている、と敢えて話題に深入りすることもなく、先ほどの笛の曲をもう一度吹いて欲しいと懇願するのでした。そして、染乃のこの曲に〈流水〉という名を贈ります。

 揺れ動く時代状況を受け止めながら、〈流水〉という曲題を贈られて以来、染乃は新しい人間的な表現の音楽の世界へ踏み込み、ひとりで笛を吹くことが多くなります。シベリア、ヴラジオストーク、ペテルスブルグ、パリ、と様々な思い出と重なるその折々の感情の表現を、笛の曲の中に見いだしていたのでした。

 

  日本に帰ってくると、新しい流行歌が氾濫していた。

  そういった世界中のさまざまな、音楽や、歌や、メロディが染乃の流転の生活とともに、彼女の体に深く根をおろしていたのかもしれない。染乃の曲は、(中略)あくまで、日本の懐かしいふるさとの匂いを残し、土の匂いや、空の青さや、海の響きを反映しながら、それと同時にさまざまなエキゾティックな香りを帯びた、独特な曲になっていた。

  染乃は自分で気づかずに、即興的にそれらの笛を吹いていた。だが、今、染乃は少しずつ、笛の曲を自分でつくってみよう、という気持になってきていた。・・・

  染乃は、この生活がいつまでもつづけばいい、とねがっていた。そしてできれば、自分とイワーノフの子供をもうけ、親子三人でひっそり暮らしていきたいとねがっていた。

 残された人生の中で幾つかの笛の曲をつくり、それを心ゆくまで楽しみながら老いていき、そして死んでゆく。それで充分だ、と考えていた。

 

  故郷で得た、大切な人たちとの再会。ささやかだが心休まる落ち着いた二人の生活ですが、この後、鬱陶しい暗雲が立ち籠めてくるようです。

  次回は、7月14日(日)です。ぜひ、お誘い合わせてお越しください。 




6月8日(土)第2回 詩入門講座

 自分にとって切実なものを描く

講師:杉原 美那子(「笛」同人)  
 

 雨の上がった午後からは、第2回目の詩入門講座を実施しました。前回に続き、作品鑑賞をするステップとして、受講生の皆さんがそれぞれに、ご自分の好きな詩を持ち寄り紹介し合うところから始めました。担当は、詩誌『笛』同人の 杉原 美那子(すぎはら みなこ)先生です。

 

  逢ひて来し夜は      室生犀星

うれしきことを思ひて

ひとりねる夜はかぎりなきさいはひの波をさまり

小さくうれしさうなるわれのいとしさよ

やがてまた

うれしさを祈りに乗せて

君がねむれる家におくらむ

               (詩集『青き魚を釣る人』より)

◇やさしさ、愛情に満ちた言葉に、「君」への思いが深まる。静かな余韻。

 

  林檎と蜜柑      武者小路実篤

汝と我とおなじく

美味な果実なれども

汝は我を愛し

我は汝を愛す

汝は紅にして

我は黄なり

似たところ面白く

似ぬところ又面白し

◇仲良く、互いの個性を認め合って生きる姿。ほっとする和やかさが漂う。

 

しあわせよカタツムリにのって  やなせたかし (抄出)

しあわせよ

あんまり早くくるな

しあわせよ

あわてるな

カタツムリにのって

あくびしながら

やってこい

しあわせよ

カタツムリにのって

やってこい

 

しあわせが

きらいなわけじゃないよ

しあわせにあいたいが

いまはまだ

つめたい風の中にいよう

熱い涙を

こらえていよう (後略)

 

◇やなせたかしは、人気アニメ「アンパンマン」の原作者。幸せを待つ時間をも、ゆっくり楽しみ味わおうとする面白い視点。やさしい表記、やさしい言葉。

 

立ちつくす     長田  弘

祈ること。ひとにしか

できないこと。祈ることは、

問うこと。みずから深く問うこと。

問うことは、ことばを、

握りしめること。そして、

空の、空なるものにむかって、

災いから、遠く離れて、

無限の、真ん中に、

立ちつくすこと。

大きな森の、一本の木のように。

あるいは、佇立する、塔のように。

そうでなければ、天をさす、

菩薩の、人差し指のように。

朝の、空の、

どこまでも、透明な、

薄青い、ひろがりの、遠くまで、

うっすらと、仄かに、

血が、真っ白なガーゼに、

滲んでひろがってゆくように、

太陽の、赤い光が、滲んでゆく。

一日が、はじまる。――

ここに立ちつくす私たちを、

世界が、愛してくれますように。

          (詩集『人間はかつて樹だった』より)

◇心に沁み入るような言葉。いろいろな向き合い方を模索しながらも、立ちつくすことしかできないさだめのようなもの。昇る太陽、一日の始まりへの期待と祈りの静けさ。

 

身構えているもの      宮沢 章二

早春の風の声を 胸に受けとめながら

ひとりひっそりと呼吸を整え

力を溜めて 身構えているものたち

 

   枝の先の 新しい花のつぼみ

   薄ら氷の下の 小川に育つさかな

   厚い土のなかの 若草の芽

 

自分の呼吸は自分で整えなければならない

自分の力は自分で溜めなければならない

   それこそ 自らが生きている証拠

 

開こうと身構えているものたちの

泳ぎだそうと身構えているものたちの

伸びようと身構えているものたちの

熱い気迫が むんむんとあふれる・・・

そんな 早春の大地に 私も立っている

◇山の自然を愛する者にとって、春を迎える喜びや緊張に浸る時。この先の険しい道程に立ち向かう意思や気迫が、たくさんの自然界のエネルギーに触発されて昂揚する。

 

好きな詩作品を一篇だけ選ぶ難しさ、音読して味わう詩の奥深さを再確認しました。詩ににじみ出た作者のテーマや思いと詩を選んだ人自身の個性とが重なり合っている。また、どんな詩人なのかもっと読んでみたいとか、思い切って作品を書き残すことで誰かの目にとまる希望が見えてくるのでは、という感想が聞かれました。

書くことは恥をかくこととも言えるが、恥をかいても言葉で表現して人に伝えようとすることで何かが生まれる。恥ずかしいという段階を乗り越えて、誰かに読んで欲しい、感想を聞きたい、という段階へと踏み込んでほしい。という先生からのアドバイスをいただきました。「何を書くか」「どう書くか」「どこまで書くか」はいずれにしても《懸命に生きる》日々が前提にあるべきで、自分にとって切実なものを追求する姿勢が欠かせない、ということも学びました。 

次回から合評会が始まります。受講生の皆さんによる力作をお待ちしています。




6月8日(土)第2回 小説入門講座

 人に交わり、人の中に入ること

講師:小網 春美(「飢餓祭」同人) 

 
 昨日の梅雨入りで、町中の様相や空気感もガラリと一変したような朝を迎えました。この日に開講した第2回の小説入門講座のテーマは「ストーリーをつくる」でした。担当は、同人誌『飢餓祭』同人の 小網 春美(こあみ はるみ)先生です。

 小説を書き始め、小説のストーリーを創り出すための貴重なヒントを頂きました。

 

1.小説とは、人間を描くこと

大好きな犬を描く、熱中しているスポーツを中心に描く、など書く対象や題材は様々に想定できるが、小説では人間が中心軸でなければならない。書き言葉でしか伝えられない『心の暗闇』に迫ることに挑戦して欲しい。

 

2.優れた作品を読むこと

  先人の小説・名作とじっくり向き合い、味わうことが書き手としての技術と人間性の両面を学び、鍛えることにつながる。屈折した幼少年期をすごした作家が多いが、そこから学び取るものは貴重である。

 

3.安易に構想をしゃべらない

作品を完成させるためには、寄り道をしない。物語の構想などを誰かに話すことで、実作のプロセスが停滞して完成に至らないケースも少なくない。自分の中で、時間をかけてしっかりと構想をあたため、練り上げたい。

 

4.人に交わり、人の中に入ること

自分自身の体験は書きやすく貴重であるが、質・量ともに限りがある。人との付き合い、ふれあいから書く題材やヒントを得ることがポイント。老人の思い出、友人のエピソードを傾聴すること。また、視点を広げて、新聞記事や身辺雑記からストーリーの『種』を見いだすこともできる。

 

5.想像力の源泉

子どもの頃の豊かで奔放な想像力に、大人になってからでもアクセスすることができる(村上春樹)。書き進めているうちに浮かんでくる思い出がある(本谷有希子)。というふうに過去の経験を積極的に取り込んで、想像力を掘り起こしたり、ふくらませたりすることができる。

 

受講生のほとんどの方が、現時点で具体的に書きたいものがある、という状況とお聞きしました。ここからストーリーをどのように組み立て、展開していくかが当面の課題であり、創造の中心的なプロセスと言えます。短編小説ですので、登場人物・場面を絞り込み、事件やエピソードも最小限に吟味して深めていくことも忘れず、書き手の視点(一人称または三人称)も途中でぶれないように…。

次回の7月13日(土)は、高山先生の担当です。




5月31日(金) 語りで楽しむ昔話「耳なし芳一」

 昔話の闇に潜む、温かくて大切なもの

出演:荒木明日子(語り) 瑞樹(篠笛) 

 

 金沢ナイト・ミュージアムの開幕イベントとして、「語りで楽しむ昔話」を開催いたしました。出演は、語り手・荒木明日子(あらき あすこ)さん、篠笛の瑞樹(みずき)さんのお二人でした。荒木さんは金沢市在住の語り手さんとしてご活躍中で、昨年11月の開館記念イベントにもご出演くださり、ご好評をいただきました。

 この日の演目は、金沢に伝わる民話「おぎん こぎん」、芥川龍之介の作品としておなじみの「蜘蛛の糸」、小泉八雲原作で荒木さんご自身の再話による「耳なし芳一」の三作品でした。

 親子・姉妹の愛情と絆の深さや後悔をつぐなう気持ち、ふとした幸運に恵まれて地獄の責め苦からなんとか抜け出そうと藻掻くものの、最後は自分の弱さ・浅ましさに屈する極悪人、お坊さんの知恵と機転により亡霊から狙われた命を守り、急死に一生を得た若き琵琶法師…。それぞれの生きる姿を伝える物語は、長い歳月を通してたくさんの人々に親しまれ続けたものばかりです。人の心にある深い闇をのぞき見る様な怖さとともに、ほのぼのと温かい気持ちが湧いたり、はっと気づかされたり、ぎゅっと心が引き締まったりするお話でした。ぜひ、これからも末永く語り、受け継いでいきたいものです。

 

荒木さんのしっとりとした語りと瑞樹さんの澄み渡る笛の音に、すっかり魅せられたひとときでした。満席の会場内にひびいた拍手や鼓動の余韻が、夏を迎える夜の町にも広がっていくようでした。




5月18日(土)第1回 小説講座

 現実と虚構の接点を意識しながら

講師:宮嶌 公夫(『イミタチオ』同人)

 

 午後からは、第1回目の小説講座を開講しました。講師は文学誌『イミタチオ』同人の 宮嶌 公夫(みやじま きみお)先生、作家の 剣町柳一郎(つるぎまち りゅういちろう)先生、同じく 寺本 親平(てらもと しんぺい)先生のお三方です。小説を読み味わい、作品に込められたテーマや様々な描写の魅力について、8回の講座を通して学んだり味わったりしながら実作につなげて、20枚程度の短編小説を完成することを目標とします。

 初回は、宮嶌 公夫先生の担当でした。冒頭の自己紹介では、講座に参加した動機をお話し頂きましたが、講座を通して創作のヒントを得てモチベーションを維持・向上させるとともに、仲間と刺激し合うこと、というご意見が主流でした。19名の受講者のうち、過去にも当館の講座に参加された方がほとんどです。

 今回は「短編小説の魅力」というテーマで、前半部分では、長編と短編を比較しながら、短編の特徴を確認するという内容が中心でした。

①    比較的単純な構成で、登場人物も少ない

②    時間的なスパンが短く、場面転換も限られる

③    終末部分では余韻を残して、物語の続きを想像させるものが多い

④    表現が簡潔・明瞭であり、切り取り方の的確さが求められる

⑤    主人公の変化・変容が何らかの出来事や葛藤を通して表現される

表現力・描写の豊かさや確かさはもちろんですが、こうした特徴を踏まえて書き進める中で、「読者の視線に耐える作品」言い換えると、読者を納得させたり、楽しませたりできる作品を追求する必要があります。そんな中で、現実と虚構(想像)との接点を意識しながら、実際にありそうな空気感を演出していくことが期待されます。

後半では、江國香織さんの短編「デューク」(「つめたいよるに」新潮文庫・所収)を読み合わせしました。実作品の中で、現実と虚構がどのように交差しているか。その虚構の伏線(接点)の描き方、人物や場面の描写や会話表現の巧みさ、テンポ良い展開に支えられた全体の揺るぎない構成などに注目して、その魅力を探りました。

先生からの丁寧な解説や投げかけに呼応するように、受講生からの質問や意見がほどよく折り重なり、皆さんの積極的な姿勢が伝わってきました。

 

第2回(6月15日)までに、「坂」をテーマとして、5枚程度の掌編を書くという課題が出されています。たくさんのアドバイス、示唆やヒントを噛み砕いて、キラリと光る掌編が生まれることを期待しています。




5月18日(土)第1回 短歌入門講座

 『自らの内にお入りなさい』

講師:島田 鎮子(『沃野』選者) 


 
好天が続くこの日、短歌入門講座を開講しました。講師は、県歌人協会常任理事で短歌誌『沃野』選者の 島田 鎮子(しまだ しずこ)先生です。短歌の歴史や特徴、観賞のポイント、実際の書き方や注意点、添削の要領、受講者の皆さんの作品の合評など、3回連続の内容です。

 初回のテーマは「現代短歌の世界へ」で、創作に臨む準備として必要なことを学び、たくさんの作品に出会いました。

 

①    短歌とは?!

韻律(言葉の響きとリズム)を味わう三十一音の日本の定型詩です。

耳と目で味わいます.一行で間を開けずに書くのが原則です。

②    短歌の約束事など

【構成】(上の句)五・七・五(下の句)七・七

この対比構造、二重構造で詩の世界を表現します。

③    作り方のポイント

与謝野晶子「じっと観、じっと愛し、じっと抱きしめて作る。何を、真実を」

『真実』とは、森羅万象と自分の心が反応して生まれ出るもの。

○メモ用紙と鉛筆は必需品。「思ったこと」はすぐに逃げていくので、すぐメモする。

○声に出して何度も読んでみる。心と言葉の流れが一致しているかを確認する。

○難しい言葉、ありふれた言葉は避ける。

◎言葉を探すことは、自分の心に向き合うこと。自分の心に言葉を与えてあげること。

 自分の中に眠っている言葉に出合い、新しい自分を発見しましょう。

 

寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら    俵  万智

 

夏みかんのなかに小さき祖母がいて涼しいからここへおいでと言へり 小島ゆかり

 

ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも     上田三四二

 

鶏ねむる村の東西南北にぼあーんぼあーんと桃の花見ゆ       小中 英之

 

かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳らひにけり     前 登志夫

 

 講座の中では、その作品と対話できる空間があるものが短歌である、従ってすべて言い切ってしまわないことも大切で、読者自身の想像力を活かした読み方に託すことがポイントであること。また、その短歌に「絵」があること、読者が心の中で「絵」を描くことができることも大切な要素であることを、先生が強調されました。生活の一部を的確に切り取り、丁寧に写し取る短歌を目指したいものです。

 『自らの内にお入りなさい』(リルケ)自分と向き合い、心を耕す営みを積み重ねる中に、五・七・五・七・七を紡いでいくことを習慣にできたら…。

 12名の受講生でスタートしましたが、これからの皆さんの積極的な参加を期待しています。次回は、6月15日(土)の開催です。

 




5月17日(金)金沢市中学校文芸部 俳句学習会 
言葉選び、言葉つなぎにこだわる

 五月晴れに恵まれたこの日、金沢市立西南部中学校と金沢市立浅野川中学校の文芸部に所属する25名の皆さんをお迎えしました。「初夏の俳句づくりを楽しもう」のテーマで、この季節にふさわしい、新鮮で溌剌とした俳句づくりに挑戦しました。

 俳句の約束、さまざまな夏の季語、表現技法、素直な感覚・感性(五感)を活かすことなど、小西(館長)から説明を受けた後、さっそく創作にかかりました。

 

 廊下には白黒混ざる初夏の色   心和

 衣替え今日から白が増えてゆく

 

 初夏の日や白黒混ざる通学路   和花

 初夏の朝白黒混ざる通学路

 

 教室で涼しい風が吹きつける   桃子

 教室を涼しい風が吹き抜けて

 風涼し教室廊下体育館

 

 見上げれば夜空駆け抜く流星群   麻里

 見上げれば流星群の駆ける空

 

 ふるさとの胡桃の花は美しく(秀作) 杏友

 

 天高くかざすビー球海の色(秀作)   里桜  

 

 授業後のオレンジに染まる秋の色   美緒

 放課後の夕日に染まる通学路

 

 青空にはじける笑顔と向日葵と(秀作)  里桜

 

 夏休み風鈴ゆれていい音だ   もえ

 祖母の家風鈴ゆれて夏休み

 

 カーネーション笑顔ほころぶ母の日に(秀作)  恵未華

カーネーション笑顔の母に光る粒

 

 坂道を自転車で駆ける炎天下    麻衣

 風受けて自転車駆ける夏の歌

 

 強い風おぼれかけてるこいのぼり(秀作)  紗葉

 風巻いておぼれかけてる鯉のぼり

 

 坂道を走る自転車追いかける   鈴音

追いかける自転車の影遠ざかる

 

 白い球この一球で勝負決まる    恵里奈

 玉の汗この一球に勝負かけ

 

 体育の授業おわりに光る汗   愛莉

 走り終え荒く吐く息光る汗

 

 梅雨明けや冷たい路地で猫が鳴く(秀作)  星那 

梅雨明けや湿った路地で鳴く子猫

 

 サブバッグ抱えて走る夏の朝(秀作)   ひなた

 サブバッグ抱え駆け出す夏の朝

 

 見渡せば色とりどりの花畑   咲良

 チュウリップ色とりどりに風の丘

 

 うすくなるひとりぽっちのソーダ水(秀作)  春菜江

 忘られて涙のしずくソーダ水

 

 たんぽぽが私のほほにふんわりと   美緒

ふんわりと頬かすめ飛ぶ綿毛かな

 

 水鶏や川の調べを知る者よ(秀作)  愛祐美

水鳥や川の瀬音を聴きながら

 

 暗い夜いろとりどりの花火咲く   いずみ

 どよめいて火薬の匂う河原かな

 

おぼろ月ぼんやりかすむこの気持ち  星那

なぜかしら眺めていたいおぼろ月

 

夏の空星きらめいて青い川   愛祐美

あれこれの思い流して天の河

 

駆け抜ける仲間と共に青春を   アカリ

仲間たちと駆けるいま青春の日

 

歩くのも今日で最後の通学路(秀作)   あすか

いつもとは違う最後の通学路

惜しみつつ歩む早春の通学路

 

 あっという間に、たくさんのさわやかな俳句が生まれました。場所、時間、辺りの様子、人の話し声など、17音の俳句から具体的に浮かぶように工夫することがポイントでしょう。よく似た意味の言葉、言葉のつながりや語順の入れ替えなどあれこれ試す中で、一番ピッタリくるものにしぼりこんでいくといいですね。

 これからの文芸部の皆さんのご活躍を楽しみにしています。




 5月12日(日)第1回 「朱鷺の墓」朗読会

 ようやく帰郷した染乃とイワーノフに忍び寄る影

 朗読:髙輪 眞知子(朗読小屋・浅野川倶楽部代表)

 「朱鷺の墓」朗読会は3年目を迎え、最終章である<流水の章>に入りました.今年度も引き続き朗読小屋・浅野川倶楽部代表の 高輪 眞知子(たかなわ まちこ)さんによる朗読をお楽しみ頂きます。

 

朗読会『朱鷺の墓』 ~登場人物と「愛怨の章」までのあらすじ~

【主な登場人物】

染   乃:元金沢・東郭の芸妓。暴動の最中、イワーノフに救われた縁で結婚。

イワーノフ:元ロシア人将校。日露戦争の捕虜として金沢に迎えられ、染乃と結婚。

雁木機一郎:染乃の馴染み客で、染乃が慕い信頼する存在。政治活動に奔走する。

石河原大尉:金沢のロシア人捕虜収容所の所長。染乃の理解者。

張 文 国:中華料理店経営者。染乃夫婦を信頼し、物心両面で支える。

【空笛の章】

明治38年。芸妓である染乃は、日露戦争の捕虜将校一団をもてなす慰安会で笛を披露することとなる。しかし、この会に反感を持った市民たちは暴徒化した挙げ句に公爵大佐へ投石し、染乃も襲われそうになったところをロシア人将校・イワーノフに助けられる。この一件に立腹した大佐に「ロシア人に襲われた」という嘘の証言をするよう石河原大尉は染乃と養母ハツに迫るが、2人はそれを拒否しハツは自害する。

責任を感じた大尉は大佐へ全てを正直に打ち明け、許しを得る。一方、染乃はイワーノフと再会して愛を育み、夫婦の契りを結ぶ。日露戦争終結後に必ず迎えに来る、と言い残してイワーノフは一旦帰国する。石河原や機一郎と共にイワーノフの船を見送る染乃だったが、花田屋の旦那がけしかけた男達に突然拉致されてしまう。石河原大尉と機一郎は染乃を探し出すが、すでに異郷の花町で「春太郎」として生きていた。助けを拒絶する染乃を振り切り、機一郎は染乃を連れ出す。

平穏な日常へと戻り、イワーノフとも再会できた染乃は、脳裏に浮かぶ辱めの記憶に苛まれ川へ身投げしようとするが、不思議な男に引き止められて家路につく。しかし待っていたのは染乃を遊郭へ売った北前の徹だった。染乃は、再び娼妓としてウラジヴォストークへ身売りされてしまう。

【風花の章】

ウラジヴォストークで娼婦として働き始めてから、3年が経過した。染乃は元諜報員で自分の客だった男から受け取った手紙で、イワーノフがイルクーツクの政治犯収容所にいることを知る。染乃は前借金を精算し、手紙を運んできた笵少年と共に旅立つ。染乃と笵は、収容者の家族の小屋が建ち並ぶソールスコエの村で、息子の帰りを待つ老女の家に同居する。凍てついたロシアの大地で暮らした5度目の秋、念願叶ってイワーノフが収容所から解放され、夫婦はかたく抱擁する。

翌年、ウラジヴォストークに戻った染乃は、馴染み客の貿易商人と偶然再会する。その紹介でナホトカの中国料理店「東園」に夫婦住み込みで働くことになった。店での働きぶりを評価された2人は、穏やかな生活を得た。イワーノフは仲間を裏切って出獄した自分が幸せに浸る苦しみを吐露する。染乃もまた遊郭での暗い記憶に苦悩していた。

そんな最中、「東園」の主人は染乃に新店舗の経営を任せる。夜の店内で、イワーノフ、笵少年、染乃の3人は自由な新しい生活への希望を語り合う。

染乃とイワーノフの誠実な人柄が評判となり、ナホトカの中華料理店主としての生活が始まる。染乃の新しい店が繁盛すると、今度は張から共同経営者になるように誘われる。近い将来、国際的な緊張関係に対応できる経営体制を確立するためだった。

 1917年ロシア2月革命の後、レーニンがソビエト政権の樹立を宣言した。翌年、日本政府はヴラジヴォストークに軍艦を派遣するなど、日本軍のシベリア進出が顕著になった。英国、仏国、米国、中国なども戦艦を送り込み、ヴラジヴォストークは騒然たる状況だった。ナホトカの中華料理店を任されて順風満帆に見えた染乃とイワーノフの生活は一転した。夫婦が経営する料理店も閉店を余儀なくされる。

染乃は日本軍の指揮官だった源田少佐から、大金を支払って営業継続することを強要される。金を支払う条件として染乃が呼び寄せた機一郎は、窮地に立つ染乃の状況を察知し、源田をその場で殺害した。源田の死が表沙汰にならない間に、染乃はペテルスブルグに旅立つことを決意する。張文国が資金を調達してくれて、染乃と夫のイワーノフ、機一郎の3人は、ナホトカの町を離れて、ロシアの都・ペテルスブルグに向かった。

【愛怨の章】

ペテルスブルグの裏通りの粗末な部屋で、3人の新たな共同生活が始まる。イワーノフは民衆の結束による新しい国づくりを目指していた。一方、様々な無理を重ねてきた機一郎は心身共に衰弱状態にあり、日ごとに悪化してゆくばかりだった。

そんなある日、イワーノフの妹であるナターシャが飛び込んでくる。ナターシャは反革命分子のスパイとして白ロシア関連の組織に情報提供する立場にあった。新国家の安定した社会体制を確立する、という夢を実現したいと奔走するイワーノフだったが、元々貴族階級出身の彼には周囲の労働者・プロレタリアートたちとの軋轢は厳しいものだった。染乃も機一郎もそんなイワーノフは政治活動や労働運動から身を引くべきだと考えていた。そんな矢先、ナターシャが新政府勢力に逮捕される。身の危険が及ぶことを恐れたイワーノフと染乃は、父母の逃避先であるブルガリアに転居し、父母を救い出そうと考えた。

染乃夫婦は、ブルガリア・リラの僧院の知人のもとに身を寄せていた。染乃はイワーノフと伴にヨーロッパの街で西洋料理の修業を積んで、いずれ日本に帰り西洋レストランを経営することを夢見る。当面の旅費や生活費は、英国人美術商の計らいにより、リラ僧院の副修道院長から譲り受けた貴重なイコンを換金することで捻出した。

染乃夫妻は、両親との再会を果たせないまま、生活を立て直すためにパリに移る。《花の都》の一隅で、二人はつつましいアパートに暮らしながら、中華料理店「東園」の店員として働き始めた。ところがその後、イワーノフは無断で店の仕事を休んだり、外泊したりすることが度重なる。それは、ソビエト政府を暴力で倒そうとするテロリストグループとの接触から生じたものだった。今度はイワーノフがそのテロリストたちの秘密を知ったことで、命を狙われる危険にさらされる。染乃は急遽イワーノフに、マルセイユから日本に帰国することを提案する。日本に向かう貨客船のなかで、染乃はイワーノフとともに長い流転の日々を思い起こし、しみじみと懐旧に耽るのだった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【流水の章】へ

 長い放浪と流転の歳月を経て、染乃とイワーノフノ夫婦は金沢に戻り、東山界隈を住処につつましく暮らしていました。染乃は横笛の師匠として、イワーノフは《俥引きのイワさん》として、街の人々に親しまれながら過ごす日々でした。ところが、ロシアではパルチザン(遊撃兵)が多数の日本人を殺害するという事件もあり、日本人の反露感情も増幅しつつあるという不穏な状況でした。染乃の中にも、日本という国は必ずしも懐かしい母国というだけのものではなく、何か得体の知れない怖さを感じるところがありました。それは列強に伍して世界の一流国に割り込んでいこうとする強引な風潮を根源とするものであり、とりわけ特務機関の男たちが放つ、染乃の嫌いな異臭でした。

 そんな染乃夫婦の平和な日々をかき乱す様に、貧しい身なりの不気味な老人が染乃の前に突然現れて乱暴な言動で驚かせます。それは、かつて橋場町の大店の主人で、東の郭でも豪遊と我儘で悪名を馳せ、右翼の壮士を雇って染乃を泥沼に突き落とした、花田屋の旦那の落ちぶれた姿でした。身代を潰して日々の暮らしもままならない花田屋は、染乃にお金を用立てるように身勝手な要求を強要してきたのです。哀れみと嫌悪感で、暗い気分に沈む染乃でした。

 

   だが、染乃の心を暗くしているのはそのことだけではなかった。彼が染乃の過去を町の人々やイワーノフに喋る、と言ったことだった。(中略)

   〈お金ですむことなら――〉と、染乃は考えた。パリで働いて貯金したお金が、まだ僅かだが残っている。イワーノフが俥を引くことをやめた時に、何かちいさな店でも一軒もちたいと思って大切に残してある金だ。

   その金を渡して、あの花田屋がそれで納得すればそれでかまわない。しかしはたして金だけでおとなしく引きさがってしまう相手なのだろうか――。染乃はそのことを考えつづけた。いっそ、自分の口からイワーノフに話してしまおうかとも思った。

   染乃がそう考えるのは,イワーノフと自分の間のつながりに対する強い信頼があったからだ。今ならもう、本当のことを話しても、二人の間はこわれない、という確信が染乃にはある。(中略)

〈どうして幸せというものは、いつもこんなにこわれやすいものなのだろうか〉と考えた。花田屋はいずれこのうちを探し当てて訪ねてくるだろう。そして、あの充血した動物のような目で染乃の体をねめ回し、イワーノフに、事実をさらに脚色した悪どい言い方で、染乃の過去を語るにちがいない。

 染乃はじっとしてはいられないような焦燥感にかられながら唇を噛んで、白く光りながら降り続ける雨を眺めた。 

 

 10余年ぶりに帰郷した金沢でも、また執拗に忍び寄る不安な影。最終章「流水の章」で、クライマックスにさしかかります。試練と救い、再会と新しい出会いと‥‥染乃の行く手にどんなドラマが待ち受けているのでしょう。高輪さんの心のこもった朗読はさらに続きます。次回、6月9日(日)をおたのしみに。ぜひ、お誘い合わせてお越しください。

  



 5月11日(土)第1回 詩入門

 書くことで自分を発見し、心を解放させる

 講師:井崎 外枝子(詩誌『笛』同人)

 

 午後からは第1回目の詩入門講座を開講しました。講師は詩誌『笛』同人の 井崎 外枝子(いざき としこ)先生、杉原 美那子(すぎはら みなこ)先生、詩誌『禱』同人の 内田 洋(うちだ ひろし)先生のお三方です。詩を読み味わい、詩の面白さや奥行きを学んだり味わったりしながら、実作を重ねて、それぞれの詩の世界を追求することを目指しています。

 初回は、井崎 外枝子先生の担当でした。詩の創作に向き合う姿勢や強い思いをはじめ、いくつかの詩作品を読み合わせして、それぞれの作品に託された詩人の願いや心情を読み取り、表現の特色や言葉の微妙な連鎖やその効果などを鑑賞しました。

 冒頭に,作詞家で知られる、なかにし礼さんの

 

 一行一行、今までになかったことを書くということは自分を発見することである。

 そうした創造は、心の解放につながる。

 

という言葉が紹介されました。書くことを通して自分と向き合い、心を解放させるきっかけとして、この講座が受講者の皆さんの生活のなかに浸透していくことを願っています。

 今回の講座で先生からご紹介頂いた詩作品の一部です。

 

幸せという名前     八木 紀子

アフリカの乾いた大地に

鼻のない子象が生まれた

名はバハティ

スワヒリ語で”幸福”という

家族に守られながら

腹ばいになって水を飲み

脚を折っては草を食べ 歩き

必死に生きていた

 

一年過ぎて

テレビから バハティの姿が消えた

どうしているのか

風が吹く朝

くらがり坂から

生きとんまっし

鼻がなくても象は象だよ

アフリカまで届け!さけんだ

私も“幸福”という名の病気を抱えている

 

*明るくおおらかなアフリカの人びとの温かい眼差しに見守られている子象。その子象と作者の距離が一挙に縮まる後半。金沢弁と最後の一行が際立つ。

 

浮きしずみする日々よ    椎野 光代

タラの大群

おしよせて

夜を眠れないでいる

 

妻にきらわれタラ

会社を首になっタラ

離婚されタラ

 

愛妻弁当をあけた日々がなつかしい

黄金いろの輝きがまぶしい

 

「妻」の文字が

「毒」の文字に変化する恐ろしい一瞬をみた

 

潮の流れがかわり

タラの大群をかきわけて

「タイ」の一匹をみつけた

さみしい幻覚の海に

きらきらと鱗をひからせて

めでタイがおよいでいる

 

鱈と

鯛がたえまなく

浮きしずみする日々よ

波間にただよう因果・宿命・定法の海草が

からまり

溺れゆく

 

*タラ(仮定)とタイ(願望)を日常生活と重ねて比喩的に表現した、そのユーモラスな着想が魅力的で秀逸である。

 

婆さん蛙ミミの挨拶     草野心平

地球さま

永いことお世話さまでした。

 

さようならで御座います。

 

ありがたう御座いました。

さようならで御座います。

 

さようなら。

 

*平明なやさしい言葉で伝わる思い。いぶし銀の命のきらめきを宿す蛙への畏敬。

 

6名の受講者でスタートしました。少人数鵜のよさを最大限にいかしながら、詩の一行一行に立ち止まって楽しみ、言葉の響き合いやつながりをじっくりと味わいながら創作の深化につなげタイものです。次回は、6月8日です。

 




 5月11日(土)第1回 小説入門

 悲しみ・怒り・切なさ…、経験こそが書く力

 講師:高山 敏(『北陸文学』主宰)

 

 新年号は「令和」と改まり、風薫る初夏の日差しあふれる本日から、今年度の連続講座が始まりました。小説入門講座の講師は、同人誌『北陸文学』主催・高山 敏(たかやま さとし)先生と、同人誌『飢餓祭』同人の 小網 春美(こあみ はるみ)先生のお二人です。短編小説の楽しみ方、創作上の課題とそのポイント、実際の書き方や注意点、添削の要領、受講者の皆さんの試作品の合評など、8回にわたって学びながら実践します。

 

 第1回目となる今回は、14名の受講生をお迎えして「小説を書く力」をテーマに高山先生が担当されました。

 受講の動機や具体的に書きたいことを、順次お伺いしました。自分自身や身内に起こった特異な体験、人の心の不思議さ、社会の不条理、民話をもとにした採録、自分の死と向き合い改めて人間とは、人生とは何かという課題、学校生活における辛い経験、対照的な二つの個性を浮き彫りにする…など、世代も幅広く、様々なテーマに向き合って小説に表現したいという意欲的な姿勢が感じ取られました。

 

『創作に当たり心がけたいこと』

①    小説とは。虚構の登場人物の考えと行動を、話の筋をもって描く。深い思想よりも、鋭い感覚を尊重する。

②    主題(テーマ)を一つに絞る。短編では登場人物も少なくして、一つのことだけを書く。

③    ある状態によって生じた主人公の心の動きや変化を書く。

④    初めは身近な出来事を。家庭、職場、学校など身辺の題材を描くのがよい。

⑤    対立、断絶、好悪、不安、不信、あこがれ、ときめき、苦悩、諦め、挫折、喪失、絶望など、感情を創作に投げ込む。

⑥    書き出しと結末がつながるような工夫をする。未解決のまま余韻を残すのもよい。

 

なぜ書くのか?!これを書かなければ死んでも死にきれない、書かずにはおれない!というモチベーションを維持し増幅させること。さらに、これまでの様々な特色ある経験が、書くエネルギーになるということを、最後に強調されました。

 次回は6月8日(土)で、小網先生の担当です。ご期待ください。




ページの上へ

金沢文芸館

〒920-0902 石川県金沢市尾張町1-7-10 TEL:(076)263-2444 FAX:(076)263-2443

アクセスマップ

展示日程の一覧

金沢文化振興財団