金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2019年3月

その289メイド・イン・オキュパイド・ジャパン



「レコードディレクター半世紀」と題したコロムビアディレクター、森淑(もり・きよし)さんの制作裏話やレコードを聴く会が当館で32日開かれた。今回は小坂一也編。

昭和29年、カントリーソング「ワゴン・マスター」でデビューし、当時アイドル的人気を誇った歌手だ。
歌謡曲のジャンルでは古賀政男作曲「青春サイクリング」、サンデー毎日に連載された漫画家・加藤芳郎原作を映画化した「オンボロ人生」(番匠義彰監督、益田喜頓、佐田啓二、宮城まり子、小坂一也など出演)などのヒット曲がある。
のち俳優としても活躍した。

 199762歳の若さで亡くなったが、1990年に「メイド・イン・オキュパイド・ジャパン」を河出書房新社から発刊している。

このタイトルは戦後昭和26年のサンフランシスコ講和条約が成立して独立国に復帰できたその日まで日本からの輸出品にうたれた刻印のことだ。
「メイド・イン・ジャパン」ではなく「オキュパイド」(占領下)が付け加えられている。

輸出品だけでなくレコードを入れるエンべロップ(袋のこと)や小さな鉄針のケースにまでその刻印がされていた。

 徳光和夫さんのレコード解説文「青春の小坂一也全集」のなかに
「上岡龍太郎が小坂一也は日本のポピュラー音楽の原点の人と言っていい。戦後のポピュラー音楽はアメリカによってもたらされたが、彼は日本のアイドルのはしりだ」
と書いている。森淑さんの指摘だ。

 19943月発売の全曲新録「小坂一也・ほほえみのつくりかた」が最後のアルバムになった。
そのなかの「今、いちばんのありがとう」はアリナミンのCMにも使われたが、浅丘ルリ子、岡崎友紀、YMOの細野晴臣、高橋幸宏、かまやつひろし、幼いころの平原綾香など多くの小坂一也の親しいメンバーが出演している。
もちろん森淑さんはじめ“音の匠“のコロムビアの録音エンジニア・武沢茂さんなども参加している。
心が暖かくなる唄だ。

 「ただ そばにいるだけで笑顔になってくる あなたのその気持ち良さ
 ぼくの元気になっている いい人に出会ったこと いい人を愛したこと
 今、いちばんのありがとう」



小坂一也とワゴン・マスターズ

1990年 小坂一也著

一番下に「Made in occupied japan」

左下に「Made in occupied japan」

針ケース「Made in occupied japan」
その288山中節CD制作のその後



館長ブログ255に「熱き想いが作った山中節のCD」を書いた。

加賀市山中温泉在住の若手で山中節の愛好者の面々が、消えていく山中節の音源を残していこうと、選りすぐりの23曲のいろんな山中節を集めて1枚のCD
「山中節アンソロジー」を作った話だ。
音源のみでなく歌詞、写真、解説の資料も24ページと充実している。(税込価格2,000円)

しかし、この音源収集活動のなかで、山中節は温泉民謡としては古いもののひとつに数えられているが、口伝えされたものが多くまとまった文献がないことがわかってきた。

いろいろ資料を集めてもっと歴史を調べねばとの想いが強くなってきた。

こうして、歌詞は少なくとも104編のバリエーションがあること、3代目米八と呼ばれた元芸妓・柳香(りゅうか)、浅草ゆめ子こと出井静枝(いずい・しずえ)さんが東京に在住しており、上京してのインタビュー内容、又一般に知られていない歌詞もまとめて掲載し、160ページの「山中節覚え書」を平成3011月に発刊した。

県の文化振興基金の助成を受けて、定価は500(税抜)だ。
加賀市の小中学校に寄贈したり、また希望者に販売することで地元が誇る芸能文化を広めたいという。

 新たな試みとして、地元の名物にと「山中節まんじゅう」を菓子店が開発した。まんじゅうの表面には山中節の歌詞が焼き印されている。
売上の一部を山中節普及活動や芸妓の活動支援にも充てるという。

 さらに温泉町の通りを「アイスストリート」と名づけていろんな店が28種類のオリジナルアイスを発売した。
もとはいえば温泉の源泉からつくった菊の湯アイスキャンディー。
金箔、お茶、ブルーベリー、フライ(揚げ)、ラー油、醤油、甘酒、チーズなどなどここでしか味わえない味のオン・パレード・アイスだ。

 自分の生まれた町を知り、誇りを持ってこの山中温泉を生きていく人たちがいる。

ホットで、豊かな気分にさせてくれるのは蓄音器と同じだ。




いろんな山中節23曲が聴けるCD
「山中節アンソロジー」

「山中節覚え書」

饅頭に山中節の歌詞が書かれている

「山中温泉アイスストリート」のチラシ
その287室生犀星が愛した食、酒、音楽

 毎年、寒さが厳しい2月に行われる「食談・フードピア金沢」が1985年の開催から30回を越えるまでになった。
この季節こそ食や酒が美味く、冬を彩る。冬の寒さを逆手にとってのイベントだ。

今年は様々なイベントの中のひとつとして、大正11年に建てられた西の茶屋街にある検番(芸妓の踊り、唄などの練習場所)を会場に室生犀星が愛した食、酒、音楽で金沢の夜を体感しようということになった。
犀星はこの西茶屋街のすぐ近くで幼少期を過ごしている。

 
音楽プロデューサー立川直樹さんの進行で、室生犀星のお孫さんである室生洲々子さん(室生犀星記念館名誉館長)が紹介するエピソード、小生持参の蓄音器とSPレコードで始まった。途中西の芸妓さんたちの踊り、唄も披露された。

食事の酒は犀星が金沢から取り寄せていた「福正宗」、室生家独自の「ひろず」(「がんもどき」のこと)と玉子10個を使い、醤油と少量の砂糖、酒、塩、味醂で味付けした卵巻。何層にも巻いた卵は重なって大きくなり、切り口はバウムクーヘンのようになったものが振る舞われた。
この2種類の特注品は金沢の一流料亭「浅田屋」の食事に色を添えた。

 

さて、当日聴いたレコードである。
モーツアルトのピアノソナタ イ長調第1楽章K.331、三浦環の「埴生の宿」、大正期のヒット曲松井須磨子の「ゴンドラの唄」、戦中の高峰三枝子「湖畔の宿」などの曲を昭和8年に発売されたコロムビアポータブル蓄音器NO.164で聴いた。
当時、この蓄音器の価格は100円で販売された。東京帝大の年間授業料が120円の時だったという。
ポータブル型としては高いほうの蓄音器だ。

昭和15年にコロムビアから発売された犀星自身の詩の朗読「こころ・足羽川・蝉頃・春の庭」も聴いた。
決して上手とは言えないが、金沢弁のイントネーションに触れることが出来た。

間違いなく金沢の人だった。




浅田屋の料理弁当

西芸妓衆の踊り、手前は蓄音器

室生洲々子さん(右)、立川直樹さん
昭和16年の「福正宗」ラベルの酒瓶がある

「をみなごのための室生家の料理集」
室生洲々子著  1,000円

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