金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2021年5月

その347目指すはハードとソフトの両輪


「蓄音機の時代」を上梓された加藤(かとう)玄生(みちお)さんはその著書のなかで、
「蓄音機そのものの愛好に傾いた人の代表は小説家であった上司(かみつかさ)小剣(しょうけん)(読売新聞の編集局長でもあった)氏で、音楽を聞くことのほうに傾いている人の代表はあらえびす(野村(のむら)胡堂(こどう)の名前で『銭形平次捕物控』の原作者、小説家でもある)氏だろう」
と書いている。

 上司小剣氏は、昭和11年に自らの著書「蓄音機読本」の中で4台持っていた蓄音機を2台に整理したと書いた。

1台はブランズウィック社の「マドリッド」蓄音機で、価格は800円だったという。東洋の総代理店を通して日本にきたのはこれ1台だけなので、もし他にあればそれは直接アメリカからもって来たものでありこれは日本唯一の品だと自慢している。

もう1台は、同じブランズウィック社の「セビリア」蓄音機を模した和製品で部品は皆舶来品を用い、価格は200円かかったという。
蓄音機道楽は機械に力をいれているので、レコードはまだ千枚そこそこで(少ない)と書いている。

 あらえびす氏は機械には無頓着だったそうだが、それでも愛機はビクターの8-30型、通称「クレデンザ」だった。
1軒千円で建つ時代にこの蓄音器は当時950円したというからというからすごい。

氏が40年ほどかけて集めたSPレコード盤は、13千枚あり、1956(昭和31)年、1万枚を東京都へ寄贈したという。

レコード盤の著作物は、「楽聖物語」、「名曲決定盤」など多岐にわたり改訂版、復刻版も出版されている。

 現在、当館の蓄音器は600台、それにかけるSPレコードは4万枚を超す。
ハードとソフトが収蔵の両輪。関連資料も対象だ。
当時の音を当時の蓄音器で聞くことで、往時の社会、生活、思想、人々の様子が垣間見ることができる。

 *加藤玄生、上司小剣両氏の書籍では、「蓄音器」ではなく「蓄音機」と書いている。


当館にある
ブランズウィック社「マドリッド」

上司小剣著「蓄音機読本」

あらえびす著「楽聖物語」

あらえびす著「名曲決定盤」

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