金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2019年4月

その291”不便“を楽しむ

「オーディオ文化は過去の昭和趣味として葬り去られるだろう」といわれるようになった。それでいいのだろうか。

高橋矩彦(のりひこ)著「ハイレゾリューションは必要か? オーディオ迷宮からの脱出」から引用する。

「すきなアーティストしか購入してもらえないCDは、年々、生産・販売とも減少の一途という状況だ。簡略で安価なCD情報を10分の1サイズに圧縮した音楽配信で満足している層に向け、安価で良質なオーディオシステムを提示できなければ、オーディオ文化は過去の昭和趣味として葬り去られるだろう。
音楽業界が定額配信をイヤホンで聞くユーザーだけになる前によい音楽をよいスピーカーで聴くと感動することを知ってもらわねばならない。残された時間はあまりない」と訴える。(*ハイレゾリューション→館長ブログNO.187に詳しい)

アメリカからの来館者であるTさんが言っていた。

簡単さ、便利さという利便性は、「不便さの楽しさ」というか何か大きなものを犠牲にしている気がする。むろんスマートフォンなしで生活できないくらい私たちは依存している。
でも週末に好きなアーティストを昔ながらの器機で聴くときは、とても贅沢な気持ちになれる。

いい音とはスペックや単純に音質の問題ではなく“自分が気持ちいい時間を過ごせることが出来る音、楽しくなれる音”のことではないか、と思うと。

 例えば、朝は軽いバロック調のクラシックを聞き、食事のあとは音量を上げたポップスを聞いて活力を入れる。昼からは歌謡曲を聞き、出かけたジムではガンガンなロックをヘッドホンでかけながら汗を流す。夜はワイングラスを傾け大きめのスピーカーでジャズ。ベースの低音、シンバルの高い音、どこかのラウンジで浸って聴いている感じ。
こうして聴いている機材、“モノ”を変えると随分気分が変わる。

 当館の“蓄音器の聴き比べ“で、音の違いを初めての方の耳が大きく変わるのを毎日見ている。



 「ハイレゾリューションは必要か? オーディオ迷宮からの脱出
高橋矩彦




当館2Fのある”蓄音器の聴き比べ”コーナー
エジソンから蓄音器の王様「クレデンザ」まで
10台あまりの生の音色が聴くことができる
1日3回、11、14、16時から30~40分程度
(イベントなどで時間の変更などがある場合があります)
その290元のあるじに出会った蓄音器

本年3月26日、神奈川県から5人連れのご家族が、4年前に寄贈したビクターのV.V.16号蓄音器をご覧になりたいと来館された。
寄贈された奥様とその娘さん2人、お孫さん2人だった。

この蓄音器のことを、小生は良く覚えていた。館長ブログ181にくわしいが、壊れていたのを懸命に修理したからだ。

 実は、寄贈されたのちに蓄音器やSP盤を見たい、聞きたいとのご要望には原則としてお答えできないことを了解の上で寄贈いただいている。

壊れて再生できず、部品どりすることや修理不能でやむを得ず廃棄する蓄音器もある。レコードは運送の際割れていたり、当館で演奏することで音溝が摩耗し聞けなくなるものもあるからだ。

 さて、事前に連絡を受けていたので、グレン・ミラーの「イン・ザ・ムード」、ティボーのバイオリンでベラチーニ作曲ソナタ、ホ短調の曲を準備しておいた。 

演奏が終わると寄贈された奥様は「よかったね、こんなに大事にされて」と蓄音器をなでながら優しく話された。
蓄音器にまつわるいろんな想い出をご家族に語ったに違いない。

送られてきたお礼状は暖かかった。



寄贈されたビクター・ビクトローラ16号蓄音器

ベラチーニ作曲 ソナタ ホ短調
バイオリン:ティボー

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