金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2024年5月

その414淡谷のり子をもう一度!

早いもので前日本コロムビアディレクターの森(きよし)さんの「レコードディレクター半世紀~昭和歌謡のうらおもて~」も22回目を迎えた。

今回は、NHK朝ドラで人気の「ブギウギ」の笠置シヅ子の相方、淡谷のり子にスポットを当てた。


会は、ベティ稲田も歌っていた「散りゆく花」(昭和15)、「インドの唄」が元唄だった「レモン花咲けば」(昭和13)で幕を開けた。
この2曲はいずれもジャズぽい。
青森県出身でクラシック歌手を目指した淡谷のり子だが、クラシック歌手の荻野(おぎの)綾子の勧めもありレコード歌手へ。
これを聴けば抜群の歌唱力がわかる森さん

作曲家,服部良一がコロムビアに入社して最初に作ったのが「おしゃれ娘」(昭和11)。
男声で人気のあった中野忠晴リズムボーイズの女声版リズムシスターズをつくり、スキャット的な音も入り、当時の日本的ジャズの良き時代がわかる曲だ。

昭和12年「私のトランペット」を服部は作曲し、このトランペット奏者が南里(なんり)(ふみ)()デキシ―ジャズペットの第1人者を満州からわざわざ日本へ呼んで録音したという。
森淑さんがコロムビアに入社したころも活躍されていたとのこと。

 当館に収蔵されていたレコード「悲しきインテリのワルツ」は、森さんも聴いたことがない曲だった。
出だしの旋律は、「なにかは知らねど~」というドイツ民謡「ローレライ」の曲で、歌いだしのところは転調している。
作曲家の井田一郎はセンスがあると思うが、聴く人によっては違和感を感じるかもしれない、

作詞は、菊田一夫とレーベルには記載があるが、サトウハチローの間違いだ。
菊田は当時浅草にいてハチローの家に居候していたため,コロムビアのディレクターは菊田に作詞料を払っている。(コロムビアの書類あり)
ディレクターの勘違い?で、訂正されていないのは余り売れなかったから?

また、「悲しきインテリ」という題名を女性の恋の悩みに関するようにすればもっと売れたかも?と、森さんは語る。

 時間が足りず紹介しきれなかったので、さらに続けたいと語る森さんに割れんばかりの拍手が送られた。


淡谷のり子


CO盤「悲しきインテリのワルツ」
作詞菊田一夫はサトウハチローの間違い


1948(昭和23)1月発売
「君忘れじのブルース」
作詞:大高ひさを、作曲:長津義司
その413「音色の維持は些細な修理で



毎日111416時から30分程度10台あまりの蓄音器の生の音色を聴く「蓄音器の聴き比べ」がある。
電気を使わなくとも大きな音が聴けるこの体験は人気があり、開始直前時間には来館者が急に増えるイベントだ。


その中に、大きなラッパがついた蓄音器らしい蓄音器の1台がある。
本体の周りは透明なガラスになっており、中のゼンマイの動きがわかるようになっている。
初代館長が考案したものだ。


その蓄音器がSPレコード演奏の途中で急に止まった。


調べてみるとレコード回転を調整するレギュレーター(スピードコントローラー)が機能していない。
つまみを回してもガバナーときちんとつながっていないのだ。
つまみとガバナーの繋がり部分が時々離れることがわかった。

その部分をヤスリで削り、離れにくくしたところ動き始めた。


些細な修理ではあったが、蓄音器は動かねば音は出ないのだ。


ついでに、修理の応援にきてくれていた蓄音器マエストロの浅井さんとホーンエルボウを抜けにくくするためビニールテープを巻き直すことにした。
絶縁用のビニールテープを短く10本切ってラッパの根元にきれいに並べて貼った。

これでホーン(ラッパ)は本体から抜けにくくなった。

 
細かいことでも面倒がらずに些細な修理を重ねることで、蓄音器の音色は維持されている。


初代館長が改良したゼンマイが見える蓄音器

スピードレギュレーターのつまみ 右へ回すと
回転が早く左へ回すとはゆっくり回転する

ガバナーについたフェルトで回転を調整する

ホーンエルボの内側にビニールテープを貼る

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