金沢蓄音器館

館長ブログ ほっと物語

2019年11月

その307前田家が聴いた時代の音

 


令和元年1026日、東京目黒にある前田侯爵邸で蓄音器の聴き比べがあり、「前田家が聴いた時代の音」と題してSPの音色を楽しんだ。

朝からあいにくの曇り空だったが111315時から当館の持参した8台の蓄音器から奏でる音に洋館1階の大客室は立ち見が出るほどの盛況だった。

 加賀百万石前田家は17代当主前田利建氏以降代々蓄音器を愛好してきた。それまで電気を使わない蓄音器に親しんでいた利建氏は昭和3年銀座の十字屋で初めて電気蓄音器(米ビクターNO.12-15)の音色を体験し、その低音のすばらしさに感動した。

以後3台の電気蓄音器を自分で制作(「電蓄回顧録」に詳しい)、音色を追求するため鉄針製造の「トリオ」という会社まで作った殿様だった。

戦後、コロムビアはLPレコード普及のため昭和32LP誕生10周年を迎えるにあたり「LP愛好会」を作った。利建氏はその会長に推挙され半年で2万人の会員が誕生した。(館長ブログその98に詳しい)

当館に寄贈された前田家所有のビクター8-30クレデンザ蓄音器のいきさつを小生が説明、利建氏の時代の曲をその時代の蓄音器で紹介した。

エジソンのアンベロール30ろう管蓄音器、エジソンダイヤモンドディスクL-35型、国産の量産蓄音器第1号のニッポノホン50号、昭和8年のコロムビアポータブル164号、蓄音器の王様といわれる米ビクターのクレデンザ、利建氏が所有していた英国H...163型、紙ラッパの英国E...エキスパート・ナイン、木製ラッパの米国ブランズウィック・バレンシアの8台だ。

演奏された盤も当館にある唄・三浦環「アロハ・オエ」、オスカー・フリード指揮ベルリン国立歌劇場管弦団「胡桃割り人形・花のワルツ」、淡谷のり子「伊太利の庭」、ダイナ・ショア「煙が目にしみる」、ジンバリスト(バイオリン)「愛の喜び」など貴重な盤をそろえた。

 
名器が奏でる時代の名曲はしばしその時代に我々をいざなった。
後日、日立市からの来館者からいただいた礼状には「日頃の喧騒から解き放たれた良き時間だった」と書かれていた。


ブランズウイック、クレデンザ、HMVの蓄音器
(左より)

エジソンろう菅、ダイヤモンドデスク、コロムビア164、
EMGエキスポート9(左より)

洋館1階の大客室は満席

若い方々も多い

右はニッポノホン50号
その306突然の「旅猿」テレビ取材

 

2019922日、テレビで見たことのある東野(ひがしの)幸治(こうじ)さんが取材させてと突然来館。
聞けば日テレ「東野・岡村(おかむら)(隆史(たかし))の“旅猿” プライベートでごめんなさい、、、何も決めずに石川県の旅」という番組とのこと。佐藤栞里(しおり)さんも一緒だった。

 

早速、小生が館内を3階から案内した。

岡村さん「どうしてエジソンは蓄音器を作ったんですか?」

「エジソンは耳が悪く、何度も相手に聞き返すが嫌だった。声を残しておけば聞き返さなくてもいいのではと考えたといわれています。必要は発明の母ですね」と小生。

 いろいろ館内を紹介した後、2階の蓄音器の聴き比べコーナーへ。

「EMGの蓄音器をどうしても聞かせてほしい。戦艦大和の大砲みたいですからね」と東野さん。
そこでジョー・スタッフォード「霧のロンドンブリッジ」をかけたところ「スゴーイ!音が当たってくる!」と3人が叫んだ。

「この蓄音器のラッパは紙で作られてます。しかもロンドンの電話帳の再生紙でといわれ、『それなら金沢の電話帳で作ったらどう?』と浅井百夫さんという方が110ケ月かかって作っちゃった。
ラッパの横に金沢の市外局番076が読めるでしょ。正真正銘の金沢産です」
と解説した。

「漫談ですね!」と東野さん。小生「おもしろいでしょ!」。

「いやいや館長の話がおもしろい!」館内一同爆笑。

3人は貴重な体験で大満足だった。

 それにしても皆、気持ちのいい人たちばかりだ。

小生も話の間の取り方、会話の合いの手の入れ方など楽しい話し方を勉強させていただいた。ありがとうございました。


放送された「旅猿」石川県の巻


岡村さん「EMG蓄音器をさわらせて!」
ロンドンの電話帳で作ったラッパ


金沢の電話帳で作ったラッパです
ラッパの横に市外局番076が読める


みんなで記念撮影
その305かたつむり型の「オーゴン」蓄音器

 

北海道から1台の蓄音器とSPレコード数十枚贈られてきた。
タオル、座布団などで随分丁寧に梱包されていたが、運送の折の取り扱いで蓄音器は蓋と前面の板2枚が大きく外れていた。

まずは、この板を木工用ボンドで接着させてから修理を開始した。

 

蓄音器は「オーゴン」の卓上型で「S-4」と型番がついていた。
蓋裏にある社名マークは、シールではなく凹凸のある金属板で、高級感を演出している。

 

この蓄音器は当館に収蔵されていない機種だ。いろんな資料を調べてもこの「S-4」についての記載は見当たらず、1930(昭和5)年7月頃に第1回発売された「8-1」のあとに作られたものではと思われた。

この蓄音器の最大の特徴は、ラッパが“かたつむりの殻”のような形をしていること。
そのためか「日英米専売特許」と書いたプレートが大きく貼ってある。

写真のようにとてもきれいでしっかりとした造りだ。これなら低音は良く出るだろう。

 

音の入り口であるサウンド・ボックスは一見ビクター社製のように見えたが、裏には“オーゴンNO,5”,製造は“YOYOSHA TOKYO”と書かれていた。

分解してみるとジュラルミンの振動板のビビリを防ぐためにゴムのパッキンで両サイドから押さえてある。つくりも丁寧だがトンボ(針音を振動版に伝えるL型の棒)の止め方は少しぐらつく。これでは音はビビルだろう。
このビビリを止めるためあの金沢の電話帳で紙ラッパを作った浅井百夫蓄音器マエストロ(ブログ169に詳しい)がネジを閉めた。

ピタリと止まった。

 

内部のゼンマイを見た。ゼンマイを収める外枠には丁寧に“AUGON”とあり、随分手が込んでいる。が、1重ゼンマイなので再生時間は短いと思う。
回転を制御させるガバナーはおもりが3つあるのできれいに盤は回る。

 

音を聴いてみた。ビング・クロスビーの「Too Young」はそこで歌っているように聞こえた。    



オーゴン蓄音器 まずは外観を修理した

モデル S-4 とプレートに記載

サウンドボックス 裏にはNO.5と刻印が

きれいなゼンマイ 1重巻

最大の特徴は一体化されたラッパ

ページ