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2024年5月

五月人形と着物で記念撮影
2024年5月5日

 今年のゴールデンウイークはお天気に恵まれ、多くの子供たちにご来館いただきました。初節句の赤ちゃんから小学生まで、きょうだいまたは友達同士での参加がありました。
 そんな子供たちのステキな写真を紹介します。大きな画像は着物体験アルバムでご覧ください。

 これからしばらく暑い季節が続きますので、着物体験はしばらくお休みし、9月下旬に再開予定です。詳細が決まり次第、改めてご案内いたします。

2024年4月

「端午の節句展~座敷のぼり~」1.昭和初期
2024年4月29日

 現在開催中の企画展「端午の節句展~座敷のぼり~」(~令和6年6月2日(日))をより深く知っていただくために、ブログで紹介します。
 現在では見かけなくなった「座敷のぼり」ですが、かつては五月人形と一緒に飾られていました。その名の通り、部屋の中で飾る幟旗やこいのぼりのミニチュアです。今回紹介する昭和初期のものは全体的に大きく、手前に飾るヨロイ(具足飾り)は現代のものより小さいのも特徴です。
 まずはのぼりを立てる土台にご注目ください。直線的で平らな「平枠」と、少しずつ角度を変えて内側に向かって両袖が曲がっている「屏風枠」の2種類があります。当館では収蔵品のほとんどが「平枠」で、「屏風枠」は1点しかないため、貴重なものとなっています。
《注記》当初はのぼりを立てる土台の名称を「平枠」と紹介し、直線的な形状のものが中京・近畿地方に主に見られるとしましたが、形状によって「平枠」と「屏風枠」という名称があり、関東・関西いずれにも見られるとご指摘をいただきましたので、修正いたしました。

 のぼりには絵や家紋などが入っており、今回紹介したものはいずれも「ショウキ(鍾馗)」が描かれています。ショウキは中国の魔除けの神で、日本では疱瘡除けや学問成就の神様として知られ、端午の節句に絵や人形を飾る風習がありました。魔除けの神らしく、大きな目でにらみつけるような絵が多く見られます。
 ちなみに1枚目の座敷のぼりには、菖蒲とヨモギを描いたのぼりを2本立てています。こちらも端午の節句には欠かせないものです。

 座敷のぼりは奇数ののぼりなどを立てますが、当館では7本立が多く、次に多いのが9本立です。本数が増えると、毛槍や布に包まれた道具を立てるようになります。5枚目はその道具の一つで、長刀(なぎなた)と考えられます。この他にもひな人形の仕丁が持つ立傘・台笠も立てられます。現在はなじみのない道具ですが、金沢では奴行列の持ち物にも同様のものが見られます。そう考えると親近感がわくのではないでしょうか。

     

 次回は昭和中期の座敷のぼりを紹介する予定です。

「ひな飾り展~内裏びな~」3.江戸風内裏びな
2024年4月6日

 前回のブログで紹介しましたが、江戸風の大きな特徴は女びなの手が袖の中に隠されていることです。このため、袖口の立派な刺繍がよく見えるように広げられています。
 そしてもう一つの大きな特徴が男びなの衣が華やかであること。1枚目は分かりにくいですが、2枚目は明らかに明るい色になっており、金糸などが使われています。
 京風は大きなものが多かったのですが、江戸風はかなり小さなものも残されています。

 3枚目は大正10年(1921)の久月製です。女びなの手があり、以後江戸風と京風と区別しづらくなっていきます。けれども男びなの足に注目してみると、古い江戸風と同じように足を斜め後ろに向けて座っています。京風は足を前で組みますから、こちらもまた江戸風の特徴と言えます。

 しかしながら、昭和20年代以降は現在のように正面で足の裏を合わせて座るようになります。

 企画展「ひな飾り展~内裏びな~」は4月7日(日)で終了しますので、ご注意ください。

 4月8日~12日は展示替えのため休館し、次回は「端午の節句展~座敷のぼり~」(4月13日~6月2日)を開催します。

2024年3月

おひなさまと着物で記念撮影 第3弾
2024年3月31日

 人気のイベント第3弾は春休みに合わせて行っています。今回はよい天気に恵まれ、多くの子供たちにご来館いただきました。
 そんな子供たちのステキな写真を紹介します。大きな画像は着物体験アルバムでご覧ください。

 次回はゴールデンウイークに開催します。今年は4連休ですが、例年通り5月4日(土・祝)・5日(日・祝)に行います。
 4月16日(火)9時半より受付開始となりますので、改めてご案内いたします。

「ひな飾り展~内裏びな~」2.京風内裏びな
2024年3月24日

 かつてひな人形は京都と江戸で作られており、様々な特徴がありました。今回紹介する京風内裏びなはそんな特徴に注目していただければ幸いです。
 明治時代までは引き続き大きな内裏びなが作られます。京風の内裏びなの特徴の一つとして、最も分かりやすいのは女びなの手があることです。江戸風は袖の中に隠してしまうので、きれいに袖の形が作られています。そして前回のブログで紹介した江戸時代の内裏びなもすべて京風です。
 また、衣の配色が落ち着いた雰囲気(金色などを多用しない)なのも特徴とされています。特に1つ目のものは男びなが黒一色なので、その雰囲気が感じられると思います。
 2つ目の男びなは太刀の先が後ろでまっすぐ立つように飾るのですが、すぐ倒れてしまうので、写真でご覧いただければ幸いです。この太刀の形は京風に限らず江戸風でも見られますが、古い内裏びなが主です。

 そして京風のもう一つの大きな特徴は、男びなが足を組んでいることです。3つ目の内裏びなはふだんの姿を再現した「有職びな」と見られますが、飾りがない分男びなの足元が見やすくなっています。
 なお、こちらの内裏びなは本来は「御殿飾り」の中に飾ります。「金沢ミュージアム+」でこの御殿を3D化してもらいましたので、こちらのリンクからご覧いただけます。

 次回は、明治~大正の江戸風内裏びなを紹介する予定です。

貝合わせで遊んでみよう
2024年3月10日

 先週のイベントも寒かったですが、今週も寒く、ほぼ満開の梅の枝に雪がつもって絵画のような光景となりました。足元にも積もりましたが、雪すかしをするレベルではないので、やはり春がもう近づいているようです。反対側の白梅にはなんとメジロが二羽も来ていました!。残念ながら写真には写ってもらえませんでしたが、その愛らしさに癒されました。
 さて、ひなまつりにはハマグリを食べる風習がありますが、今回はその貝殻を活用した「貝合わせ」という遊びを体験していただきました。
 写真のようにたくさん並べた中に一つ置いて、対になる貝を探します。よく似た模様の貝を入れるようにしていますので、貝を増やすとかなりの難易度になります。今年は48個を並べてみました。

 ちなみにお子様も参加されるので、当館では分かりやすいようにひな人形の絵を入れています。並べると五段飾りになり、お供えとして金花糖とあられがあります。
 ハマグリの表面をきれいにする必要がありますが、大きなものを食べた時は記念に取っておくのもありかもしれません。ここまで揃えるのは大変ですが、布で覆って小物にしたりと色々活用できるようです。

おひなさまと着物で記念撮影 第2弾
2024年3月3日

 人気のイベント第2弾は久しぶりに3月3日のひなまつりに重なりました。2日は急速に冷え込んで雪マークがつきましたが、多くの子供たちにご来館いただきました。
 そんな子供たちのステキな写真を紹介します。詳細は着物体験アルバムでご覧ください。

 なお、第3弾の3月30日(土)・31日(日)はまだまだ空きがございます。春休み中の開催となりますので、よろしければどうぞ。

2024年2月

「ひな飾り展~内裏びな~」1.江戸時代の内裏びな
2024年2月24日

 現在開催中の企画展「ひな飾り展~内裏びな~」(~令和6年4月7日(日))をより深く知っていただくために、ブログで紹介します。
 当館では1800年代前半から幕末にかけて大小5組の内裏びなを所蔵しており、このうち3組はここ数年の間に寄贈された物です。金沢は戦争で焼けていないので古い物が残っているのですが、大事にされてきたということでもあります。
 大きい物は高さが40cm近くあるため、木箱も大きくなります。背景の金屏風はひな飾り用ではないのですが、一緒にいただいて活用させていただいております。
 かつてひな人形の首には数字があり、大きさを示していました。数字が小さいほど大きくて高級品で、上級武家など限られた家で飾られていました。今回は解説にその数字を併記しています。
 そして昨年「日本玩具博物館」(兵庫県姫路市)で教えていただいたのですが、男びなと女びなの衣に同じ布が使われているのがセット品の証なのだそうです。見比べやすいように合成してみましたが、袖口に注目してみると、一番内側の衣が同じ布になっています。どこに使うかは人形によって異なるので、来館の際に注目していただければ幸いです。

 江戸時代後期には江戸(現・東京)でガラスの玉眼を入れる技術が生まれます。後に京都でも取り入れられ、大きな目に変わります。当館では木箱に安政6年(1859)と入った内裏びなが玉眼です。このため手描きの内裏びなはそれ以前と考えています。

 なお、江戸時代の内裏びなは資料保護のため照明を暗くしていますので、ご了承ください。

 次回は、明治~大正の京風内裏びなを紹介する予定です。

おひなさまと着物で記念撮影 第1弾
2024年2月18日

 2月10日(土)より始まりました企画展「ひな飾り展~内裏びな~」は多くの方にご来館いただいております。その記念撮影スポットの集合ひなの前で、多くの子供たちに着物で思い出作りをしていただきました。人気のイベントにつき久し振りにほぼ満員となりました。
 そんな子供たちのステキな写真を紹介します。詳細は着物体験アルバムでご覧ください。

 なお、第2弾の3月2日(土)・3日(日)はまだまだ空きがございます。ひなまつり当日のため混雑が予想されますので、早めにご予約いただければ幸いです。

「昔の印刷」6.ワープロ
2024年2月2日

 最後に紹介するのは「ワープロ」(ワードプロセッサ)です。第4回でタイプライターを紹介しましたが、和文タイプライターは2,000文字以上の活字を用意しなければならず、漢字に対応するのがとても大変でした。このため日本語用のワープロの開発にあたり、入力した文字をどのように変換するのかが大きな課題でした。昭和53年(1978)に東芝が最初の日本語ワープロを発表し、歴史的な業績を成し遂げました。その後他社も参入し、昭和60年(1985)には数万円台まで価格が下がり、個人でも使うようになりました。
 今回展示したのは昭和61年(1986)にNECが発売した「文豪mini7G」です。キーボードが色分けされており、文字配列を「あいうえお」順に切り替えることができました。キーボードを収納して、上部の大きな持ち手を出して運びました。天板の灰色部分はプリンターで、この一台で印刷までできたのです。

 もう一つは平成6年(1994)にカシオが発売した「PX-8」。本体がかなりスリムになり、モニターを倒して収納しました。今回こちらを紹介したのは年賀状用のフロッピーディスクが充実しているからです。フォント2枚、年賀状のアプリケーション2枚、イラスト2枚で、これだけのものを使いこなしていたということが分かります。ちなみに干支は翌年の平成7年の亥で、購入して最初の年賀状ということで残ったのかもしれません。
 プリンターは後ろから紙を差し込んで印刷しましたが、金と銀のインクリボンも残されていました。
 ワープロの全盛期は短く、平成10年代にはパソコンが主流となります。けれどもワープロで生まれた漢字変換機能は欠かせないものとして今も私たちの生活に深く関わっているのです。

  企画展「昔の印刷」は2月4日(日)で終了となりますので、ご注意ください。

 2月5日(月)~9日(金)は展示替えのため休館で、2月10日(土)より企画展「ひな飾り展~内裏びな~」を開催します。詳細は改めてご案内いたします。

2024年1月

金沢デジタルミュージアム+のご案内
2024年1月28日

 1月27日より金沢くらしの博物館、金沢市老舗記念館、金沢湯涌夢二館、金沢湯涌江戸村の所蔵品が追加公開されました。今後も順次追加公開される予定です。
 金沢ミュージアム+(プラス)では、金沢市が所蔵する様々なコレクションを公開しています。
 今回は所蔵品のうち1,009点を公開しました。3月までは月1回、4月以降は随時追加する予定です。詳細は金沢デジタルミュージアム+でご覧ください。

「昔の印刷」5.年賀状の印刷
2024年1月25日

 年賀状を出す風習は平安時代からあったとされますが、明治時代に郵便制度が始まると多くの人が出すようになりました。昭和24年(1949)12月にお年玉くじ付き年賀はがきが登場し、正月の風物詩として定着していきます。
 現代はパソコンなどで簡単に絵や文章を印刷することができますが、かつては一枚一枚手書きしたものです。今回紹介するのはそうした時代の年賀状に使われた道具たちです。
 1枚目は手作りの木版です。「初春」に鶏の絵と一緒に残された年賀状から昭和32年(1957)用と考えられます。2枚目は木版や年賀状と一緒に入っていたスタンプです。十二支すべてではありませんが、毎年少しずつ買い集めた物です。住所氏名印と一緒に空き箱に保管されており、毎年年末になると取り出していたと思われます。
 そしてスタンプ台も歴代のものが残されており、昭和初期の物から現代とほぼ同じデザインになったものがあります。多くの方がこのいずれかのデザインのものを使っていたのではと思います。なお、3つとも色違い(青・茶・黒)なので残ったようです。

 そんな年賀状の印刷を大きく変えたのが、昭和52年(1977)に理想科学工業が発売した「プリントゴッコ」です。家庭で大量にカラー印刷できるようになり、年末の風物詩が大きく変わりました。今回は昭和56年(1981)のB6と昭和62年(1987)のPG-10の2つをランプ等の付属品とともに展示しております。

 プリントゴッコが最も革新的だったのが、書いた原稿をそのまま印刷できることでした。すでに謄写版印刷でこの技術はあったのですが、事前に作った原稿を焼き付けて版を作り、さらに細かく色分けしてカラー印刷できるようにしたのが大きいです。
 映像で使い方を紹介するために20数年ぶりに製版してみましたが、年代物のインクが分離しており、うまく行きませんでした。それでもおおよその雰囲気はお伝えできたかと思います。

 次回は、ワープロを紹介する予定です。

「昔の印刷」4.タイプライター(英文・和文)
2024年1月7日
     

 今年の元旦は大変なことになってしまいました。能登半島地震で被害に遭われた皆様に心からお見舞い申し上げます。
 博物館は臨時休館をいただき、展示物や設備の点検を行った上で6日より開館しております。建物(国指定文化財)に大きな被害はありませんでしたが、エレベーターが故障しました。当面の間ご迷惑をおかけしますが、ご理解いただけますようお願い申し上げます。
※1月10日に修理完了し、エレベーターが使用可能になりました。(1月11日追記)

 さて年明け最初に紹介するのは「タイプライター」です。私たちの生活に欠かせないパソコンのキーボードの文字配列はこのタイプライターが基になっています。
 館蔵品で最も古い物は大正13年(1924)に発売されたもので、アーム(活字)が動いて印字するのが見える「フロントストライク」方式のものです。当初のタイプライターは活字が見えず、うまく打てたかどうかがわからなかったそうです。
ちなみに白いタイプライターは昭和40年(1965)のもので、ドイツ語・フランス語にも対応しています。当時大学でドイツ語を学んでいた方が使っていた物です。
 インクリボンは布にインクをしみこませたもので、ある程度印字したらスライドさせて使います。黒と赤の二段になっており、特定のキーを押すなどして色を切り替えました。
 古い物はしっかりとキーを押さないと印字されないのですが、新しい物は軽い力で打てるようになっています。とは言え、人によって濃淡が発生しますので、後にモーターで均等に印字する電動式が登場します。
 当館では複数のタイプライターを所蔵しているので、二つの方法でお客様に印字体験してもらうことにしました。いずれもタイミング次第ということになりますが、できるだけ多くの方に体験していただければ幸いです。
 その1「タイプしてみませんか?」(不定期、約10分)学芸員の出勤日に受付にボードを設置
 その2「タイプライターを打ってみよう」(1月20日(土)10時~、11時~、約30分)当日申込可
なお、「アルファベット(大文字)」と「カタカナ」が打てます。

 日本語はカタカナだけでは分かりづらいので、漢字が欠かせません。そこで開発されたのが「和文タイプライター」です。活字を一つ一つ印字しますが、問題は「何文字」用意して「どう並べるか」です。
 今回は館蔵品を2点展示しておりますが、いずれも2000文字以上が文字盤に入っています。よく使われる文字は中央などに集め、他の文字は「音読み」で並べてあります。この音読みが難易度を上げており、文字の配置を頭に入れたプロでなければスムーズに探すことができないのです。
 別コーナーのパーテーションパネルで文字配列表を紹介しておりますが、4つの例文があります。是非「文字を拾って」みてください。

 次回は、年賀状にまつわる印刷を紹介する予定です。

2023年12月

「昔の印刷」3.謄写版とレタリング
2023年12月27日

 前回まで紹介してきたものは印刷会社が主に行うものでした。今回からは私たち一般人が仕事などで扱うものを紹介します。
 最初に紹介するのは「謄写版」です。ヤスリの上にロウ原紙をのせて鉄筆で文字を書く時にガリガリと音がするので「ガリ版」の名前で親しまれています。エジソンが発明した原理に出会った堀井新次郎が、明治27年(1894)にこの印刷方法を開発しました。学校などで使われた方も多いと思います。

 謄写版の最も優れた点は、印刷会社のように左右反転せずに書いた物をそのまま印刷できるということです。しかし、書いただけでどうして印刷されるのでしょうか。印刷した物を拡大してみると、細かい丸で文字が構成されていることが分かります。このためにヤスリの上で文字を書く必要があるのです。ちなみに書く時に力を入れ過ぎて穴があいてしまうこともあったとか。

 ところで皆さんは普段使っている文字の書体にこだわりはありますか?パソコンで文書を作ると明朝体かゴシック体が多いと思います。こうした文字も一つ一つ誰かがデザインしてパソコンの中に入れて、私たちが使えるようになっているのです。
 せっかくなので主な書体で館名を書いてみました。左から明朝体(止めを強調)、ゴシック体(均等な太さの線)、楷書体(習字の基本の書体)、隷書体(書き出しと止め・払いが特徴的で、横線に波を打つようなカーブ)、篆書体(最も古い書体で象形文字のような線)、勘亭流(歌舞伎などで使われる太い書体で、内側に曲げるように書く)です。
 ※書体デザインには続木湖山監修『模範書体字典』を参考にしました。
 パソコンでも年賀状用ソフトなどでこのような書体が入っていることがあり、知らず知らずのうちにお世話になっています。

 せっかくなので昭和のデザイン本を参考にした館名も書いてみました。製図用としていただいた「つけペン」と同様のものを使用しているのですが、イラストなどにも使うGペンや丸ペンが含まれていました。文房具ではありますが、現代のようにパソコンが主流になるまでは、誰かが原稿を書かねばならなかったのです。そういう意味では印刷に欠かせないものということで、展示させていただいております。
 ※館名デザインにあたり、稲田茂『日本字フリースタイルコンプリート』を参考にしました。

 次回は、タイプライターを紹介する予定です。

 なお、博物館は12月29日から1月3日まで年末年始休館となりますので、ご注意ください。

「昔の印刷」2.金沢の印刷物
2023年12月17日

 現代は全国各地で印刷された物が流通していますが、かつては地元で印刷・配布するものでした。金沢にも多くの印刷所があり、その名前が入った物も残されています。
 最初に紹介するのは「東西繁栄鏡」です。いわゆる番付ですが、市内の商店を東西に分けてランク付けしたものです。2枚目が拡大したものですが、東は「尾張町 森八干菓子」「尾張町 福久屋烏犀圓」「堤町 鶴九金物類」、西は「片町 木倉屋□(長+久)負所」「堤町 中屋混元丹」「片町 亀田紫雪」が上位になっており、その半分を老舗の薬屋が占めています。発行年が記されていないので年代不詳ですが、店名や町名から江戸後期以降と思われます。

 続いて紹介するのは暦です。当時のカレンダーですが、江戸時代から明治初期にかけては木版刷りで作られていました。京都で作られた物を金沢で印刷する形をとっています。
 明治5~8年が欠けていますが、少なくとも明治9年には活字印刷になったことが分かります。発行者は「士族」とありますので、新しい仕事として活字を手に入れて印刷を始めたと考えられます。

 当館では主に明治時代に発行された「引札」を多数所蔵しています。昔のチラシですが、特に正月用に配られた物が色鮮やかでおめでたい絵柄なので、大半を占めます。最初に紹介するのは地元で印刷されたもので、右下に「右暁」とあり、地元の画家・高村右暁と考えられます。明治23年の暦も入っており、発行年代が確かなものの一つです。
 もう一つはさらに色鮮やかで、恵比寿の着物などにエンボス加工が入ったものです。こちらは出版社名はないのですが、大阪で機械木版刷で作られたと考えられます。見本を全国各地に配り、注文したものに現地の店名などを印刷しました。金沢では明治20年代ぐらいから見られ、しだいに主流となっていきます。

 次回は、謄写版などを紹介する予定です。

着物で記念撮影~冬編~
2023年12月10日

 今年の秋の着物体験はあまりお天気に恵まれませんでしたが、冬編は平年よりも高い気候で、外に出ても寒くないという状態になりました。おかげで、松の木などをバックに記念撮影を楽しんでいただくことができました。
 そんな子供たちのステキな写真を紹介します。詳細は着物体験アルバムでご覧ください。

2023年11月

「昔の印刷」1.様々な版
2023年11月30日

 現在開催中の企画展「昔の印刷」(~令和6年2月4日(日))をより深く知っていただくために、ブログで紹介します。
 最初に紹介するのは「木版(版木)」です。文章も絵もすべて一枚の板に彫りこんだもので、こちらは一度に2ページを刷ることができます。「小学読本」とあり、明治初期の国語の教科書です。昔の本は半紙に印刷して二つに折って製本しましたので、このようなレイアウトで木版を作りました。細かく彫るために、堅い桜・朴・桂などを使いました。
 ちなみに裏面にも教科書の続きがあり、こちらは刷ったものを展示しています。文部省が発行していますが、全国各地の書店で印刷されたようで、市内の供田書店が使用したものです。

 明治に入ると、外国から新しい印刷技術が入ってきました。政府が招聘したキヨッソーネが伝えた「凸版」は電気鋳造法で金属を腐食させて作るため、木版ではできなかった精密な線を印刷することができるようになりました。
 写真は昭和30年代(推定)ですが、ローマ字の教材として使われたもので、遠足に行く様子を表しています。右上にローマ字で「TANOSII ENSOKU」とあるので、日本語の発音を重視した「訓令式」が使われています。



 こちらは凸版と木版のセット品で、図案は神武天皇と金鵄(きんし、金色のトビ)です。人物の細かい線などを凸版で、鎧や弓などの色は木版でつけたようです。


 最後に紹介するのは「写真版」です。拡大してみると斜めの線が無数に入っていることが分かります。このため、「写真網版」とも言います。点の大小で濃淡を表して写真を再現しています。
 こちらの写真の年代・用途は不明ですが、活字を組んだ記事と組み合わせて使われたと考えられます。

 次回は、金沢で発行された印刷物を紹介する予定です。

「加賀つまみ絵」5.めでたきもの(その2)
2023年11月17日

 前回は鶴などを紹介しましたが、今回は十二支がテーマです。制作年は不明なものが多いのですが、1年に一度作られていたようです。
 まずは今年の干支「卯」です。色紙の銀の円を月に見立てて、お餅を搗いています。これまで紹介してきた作品は小さなつまみ細工で表現することが多かったのですが、こちらは大きなつまみでシンプルに表現しています。こうした潔さも素晴らしいと思います。このような作品も複数あり、布に模様を描いたりしています。
 対照的なのが「寅」です。小さな裏丸つまみを無数に並べて毛並みと配色を表しており、小さな爪もつまみで作られています。さらに顔は土台の上につまみを配置しており、周囲より一段高くなっています。
 「寅」はシンプル版も一緒に展示しておりますので、一緒に楽しんでいただければ幸いです。

 もう一つは「酉」です。短冊の縦長を生かして梅の花を見上げる姿を表現しています。こうした短冊も複数あり、小さいながらも特徴を捉えた作品を作られています。

  特別展「加賀つまみ絵」は11月19日(日)で終了となりますので、ご注意ください。

 11月20日(月)~24日(金)は展示替えのため休館で、11月25日(土)より企画展「昔の印刷」を開催します。詳細は改めてご案内いたします。

親子で着物体験
2023年11月12日

 今年の気候はなかなか先が読めず、再び週末寒波となりました。今回は親子が対象のイベントです。例年6月に開催しておりましたが、気温が高くなってきたため、今年から11月に変更しました。とは言え、コロナ禍でここ数年中止しておりましたから、4年振りの開催となりました。
 この日のために張り替えた和傘もやっと出番です。大人用しかないので基本はご両親。そして時々小学生を中心にお子様も差していただきましたが、重たいという子も軽いという子もいて、反応はそれぞれでした。
 なお、通常の着物体験では体の小さい未就学児が多いので、和傘体験は当面親子イベント限定とさせていただく予定です。
 そんな親子のステキな写真を紹介します。詳細は着物体験アルバムでご覧ください。

「加賀つまみ絵」4.めでたきもの(その1)
2023年11月8日

 今回は紹介するのは、つまみ細工で生き物を表現したものです。第1回で紹介した「のし飾り」にも鶴がありましたが、舟に見立ててあったので分かりにくかったかもしれません。
 という訳でおめでたい「鶴」です。仲良く羽ばたいている姿を表現しています。羽根の一つ一つをつまむ訳ですが、翼は細長い裏剣つまみ、胴体は裏丸つまみと使い分けて、羽根の長短を表しています。けれども翼のつまみはさらに長短があり、植物と同じく細かいところまで観察されていると思います。

 もう一つは「鳳凰」です。伝説の鳥ですが、作品のように複数の色を組み合わせた物や、黄色やまっ白な物も作られています。このような鳳凰のポーズは定番ですが、翼の内側を違う色にして複雑な形にしています。胴体の内側には綿を入れて立体的にした上で、頭を少しだけ持ちあげています。目玉はビーズで、尾の一部にも一つ一つビーズがつけられています。
 この作品も非常に細かい所に工夫がちりばめられていて、さらに74歳の時の作品ですから意欲的に作品に取り組まれていたのが分かります。

 次回もおめでたいものをテーマにした作品を紹介する予定です。

2023年10月

「加賀つまみ絵」3.花をかたどる(その2)
2023年10月26日

 前回紹介した作品は基本の折り方が中心でしたが、今回は本物に近づけるために独自の工夫をした作品を紹介します。
 まずは「ひなげし」です。しわのある花弁が特徴的なため、布をつまんだ後にしわをつける必要があります。そこで野村氏は布の一部(繊維)を引っ張るようにしてしわを表現しています。言葉で書くのは簡単ですが、布を潰してしまわないように加減がなされており、立体的な花弁を生み出しています。

 もう一つは「バラ」です。外側は角形に折りたたんでいますが、中心部分は立体感を出すために立てるとともに、端をきれいに巻いています。単に同じ形の物を重ねただけでは本物感が出ませんので、このように細やかな工夫をされているところが、野村氏の観察力と表現力の素晴らしさを感じさせます。
 このような細部にも注目してご覧いただければ幸いです。

 次回はおめでたいものをテーマにした作品を紹介する予定です。

着物で記念撮影~秋編・第2弾~
2023年10月22日

 秋らしい気候が続いておりましたが、前日の金曜日から急に気温が下がり、平年より寒い日となりました。そんな中、元気に来館した子供たちが着物体験を楽しんでくれました。幸い日曜日は天気も回復し、玄関付近で撮る姿も見られました。
 そんな子供たちのステキな写真を紹介します。詳細は着物体験アルバムでご覧ください。

「加賀つまみ絵」2.花をかたどる(その1)
2023年10月11日

 つまみ細工は昔は櫛や簪(かんざし)などの飾りとして作られており、現在も花をかたどった作品が多数見られます。今回紹介する作品も大半が花を主題としており、本領と言えます。
 まずはチラシに掲載した「桜」ですが、幅1mの額入りの大作です。写真はその一部ですが、太くて大きな幹から伸びた枝に多数の花が咲いています。丸つまみで花弁を作っていますが、すき間なく詰めたり花を重ねることで立体感を生み出しています。
 野村氏は「絵画的造形美術」としてできるだけ本物の花に近づけるようにつまみ絵を作っており、幹の表面も細かく立体的な細工をしています。

 もう一つは「ひまわり」ですが、花は放射状に細長い裏丸つまみを並べ、葉の形を一つ一つ変えるなどしています。本物の花を細かく観察した上で作品にしていることがよく感じられますが、驚異的なのは花の中央の円盤部分です。ごく小さな剣つまみを無数に並べ、しかも外に行くにしたがって茶色になるように細かく配色を変えてあります。
 このような手先の細やかさと根気の良さが、これらの作品の根底にあると思います。来館された際にはじっくりとご覧いただければ幸いです。

 次回も花をテーマにした作品を紹介する予定です。

着物で記念撮影~秋編・第1弾~
2023年10月1日

 今年は平年よりかなり気温が高く異例の夏でしたが、9月下旬でも最高気温が高い日々が続きました。けれども秋らしい風が吹いてくれましたので、予定通り着物体験を開催し、多くの子供たちが参加してくれました。
 そんな子供たちのステキな写真を紹介します。詳細は着物体験アルバムでご覧ください。

2023年9月

「加賀つまみ絵」1.つまみ絵とのし飾り
2023年9月18日

 現在開催中の特別展「加賀つまみ絵」(~11月19日(日))をより深く知っていただくために、ブログで紹介します。
 「つまみ絵」という言葉はあまりなじみのないものですが、主に3センチ角の布を一つ一つ折って作るつまみ細工の技法を使って絵画にしたものです。例えば梅の花などは、「丸つまみ」を5枚作り中央に花弁をつけて表現することができます。
 今回展示する「加賀つまみ絵」は、すべて野村昭子氏の作品です。野村氏は藩政時代に武家の奥方の間で手芸として流行したつまみ細工と、昭和初期まで花嫁自身が作って持参した「のし飾り」を元に、「加賀の伝統、風土に育まれたつまみ細工を絵画的造形美術として「加賀つまみ絵」と名称をつけ、復活いたしました」としています。昭和45年(1970)に自宅において個展ならびに講習会を開催し、以後平成に至るまで加賀つまみ絵宗家として活動されました。

 ルーツの一つとなった「のし飾り」ですが、金沢では嫁入りのあいさつとして親戚近所に五色生菓子や赤飯を配る風習があります。現在は結婚式場で紙箱に入れて配ることが多いのですが、かつては重箱につめて一軒一軒訪問していました。その時に「ジュウカケ」(重掛け・袱紗)をかけるのですが、その上に手作りの「のし飾り」をのせました。博物館では作り方の技法から「押絵のし」としていますが、今回は野村氏の文章にあわせて実際に使われた昭和初期の「のし飾り」を一緒に展示しています。
 画像はその一つですが、鶴の背に乗った仙人の左右には小さなつまみ細工の梅が添えられています。押絵の部分も丁寧に彩色するなど非常に凝っています。五色生菓子を受け取った人は、のし飾りを花嫁の手先の器用さの証として鑑賞したのでしょう。なお、重箱の中身だけを受け取って返しますので、道具一式は花嫁の手元に残ります。

 野村氏が制作した「のし飾り」は5種類あり、会場ではすべてご覧いただけます。画像のように押絵の技法も使いつつ、つまみ細工を主としています。のし飾りはおめでたい絵柄が多いのですが、こちらは羽を広げた鶴を船に見立てて背中に菊などの花をのせて華やかにしています。
 つまみ細工は羽子板にも用いられます。大型のものもありますが、画像のような小型の作品もあります。尾崎神社の松をモチーフにし、鶴が舞います。松の幹の部分は布ではなく独自の技法で表現しています。

 次回は作品の中で最も多い花をテーマにした作品を紹介する予定です。

2023年8月

「ボードゲームの世界」の紹介動画を公開しました
2023年8月30日

 ただいま次回特別展の展示作業を少しずつ進めており、華やかな展示となりそうです。
 さて、前回の企画展「ボードゲームの世界」で流していた映像をyou tubeに公開しましたので、ご案内します。見に来て下さったけどあまり時間がなかった方、展示を見れなかった方にお楽しみいただければ幸いです。

 you tubeへのリンクはこちら

「ボードゲームの世界」9.昭和後期の頭脳ゲーム
2023年8月3日

 幅広い世代に好評いただいている企画展「ボードゲームの世界」もいよいよ終わりを迎えます。最後に紹介するのは、昭和後期の頭脳ゲームたちです。
 昭和48年(1973)にタカラから発売された「手さぐりゲーム」(展示品は昭和51年)は、めくったカードと同じ物をボックスに手を入れて探し出すものですが、スプーンにフォーク、手鏡とヘアブラシ、ロバと馬など、よく似たものも入っています。「これだ!」と思っても、手の中で形をしっかりと確認してから取り出した方がよさそうです。ちなみに中身の半分は動物で、なぜか「入れ歯」もあります。

 続いて紹介するのは昭和52年(1977)にタカトクから発売された「生き残り頭脳ゲーム」です。昭和48年(1973)に発売された「生き残りゲーム」と大きく違う所は、穴の開いたミリオンバーを入れ替えることで約30数億の組み合わせができる所です。
 二つのバーの穴が重ならないとボールは落ちないのですが、バーを動かすたびにボールが動いてドキドキします。相手のボールを早く全部落とした人が勝ちますが、最後に残ったボールが一度に落ちた時は、落とした人(バーを動かした人)が勝ちです。

 電池式のゲームもこの時代に登場しています。昭和56年(1981)に野村トーイから発売された「チクタクバンバン」は、時計のベルがなるまでプレートから落ちないように、スライドさせて遊びます。こちらは黄色と青色の2色ですが、平成元年(1989)に発売された「チクタクバンバンチャンピオン」は数字になっています。1から15までの数字を並べ替える「15パズル」なのですが、時計がスタートからゴールまで進むまでの制限時間があり、時計が動いている場所のプレートは動かせないので、焦ってしまいます。こちらはボードゲーム体験で実際に遊んでいただきましたが、クリアするのはとても難しく、できるだけたくさん数字を並べた方が勝ちというルールで行いました。

 最後に紹介するのは昭和58年(1983)にエポック社から発売された「ウォーゲームエレクトロニクス」です。歴史上の決戦があった地形を再現しており、軍を動かすことができます。シリーズ物で、展示品は「日本海大海戦」(明治・日露戦争)「バルジ大作戦」(第二次世界大戦・ラインの守り)に続く「決戦関ヶ原」です。
 東西両軍の駒を動かすのですが、まず晴は6マス、雨は4マスと天候で移動能力が左右されます。さらに戦闘力に不確定要素が加わり、電子判定装置によってどれだけ加算されるかで勝敗が左右されます。
 さらに「調略」として敵を味方に引き入れることができるのが「関ヶ原」ならではでしょうか。こちらも電子判定装置で味方になるか中立になるかが判定されます。残念ながら駒がなくなっており、遊び方を検証することはできませんでしたが、歴史の勉強になりそうですし、史実と違う勝ち方もできそうです。

  企画展「ボードゲームの世界」は8月27日(日)で終了となりますので、ご注意ください。
 8月28日(月)~9月1日(金)は展示替えのため休館で、9月2日(土)より特別展「加賀つまみ絵」を開催します。詳細は改めてご案内いたします。

「ボードゲームの世界」8.ダイヤモンドゲーム
2023年8月3日

 ダイヤモンドゲームは「ハルマ」というゲームを基にしており、1892年にドイツで現在の形になって発売されたのだそうです。日本では昭和8年(1933)から花山ゲーム研究所(現・ハナヤマ)が発売しています。赤・黄・緑の駒を向かい合った同じ色の陣地に向けて動かしていくゲームで、いかに駒を進めるかが大事です。
 最初に紹介するのは昭和20年代後半(はなやま商店)と思われるものです。木製のコマは缶に収納され、紙製の盤面は六角形になっています。

 続いて紹介するのは昭和40年代(ゲームのはなやま)のものです。盤面が四角くなり、写真をよく見ると大型の駒=王駒が角にあります。子駒が直線上の1つの駒しか飛び越えられないのに対し、王駒は複数の子駒を飛び越えることができます。子駒も1つおきに並んだ子駒を連続で飛び越えることができますが、いずれにしても配置を考えながら進めなければならないことには変わりはありません。
 前半は効率よく進むのですが、中盤になると3色の駒が入り乱れて動けなくなってしまうこともしばしばあります。ここを我慢しながら上手に進むのが勝利への道でしょう。
 今回は展示していませんが、マグネットタイプ(ハナヤマ)も所蔵しています。こちらは盤の内側に駒を収納することができます。もう一つは「ディズニーの家庭盤」(昭和41年、任天堂)の中に入っているものです。この他に「ダブルクインテット」(はなやま玩具)の中にも入っており、単体だけでなくセット品として入っているもので遊んだ方もおられるかもしれません。
 現在もダイヤモンドゲームは売られており、多くの方が楽しんでいるようです。

次回はチクタクバンバンなどを紹介する予定です。

「ボードゲームの世界」7.行軍将棋とドンジャラ
2023年8月3日

 頭脳ゲームのコーナーでは、携帯用のマグネットゲームとして囲碁や将棋も紹介しています。今回紹介するのはその一角にある「行軍将棋(軍人将棋)」です。明治末期に成立したとされ、玉将・王将が大将に、金将が中将に変わっていますが、一番大きな違いはお互いの駒の名称が見えないようにすることです。裏返して盤面に置く方が一般的だと思いますが、今回の展示品は説明書に「駒を立て」とあるので、そのようにしています。
 お互いの駒が分からないということは、審判役が必要になります。4ヶ所の突入口から駒を進め、両者が対戦した時に審判役が勝敗を決定し、負けた駒を盤面から取り除きます。なお、同一の駒だった場合は二つとも取り除きます。

  駒を全種類並べてみましたが、スパイやヒコーキ・タンクが印象的です。時代によって名称が変わっており、今回は展示していませんがMP・原爆・元帥(大将の上)が入ったものがあり、戦後まもなくの日本が連想されます。
 大将が最も強いのですが、地雷とスパイには勝てません。地雷はかなり強いのですが動くことができず、位置を察知されると工兵かヒコーキで倒されてしまいます。総司令部に先に攻め込んだ方が勝ちですが、どこにどんな駒があるかを予想しながら進んで行くのはまさに頭脳ゲームです。

 ドンジャラは麻雀を子供向けに改良したもので、昭和55年(1980)にバンダイから発売されました。人気のアニメなどを絵柄にしており、現在も売られています。
 当館では2種類所蔵していますが、数年違うだけで遊び方が少し変化しています。例えば展示品は中央の小屋にパイを2つ隠し、上がった人がどちらかを選んでめくり、同じものが出れば得点が加算されますが、もう1つは分けずにすべて山にしてしまいます。遊びやすいように改良されていったのでしょう。
 
 次回はダイヤモンドゲームを紹介する予定です。

2023年7月

「ボードゲームの世界」6.野球を楽しむ
2023年7月27日

 野球が明治時代に日本に伝えられて約150年。現在も人気のスポーツで、夏の風物詩と言えば高校野球・甲子園。奇しくも本日は石川大会の決勝です。そんな日に野球ゲームを紹介します。
 1枚目の写真は館蔵品で最も古い野球ゲームです。携帯用ですがランナーを置くことができ、上には得点表もあります。手作り感あふれるカードに小さなサイコロ。本来は2つのサイコロの目でヒットや二塁ゴロなどの判定をするのですが、1つしか残っていません。残念ながら年代不詳ですが、漢字が旧字体なので古いことは間違いありません。
 初めて見た時はカードの使い方が分かりませんでしたが、今回の展示でルールを調べてやっとわかりました。それが2枚目の野球ゲームです。こちらにも「打」「見」「S」「B」のチップがついています。展示品は昭和41年(1966)のものですが、任天堂のHPによれば昭和30年代から発売されていたようです。
 攻撃側は「打」「見」を、守備側は「S」「B」のいずれかを出し、その組み合わせでストライク、ボール、ヒットが決まります。ヒットしたらさらに「S」「O」の青いサイコロと普通のサイコロの目を組み合わせてヒットなどの判定をします。サイコロの目によって結果が左右されるので、ドキドキしながら振った事でしょう。

  そして昭和33年(1958)にエポック社から野球盤が発売されます。翌年には変化球装置が搭載されるようになり、今回はその年に発売されたD型を展示しています。発売されてわずか一年ですでにこれだけの型があることが、人気の証でしょう。
 残念ながら守備の人形は欠けていますが、黄色い穴がアウトで赤がヒットやホームランなどです。ファール以外はどこの穴にも落ちなければヒットになると思いますが、手強そうですね。バットは指で回転させて待機し、タイミングに合せて離します。ボールは1つずつセットして、得点ボードの裏に隠れたレバーで球種を選んで投球しました。

 昭和45年(1970)にはレバーでバットを振れるようになり、その2年後には消える魔球装置が登場しました。当時の人気マンガ「巨人の星」で主人公が編み出した魔球を再現したものです。今回は昭和54年(1979)のものを展示していますが、こちらはさらに連続投球装置が搭載され、便利になっています。
 現在もなお野球盤は発売され、多くの子供たちに愛されています。
 
 次回は頭脳ゲームを紹介する予定です。

「ボードゲームの世界」5.人気のスポーツを体験する
2023年7月20日

 現在も人気の卓球ですが、1950~60年代はずっと世界ナンバーワンを誇り、かなり人気がありました。そんな時代に発売されたエポック社の「ピンポンゲーム」を紹介します。
 コートの端にラケットがあり、穴に沿って左右に移動することができます。ピンポン玉は中央のネットに繋がれており、ラケットをポンポン叩いて打ち返します。説明書によると強く打つとスマッシュが、できるだけ弱く打つと変化球が出せるそうです。見た目は無事でしたが、残念ながらピンポン玉がうまく動かず、変化球が出るか試すことはできませんでした。
 サーブは5回で交代し、先に10点を取った方にゲームポイントが1つ与えられ、合計3つになった人が勝ちになります。

  1970年代にブームとなったのがボウリングです。1950年代から全国各地に専用施設が作られるようになりましたが、中山律子などのプロの活躍でますます人気を博しました。そんな時代を反映するように様々なボウリングゲームが作られました。
 今回紹介するのはエポック社から昭和47年(1972)に発売された「パーフェクトボウリングジュニアーS型」です。ボウリングと言えば上から出てくるピンですが、投球の振動で上部のセッターが落ちてピンを倒すこともあるとか。こちらでは逆の発想で下にセッターを収納することで問題を解消し、見た目もきれいに作られています。箱はなかったものの投球人形も無事で、ちょっとボウルの位置の調整が必要ですが、元気よく投げてくれます。人形の手が負傷しているのは持ち主がたくさん遊んだという証拠です。
 投げたボウルは右側の溝を通って戻り、スイッチを押すと手元に上がってきます。人形の位置や向きも変えることができますので、動かしている様子は展示室内の映像でご覧ください。

  続いては同じくエポック社から発売された「ニューバスケットゲーム」です。卓球やボウリングのようにブームはなかったようですが、おもちゃとしては人気があったようです。
 当初発売されたものは盤面からボールが飛び出してしまうそうで、昭和53年(1978)にドームをつけた「ニュー」が発売されました。館蔵品はキーが10個あるので、それより後のものと考えられます。タイプライターのキーを押す仕組みを取り入れたもので、ボールがある場所の数字のキーを押すとツメがボールを押し出します。
 対戦相手よりいかに早くキーを押すかが大事で、反射神経を要求します。プレー中はガチャガチャと音がうるさいぐらいですが、本人たちは真剣にしているので気にならなかったことでしょう。押すタイミングが難しくて、なかなかゴールしませんでした。

  次回は野球盤を紹介する予定です。

「ボードゲームの世界」4.闘球盤とプーレー
2023年7月12日

 今回からは指を使ったりする「動きを楽しむ」ボードゲームを紹介します。
 最初に紹介するのは「闘球盤」です。「闘球」はラグビーを意味するので、勇ましいゲーム?と思われた方もいるかもしれません。専用のゲーム盤があり、周囲から平べったい円形の球を指先で弾き、中央の穴に落とすゲームです。外国生まれの「クロキノール」(クロックノール)を日本に輸入した際にこの名前にしたようです。
 当館には球だけのものとゲーム盤付がありますが、古いと思われる闘球盤の説明によれば、それぞれの色の球を中央に向かって弾き、中央の穴に平らに入ったら5点などとあります。盤面には複数の円があり、中央に近くなるほど点数が高くなりますが、写真のように混戦になってくると、中央に寄せるのが難しくなっていきます。持ち球が尽きたら点数計算をして勝負をつけます。

  もう一つは「プーレー」です。あまり馴染みがない名前ですが、写真を見ると「コリントゲーム」「ピンボール」「スマートボール」などの名前が浮かぶかもしれません。持ち主も同様だったようで、側面に「コリントゲーム」と記していました。残念ながらメーカー名はありませんが、昭和30年代にはなやま商店が「プーレー」を売り出しているので、こちらと思われます。
 箱のイラストでは、少女が細長い棒を持って球を押し出しています。現在はバネなどが一般的だと思いますが、当時は手動だったようです。

  家庭用にしてはなかなか立派ですが、所々持ち主による点数の修正が入っています。マジックで「200」とある所は「80」で、その下は「100」を「150」に直しています。が、そもそもそこの穴に入れること自体が非常に困難ではないでしょうか。途中にある釘に弾かせたとしても、うまく上にはねないように思います。
 なお、下の部分をスライドさせると球を収納できるようになっており、木でしっかりと作られているため欠けることなく後世に残りました。

  次回も球を使ったボードゲームを紹介する予定です。

「ボードゲームの世界」3.人生ゲーム
2023年7月5日

 今回はルーレットを使うボードゲームと言えば、多くの人が連想するであろう人生ゲームを紹介します。
 「人生ゲーム」は昭和43年(1968)にタカラ(現・タカラトミー)から発売されました。箱に「アメリカンゲーム」とあるようにアメリカ発祥のゲームです。就職・保険の加入・賭けなど様々な人生の選択肢があり、億万長者を目指します。
 黒いマス(文字はオレンジ色)は通った時にその指示に従わなければなりませんが、「給料日」「結婚」に加えてなぜか「馬を買う」が必須となっています。また「ラスベガス」「牧場」などアメリカらしい内容があちこちに見られます。順調に給料をためることができればよいのですが、何回か税金で給料の1/2を払わなければならず、給料の低い職業に就くと苦労します。
 「給料日」のマスに止まると「財産ラッキーカード」を引くことができ、支払いのマスに止まった時にライバルに「半額要求カード」を出せば、相手に半額負担してもらえます。さらに相手がお金を受け取るマスに止まった時に「財産受け取りカード」を出すと、相手の収入の半額をもらうことができます。

 2つ目は「NEW人生ゲーム」です。昭和58年(1983)に発売され、マスの背景に建物や木・街並みなどが描かれ盤面が賑やかになっています。
 「職業カード」がつき、建築家・アナウンサー・パイロット・アイドルスターが加わっています。こうした職業は現代に至るまで世相を反映して変更されており、その当時のあこがれの職業を知ることができます。初期は最後まで同じ職業でしたが、こちらは途中で2回転職することができます。代わりに「財産ラッキーカード」はなくなり、折畳式だった保険証などはお札と同じような形になりました。
 マスの内容も「台風」「大地震」「TVのクイズ番組で勝つ」「人間ドック」「先祖代々の土地を売る」など、日本らしい内容に変わっています。 

  3つ目は「スター誕生ゲーム」です。昭和48年(1973)に任天堂から発売されました。ちょうどこの時期にテレビで視聴者参加型の番組「スター誕生!」が放送されているのですが、こちらは歌手・ピアニスト・ファッションモデル・バレリーナのいずれかの職業につき、グランプリを目指します。
 「恋するコーナー」では、「恋占いカード」で様々な恋人と出会い、ブレスレットをもらいます。「発表会」を経て「スランプ」のコーナーへ進みますが、「結婚を決意して仕事をやめる」のマスがあり、ルーレットの目によってはそこで終了となります。
 無事にスランプを抜け出し、それぞれの職業のゴールのマスに誰が早く止まるかを競います。さらに「賞カード」の獲得数を加えて最終順位が決まります。まさに人生ゲームの女性版と言えるでしょう。

 次回はコリントゲームなどを紹介する予定です。

2023年6月

「ボードゲームの世界」2.サイコロ+α
2023年6月28日

 今回はサイコロに加えて特殊なコマを使ったりするボードゲームを紹介します。
 1つ目は「新ルードゲーム」です。飛行機の絵が入った4色のコマをそれぞれのスタートに置き、ゴールを目指します。サイコロで進むのですが、自分のコマの色のマスに止まると次の色のマスまでジャンプすることができます。6が出るともう一度振れるなど順調に進むことができそうですが、自分が止まったマスに相手のコマが来ると、スタートに戻されてしまうのです。プラスばかりではなくマイナスがあることがポイントです。
 さて、このゲームは昭和13年(1938)に発売されたのでなじみがないと思いますが、戦後は飛行機の絵をロケットに変えた「ロケットゲーム」として売り出されているのです。もしかしたら、遊んだことがある方もおられるかもしれません。なお、盤面の裏には英語の解説もあり、「SHIN ROOD」「NEW-ROOD」と記されています。「ROOD」はキリスト教の十字架に使われる十字棒のことだそうですので、盤面の十字からこの名前がついたのではないかと考えています。

 2つ目は「日本周遊ゲーム」です。昭和42年(1967)発売で、全国の観光地を巡って5つの地方のカードを1枚ずつ集めて東京に戻りますが、合計得点で勝ちを決めます。サイコロの目で路線を進みますが、新幹線や飛行機、船も利用できます。地理の勉強になりそうですし、当時の空港の名前などで時代を知ることができます。
 ちなみに5つの地方は、北海道、東北、関東、近畿・中国・四国、九州なので、中部地方は対象外となっています。ですが、金沢は徽軫燈籠と松、能登は輪島塗、加賀は九谷焼らしき壺が描かれています。地図に書かれた地名ばかりに目が行きますが、各地の名所・産物をさりげなく描いていますので、こちらもご注目いただければ幸いです。

  3つ目は「バンカース」です。昭和28年(1953)に発売され、その10年後に「NEWバンカース」が発売されました。サイコロの目で進みながら、止まった土地を購入したり、家を建てたりします。プレーヤー同士で土地の売買をすることもできますが、時には破産することもあります。ゴールのマスがないので、決めた時間になって一番お金を持った人が勝つか、破産した人が脱落していって最後に残った人が勝ちとなります。
 今回は新旧2つの盤面などを並べて展示しています。お金の変化は分かりやすいのですが、盤面も少しだけ変化しています。
 なお、よく似たゲームに「モノポリー」があり、この時代はマネーゲームと言えばこのどちらかだったようです。

 次回は人生ゲームを紹介する予定です。

体験講座「ボードゲームで遊ぼう」第1弾
2023年6月24日

 企画展「ボードゲームの世界」に合わせて、実際にボードゲームで遊んでいただくイベントを企画しました。今回は人生ゲーム(初代)、野球盤、ドンジャラ、ニューバスケットゲーム、ダイヤモンドゲーム、チクタクバンバン、そして盤双六です。
 盤双六は江戸時代の盤面で現代の小道具を使って遊びます。学芸員が遊び方を解説しながら体験していただきました。
 野球盤は消える魔球がないものの、直球・カーブ・シュートが選べます。ほんのわずかですが、よく見るとコースが変わっているのが確認できます。ただ、磁石が強力過ぎてヒットして跳ね返った球が守備にくっついてしまうという珍事も発生しました。
 午前も午後もお客様が一番興味を示されたのは人生ゲームでした。事前に盤面を見ておりましたが、こんな内容あったっけ?と思う場面もありました。初代は最初に決まった職業でゴールまで進みますので、後に転職コースが導入されたのも納得がいきます。やはり体験するって大事ですね。あくまで仕事ですから、と自分に言い聞かせつつお客様のお相手をさせていただきました。

 なお、第2弾の7月9日(日)はまだ空きがありますので、興味がありましたらお立ち寄りいただければ幸いです。

 そして小さなお知らせですが、ブログを更新したことが分かるようにトップページに更新日を追加しました。企画展の解説等も掲載していますので、できるだけ分かりやすくしたいと思い、他の館のHPを参考にして追加しました。今後もこまめに更新していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

「ボードゲームの世界」1.盤双六と絵双六
2023年6月17日

 現在開催中の企画展「ボードゲームの世界」(~8月27日(日))をより深く知っていただくために、ブログで紹介します。
 サイコロで遊ぶボードゲームと言えば「双六(すごろく)」です。子供時代に双六で遊んだ方も多いのではないでしょうか。ただ、私たちが思い浮かべる双六は紙製の「絵双六」と呼ばれるものです。それ以前は「盤双六」で遊びました。
 明治時代に廃れてしまったようですが、日本に伝来したのは飛鳥時代。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも遊ぶ場面があり、この時代は白河法皇が「加茂川の水、双六の賽、山法師」だけは思うようにならないと嘆くのが有名です。海外発祥の「バックギャモン」がルーツですが、こちらは約5,000年前からあったそうです。盤面や終わり方が違いますが、それ以外はほぼ同じです。
 今の双六と大きく異なるのは、サイコロを2つ使うこと、複数の石(コマ)を動かせることです。このため、サイコロの目だけでなく、どの石をどう動かすかが影響する頭脳ゲームなのです。「双六」という名前も「双=2つ」の「六」の目が出れば負けることはないことから来ているそうです。盤双六の遊び方は映像で紹介していますので、来館の際にご覧ください。なお、盤面以外は現代のものを使用しています。

 さて絵双六ですが、サイコロの目が出ただけ進むのが一般的だと思います。「回り双六」と言い、時計回りに回ったり、線などで繋いだコマを進んで行きます。
 ブログで紹介するのは「新撰各県産物運送双六」(明治11~14年の間)です。京都を出発して全国各地を巡って東京に着きます。石川県もありますが、秋田県→石川県→新潟県となっています。間違いではなく、この時代は北陸三県ではないのです。そして今は無い県名もあります。気になった方は是非じっくりとご覧ください。

  絵双六にはもう一つ「飛び双六」があります。マスに記された指示に従って出た目のマスへ移動します。6つの目全部に指示がないものもあり、特定の目が出るまで待たなければならないこともあります。
 画像は「少年世界」の付録の「御伽草子双六」と、県内(現・羽咋市)で発行された「明正新聞」の付録です。なつかしいおとぎ話の世界を楽しんだり、昔の広告などを見ることができます。他にも複数の絵双六を展示していますので、合わせてご覧ください。

  次回もサイコロを使ったボードゲームを紹介する予定です。

「端午の節句展~平飾りから段飾りへ~」2.大型化する五月人形
2023年6月2日

 昭和40年代後半頃から主役のヨロイ・カブトが大型化します。これは高度成長期を経て皆が豊かになり、広い一戸建てに住む人が増えた時代と重なります。ひな飾りの七段飾りと同様に、和室の一角に大きな五月人形を飾るのがこの時代の主流でした。
 三段飾りが多いのですが、立派な飾り台を使う平飾りも登場しています。これだけ大きくなると細部を表現しやすくなり、より本物らしく金属を多用した重たいものが作られるようになりました。ただ特定の武将をモデルにしたものは少なく、緋色の「大鎧」が主流でした。この緋色は魔除けの意味があり、赤だけではなく朱色も含まれています。

 愛らしい子供大将が主役になるのもこの頃です。ヨロイは立派なのですが、面しかないので恐がる子供もいます。采配を持たせることが多いですが、弓矢を背負う勇ましい姿もあります。

  企画展「端午の節句展~平飾りから段飾りへ~」は6月4日(日)で終了となりますので、ご注意ください。また、明日3日(土)の午後は百万石行列が行われますので、市内中心地が混雑します。
 6月5日(月)~9日(金)は休館で、6月10日(土)より企画展「ボードゲームの世界」を開催します。実際にボードゲームを体験するイベントなども予定しておりますので、時期が来ましたら改めてご案内いたします。

2023年5月

体験講座「和の飾り縫い」
2023年5月28日

 昔、赤ちゃんの着物は背中に縫い目がないので、悪いものに襲われたりしないように「背守り」という縫い目をつけました。本日の講座はこの背守りやつけ紐につけた飾り縫いを再現したものを縫っていただきました。
 複雑な文様が多いですが、紙に穴をあけて順番に糸を通していきます。今日は小学校低学年の参加もありましたが、保護者の手を借りつつ、頑張って完成させていました。縫い針は先が尖っていない刺繍針を使っていますから、事前に穴を開ければ安心して使ってもらうことができます。
 講座限定の文様もありますが、人気の物はミュージアムグッズとして販売しております。来館された際に興味を持っていただけたら幸いです。

「端午の節句展~平飾りから段飾りへ~」1.変化する飾り方
2023年5月17日

 端午の節句展の今年のテーマは「平飾り」と「段飾り」です。平飾りは床の間などに人形などをそのまま飾ることを意味し、近年は飾り台を使う場合もあります。
 当館の昭和初期の五月人形は、ガラスケース入りと小さな人形を飾る場合があります。写真は神武天皇、馬上武者、金太郎、桃太郎、加藤清正です。馬上武者だけ具体的なモデルがいませんが、戦後も姿を変えて引き続き飾られています。

 昭和初期の五月人形の道具類は好みに応じて組み合わせたと考えられますが、後ろに飾る座敷幟が主役よりかなり大きいのが主流だったようです。飾り太刀や飾り馬など、今では見かけない道具もあります。
 戦後に三段飾りが広まると、主役の兜を大きくして座敷幟の竿を短くすることでバランスを取るようになります。弓太刀や陣屋提灯、陣太鼓などの道具が加わり、段飾りとしての体裁を整えていきます。なお、家庭によっては平飾りにする場合もありますが、昭和20~40年代半ばまで兜飾りが人気だったようです。

 次回は大型化する五月人形について紹介する予定です。

五月人形と着物で記念撮影
2023年5月5日

 ゴールデンウィーク後半は5連休。人出の多さに通常の光景が戻ってきたことを実感します。当館も「こどもの日」に合わせて着物体験を開催し、多くの子供たちが来館しました。去年は1日のみでしたが、今年は従来の2日間に戻しました。
 やはり男の子が多いのですが、今年は市松柄の着物が大人気。昭和40年代の着物なのですが、人気アニメのキャラクターと色違いだと喜ばれております。とは言え、1着しかないのでタイミングと身長が合った時のみ着ることができます。
 そんな子供たちのステキな写真を紹介します。詳細は着物体験アルバムでご覧ください。

館内を泳ぐこいのぼり
2023年5月2日

 ゴールデンウィークになりましたね。今年はお天気に恵まれそうですが、後半は雨の予報です。当館ではお天気に左右されないように高い天井を活用してこいのぼりを展示しています。
 壁面を活用したこいのぼりは群れるように固めて展示していますが、本来であれば高い所にいるはずのこいのぼりを間近に感じながら記念撮影できますので、人気のスポットです。
 写真は去年のものですが、こどもの日に合わせて5月4日・5日に行う記念撮影もまだ空きがございますので、よろしければお申込みいただければ幸いです。

2023年4月

「ひな飾り展~御殿飾り~」の動画を公開しました
2023年4月23日

 「ひな飾り展」は終了しましたが、会期中に上映していた動画をゆっくりみたいという声をいただきましたので、you tubeに公開しました。
 展示室で上映した際は3分でしたが、組み立てている場面の速度を少し落として、5分の映像に再編集しました。
 今ではなかなか組み立てる機会のない「御殿飾り」を身近に感じていただければ幸いです。

you tube映像リンク
令和4年度企画展「ひな飾り展~御殿飾り~」

「ひな飾り展~御殿飾り~」4.昭和中期の御殿飾り
2023年4月7日

 昭和20年代になると、御殿の柱などの地色が黒から赤に変わり、さらに華やかなものに変わりました。シャチホコは金属製になり、屋根の中央の「唐破風」には後ろ足を上げた獅子などをつけるようになります。また、屋根の両端に薬玉などを下げたりします。中でも最大の特徴は左右に独立した屋根を持つ建物を配置していることです。
 今回展示した昭和中期の御殿飾りはすべて「豊寿殿」とあり、同一メーカーで作られたものですが、様々な大きさがあります。製造元の名前はありませんが、昭和28年の北國新聞に「金色の御殿」「産地は…御殿が静岡」とありますので、昭和初期に人気を博した東海地方の御殿が引き続き売られているようです。
 写真は大小2種類ですが、見比べると大きな御殿は「唐破風」の奥に「破風」がつき、屋根の鎖の位置に棒のような「降(くだ)り棟鬼飾り」をつけたりして、細かい装飾があちこちに施されています。

 豪華な御殿がもてはやされる一方で、シンプルな御殿も作られました。簡単に組み立てられるようになったとはいえ、どうしても主役である内裏雛が小さくなります。この簡易型はそうした悩みを解消し、金屏風よりも華やかさがあります。
 けれどもしだいに御殿は飾られなくなり、昭和40年代にはほとんどが金屏風になりました。このため御殿飾りを知る人も少なくなっています。しかし、これまで紹介してきたようにひな飾りを語る上で欠かせない存在です。当館では毎年必ず一組は御殿飾りを出すようにしていますので、今後も多くの方に見ていただければ幸いです。

 企画展「ひな飾り展~御殿飾り~」は4月9日(日)で終了となりますので、ご注意ください。
 4月10日(月)~14日(金)は休館で、4月15日(土)より企画展「端午の節句展~平飾りから段飾りへ~」を開催します。

おひなさまと着物で記念撮影 第3弾
2023年4月2日

 当館では4月上旬までひな飾り展をしていますので、第3弾は春休みに合わせての開催となりました。
 例年より早く桜が咲き、当館の駐車場脇の桜も散り始めていましたが、春らしい陽気と天気に恵まれ、多くの子供たちに来館いただきました。そんな子供たちのステキな写真を紹介します。
 詳細は着物体験アルバムでご覧ください。

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金沢くらしの博物館〒920-0938  石川県金沢市飛梅町3-31(紫錦台中学校敷地内) TEL / FAX:076-222-5740
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