不定期連載

おすすめの秋聲作品を不定期に連載していきます。
(※作品の区切りは当館の任意によります。)


「郷国の美景から 好きな温泉宿の話まで」


(談話/全1回)
 2023.4.29

 旅の話ですか。そうですね、私も余り旅に就いて大した経験も持っていないが、まあ国の話からでもしましょうか。

 私は若い頃から余り丈夫でなかったので、つい膝元の白山にも登った事はないが、あの白山の山裾とでも云おうか、犀川の上流、鶴来の奥に吉野谷というところがありますがね、水の美しい幽邃(ゆうすい)な渓で、土地の人の素朴な処もよく、一寸一日の清遊に適している処です。海岸では小舞子の称のある美川の浜を挙げたいと思います。島田君の生まれた土地ですが、所謂(いわゆる)白沙青松とでもいいましょうか――一体、北国はその冬を連想することによって重苦しい予感を与えるものですが、この海岸は四五月の頃から九月頃までは、関東近くでは一寸味わえないある朗らかさを感じさせる処です。美川の近くに彼の斎藤実盛の首を洗ったという首洗の池があります。

 温泉場では山中、山代の両(ふた)つがありますが、感じから云えば勿論東京附近のような瀟洒(しょうしゃ)とか灰汁(あく)抜けのした処は求められないが、温泉宿は多く土地の旧家であるため家の構えは広く、器物もさびのある名器を沢山に揃え、客に応じて気持のよい如何にも昔の温泉場というような応対をすることの出来るのが取り柄でしょう。だいぶお国自慢になりましたから外の土地のことを二三云って見ましょう。

 温泉場では伊香保が好きです。都会化されている中に妙に素朴な処があってよいと思う。自然は箱根のような散漫なものでなく、引き締まっていて眺望がよくきくのもよい。宿は千ぎらが好きです。親切気があって少しもお世辞気がない。然し食物は何と云っても少し落ちますね。交通が不便だと云えば云えましょうが、不便なだけそれだけ俗気が少なくてよいと思います。素朴の処のあるのが何よりですよ。足下の榛名湖に一日がかりでの散歩もよいでしょう。

 伊豆で居心のよいのは修善寺です。修善寺では新井へゆきます。其の他熱海の露木、湯河原の中西屋等も好きです。一体に宿屋は温泉場だけは客扱いがよいようです。そしていい宿は決して茶代の高によって客扱いが違うようなことをしませんよ。茶代は私も出す方ですが、何(ど)うも先に出すのは変(へ)んで何時(いつ)も立つ時に渡しますが、打算的に云えばあれは損かも知れませんね。それから都会や海岸の宿は一体に落付きがなく、客扱いも随分処によって違うようです。

 東京近くでは鵠沼、森ヶ崎等がありますね。森ヶ崎なども私は好きな方です。あそこの大金の主人は元博文館なぞの社の帳場をした関係からかよく物の解った人で、文士なぞという者、性質も心得ている関係から居心地がよく、それに経済的にも随分安い方でしょう。

 この頃は文壇人も世間的に知れて来て、心得のある宿屋では、顔馴味(かおなじみ)は勿論のこと、大概は物の書けるような静かな室へ通して呉れるようになりました。

 宿屋によると宿帳によって我々の処へもよく色紙だとか画帳とかを持って来るのがありますが、これには毎度参らされますよ。この頃ではもう俳句の一つも捻り出そうなどということに脳を使いたく(三文字分印刷不明瞭)したからね。

 私も若い頃は旅では一寸物も書けませんでしたが、この頃は何処へ行ってもまあ落ち付いて物が書けるようになりました。もう一つ昔と違うことは、若い頃は独り歩きの方がよかったものですが、この頃では二人三人友達がないと何だか寂しくて落付きが出ませんね。そうしてこの頃では旅に出てもやはり一人ぼっちな気持にはなれませんよ、何処までも家庭が付いて廻りますからね。



(完)


初出紙の本文を底本に、現代的仮名遣いに改め適宜補訂を行なった。
 底本:大正12年7月2日(「読売新聞」)







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