寸々語

寸々語(すんすんご)とは、秋聲の随筆のタイトルで、「ちょっとした話」を意味します。
秋聲記念館でのできごとをお伝えしていきます。





神様は一度まで
 
  2019.1.19

 石川近文さんには企画展ももちろんのこと、無料ゾーンの四高にまつわる常設展を拝見いたしたくうかがったのでした。一高が現東京大学、二高が東北大学(←青果さんはここ)、三高が京都大学、そして四高が金沢大学、いま大河ドラマでも話題の五高が熊本大学。いわゆるナンバースクールと呼ばれる官立の学校制度の成り立ちから、現在、館の建物としてそのまま使われているレンガづくりの校舎について、当時の学生生活のことなどが体系的に紹介されており、初心者にもわっかりやすい…そんなわけで、もう3月に迫った展示のことを1月も半ばを過ぎて、よちよちと学んでいる次第です。
 文学館のほうの有料ゾーンの展示室内にはバーン! と撮影禁止マークが示されているのですが、無料ゾーンの比較的無印の展示室はどうなのかしら、と、基本撮影禁止の館で育ったため当初疑いもしなかった点がふと気になり、帰り際に受付さんに確認しましたら展示室内はやはり撮影禁止とのこと(廊下などはOK)。たしかに複数の展示資料に借用品である旨のクレジットがございました。そして受付さんとコミュニケーションをとったその流れでもって「あちらの展示も今日からですものねぇ~ご覧になりました??」と訊かれ「えっナニソレ!」。
 聞けば1階の奥の奥のお部屋で18日~金沢大学資料館さんの出張展「バンカラ寮生類~金大寮史124年~」がはじまったそう!(←本体展は会期終了) 慌てて展示室に立ち戻り、20分後、厚くお礼を申し述べて受付さんに別れを告げました。あのとき四高の神様が受付さんに話しかけるよう背中を押してくれたようです。ご案内に感謝申し上げます。
 この出張展の閉幕日をわすれてしまったので確認のためいま同館HPを見に行きましたらちょっとその詳細はわからなかったのですが、代わりにこんな企画展をスルーしてしまっていたことを知りました。やだ神様ったらもう一押し…!
 
 こぢんまりした館で育ちましたもので…あの学校の広さを体感いたしました。またうかがいます。





四高のゆかり
 2019.1.18

 次回企画展の勉強のため、朝から金沢ふるさと偉人館さんと石川近代文学館さんへ行ってまいりました。偉人館さんには秋聲と四高で同級生であった人、あるいは先輩であった人などがたんと紹介されています。わざわざ出てきてくださった学芸員さんとお話ししながら「へぇ四高展か~いつから? 5月から?」と訊かれて、3月からです、とはとても言いにくい感じになってしまいました。5月だったらいいのにな…そうだったらいいのにな…。2月ってとっても短いんだ……!
 それはそれとして偉人館。すごいです、偉人館。観光でいらした方、市民の方も改めて展示を見に行かれてください。常設展にふつうにお宝がたんと出ているのですから…!(文学的には川端康成や武者小路実篤のお手紙なんかがありますよ!) は~アレ借りよ~コレ借りよ~と脳内で勝手にリストアップさせていただきました。げに有り難き財団仲間です。
 また建物のゆかりから一方では四高記念文化交流館でもある石川近代文学館さんは昨年めでたく50歳を迎えられ、記念展「五十歳だった 石川ゆかりの作家、五十歳の一年間」を開催中。50歳つながりということで、ゆかりの作家さんが50歳のときにどんな作品を書いたのかが紹介されています。これがまぁ初っぱなから秋聲コーナーで大興奮! 当館でご紹介している青果脚色による舞台「二つの道」の秋聲自筆原稿が出ておりますよ!! また展示室の壁面には大きなカレンダーが用意され、観覧者が記念日を自由に書き込めるという素敵企画がございました。ならば秋聲さんのお誕生日を! と駆け足で12月を見に行きましたらなんと11月までしかなかったもので、ならば命日を! と11月18日に「秋聲忌」とこっそり書き込んでまいりました。忌日はダメでしたでしょうか、おめでたい企画に湿っぽい書き込み恐縮です。





蠟燭のにほひが忘れられない
 2019.1.15

 とは秋聲の随筆のタイトルです。発表は明治44年「演芸画報」。演芸好きの両親の影響で幼少期から芝居に親しんでいたという秋聲は、母親からこっそりお小遣いをもらってひとりでもよく芝居小屋に出かけていたそう。その小屋に点されていた蠟燭の匂いが好きで、芝居自体というよりその劇場の空気が懐かしく思い出される…といったお話です。匂いに伴う記憶といえばマドレーヌ。この感覚はよくわかるような気がいたします。

←秋聲が通った芝居小屋跡の目印(現在)。

 さすがに記念館で蠟燭を焚くわけにはまいりませんが、急ごしらえの小懐かしいストーブをつける際、かなりお久しぶりにマッチを使用いたしました。近年つい便利なチャッカマンばかりを使用し(先日の秋聲お誕生日ケーキのロウソクに着火したのも自宅から持ち込んだ彼でした)、ついぞマッチを使うことがなかったものですからちょっとまごまご。そうして点火したあとの懐かしい匂い…なんだかありもしないあの日の思い出がズルズルと引き出されそうになりました。こわいこわい、別にそれほど印象深い思い出といってなかったです。思わず捏造さえさせるマッチマジック…!
 ただ匂いによって呼び覚まされる記憶というものは確かにございますので、記念館の入り口に何かしら匂いを焚きしめておこうかしら…? とたまに思ったりもいたします。いつか茶屋街の奇特なお店で販売してくださっていた秋聲の作品モチーフのお香を? いやいやこのような緊急の場合以外に火気は厳禁。秋声くんエアフレッシュナーを?(©「文豪とアルケミスト」) いやいや、あれはキャラクターとしての秋声くんがイメージされているのであって秋聲でなし…。ぐるぐる考えて結局何もしないのですが、マッチを擦りながらふと「蠟燭のにほひが忘れられない」と喉まで出かかるそんな仕掛けを、館単位で考えてゆきたいところです。





「檻」完結
 2019.1.13

 「不定期連載」に連載しておりました「檻」、本日完結いたしました。当初全4回風にお伝えしておりましたところ、なんだかんだと全6回になってしまいました。長くお付き合いをいただきましてありがとうございました。
 旅先にあって帰りたいオーラ全開の「林」と帰らせませんよオーラ全開の「岡辺」、これはなかなかの〝檻〟っぷりです。純粋なる真山青果展でなく、秋聲と青果をご紹介する本展においては、やはりこの「檻」こそがふたりを結ぶキーワードになるであろう…と思い切ってタイトルにしてみましたが、決して仲良しこよし、気持ちの良い小説ではありませんので、展示にご協力をいただいた真山家のみなさまにおかれましてはご気分を害されるかもしれない…とビクビクしながら、しかしこれが必要なのです!! と強い意志で申し開きをする準備と覚悟とをもってチラシをお送りしたところ、「いや面白いふたりだよね~~」といとほがらかに受け止めてくださったことに心の底からほっとしたことを思い出します。なんと懐の深い…改めまして、本展へのご協力に心より感謝申し上げます。
 そんな青果さんの悪魔的暑苦しさを思い起こさせるロビーに置かれた小懐かしいストーブの上にゆらめく陽炎…体内で燃えさかる火をつまみでチロチロと調節するそのさまにおいても、青果さんを宥めすかす秋聲を内心で演じたりしています。本体に貼られた「給食室」との手書きシールがなんとも急ごしらえで設置された感を醸していて良いお味。イモとかモチとかつい焼きたくなるこの感じ。
 昔はよく持ち込みで焼いていたものですが、今頃はイモとかモチとかその火で焼いてはいけないのでしょうか、ご近所・宇多須神社さんの左義長は明日8時~15時です。
 

 
 


暖房事情
  2019.1.12

 おととい実況をしておりました暖房機器の不具合の件、結局最悪の事態の一歩手前となりましたことをご報告申し上げます。結論からいえば、1階フロア全体の故障です。2階は大丈夫、というところで崖際一歩手前。2階へ避難していただければ暖かい環境をご提供申し上げることができるのです。
 業者さんから状況のご説明をいただきながら、その時はかろうじて稼働していた事務室の暖房に「これはまだ大丈夫なんですか…?」とお尋ねすると「言いにくいんですが…」とのリアクション。100%理解いたしました。消したほうがいいんですね…!! 業者さんが来るとさっきまで瀕死だったくせに「自分まだやれます、大丈夫です」と急に素知らぬ顔をするの法則で、最後のひとふんばりを見せてくれていた暖房のスイッチをそっとOFFにいたしました。これ以上悪化させぬよう…痩せ我慢は禁物です。
 そんなわけでお客さまにはたいへんお寒い思いをさせてしまい恐縮ながら、1階は極寒の記念館です。関係者がいろいろと手配に駆け回ってくれ、なにか小懐かしいストーブを導入していただきましたが、それもロビーまでのこと。繊細に出来ている展示室に環境に不慣れな暖房機器をやたらと入れるわけにはまいりませんので、一週間ほどはこの状態のまま開館いたしますことをお含みおき願います。どうかあたたかい格好で…!

 思えば昨年のちょうど今日、記録的な大雪が降ったことを寸々語に記しておりました。それに比べれば今年はまだまとまった雪も降らず、暖冬と言えるのでしょう。「冬の暖かい日影ほど底つやのある宗教的なものはない」(「冬の暖かさ」)と秋聲先生も書いていますので、すこしだけ感受性を尖らせて展示室にそっと差し込む冬の日差しのあたりにご集合ください。

←このへん





ウォームシェア
  2019.1.10

 今朝ほど館内の暖房機器が急にはたらくのをやめてしまい、展示室をはじめ事務室までも凍えるような寒さのなかで粛々と仕事しております秋聲記念館です。昨日の秋聲先生による冬でも朝寒いのなんかへっちゃらですけどアピールのせいなのでしょうか、お客さまと職員全員がこの冬に試されているようです。お客さまにはご迷惑をおかけして申し訳ございませんが、しばらくの間はコートを着込んだままご観覧ください。
 そんな極寒の館内ながら、2月28日まで県主催「いしかわウォームシェア」という取り組みに参加しております。おうちの暖房を消して暖かい施設に出かけて節電しましょう、というコンセプトなのですが(施設に行った証明を該当部署に送れば抽選でプレゼント)今日の館ではとてもとても…。職員の真心込めた対応とどこまでも絡みついてくる青果さんの悪魔的な暑苦しさしかウォーム要素といってございませんが、一応ウォームシェア運用中ですのでご遠慮なくお申し出ください。

 と、こんなことを書いているうちに業者さんが到着しました。「遅くなってすみません!」と駆け込んできてくださるお姿はまさに救世主…! ありがとうございますありがとうございます。いまほど応急処置をしていただき、ぼわっと機械が活動をはじめました。ただついても止まるを繰り返している節もあり、まだまだ油断がなりません。これをぽちぽち書いているデスクの周りを業者さんと職員とが忙しげに行ったり来たりしています。昨日の随筆のつづき、「新聞」との項目で「新聞は、食前に読む事もあるし、飯をたべながら読むこともあるし、或は食後読んだりする。」と書いている秋聲先生に、いやそれ全部ー! とツッコんだりしているこのデスクが申し訳ない感じです。





早起きですから
  2019.1.9

 先日、職員さんから「秋聲さんて朝型? 夜型?」と訊かれました。お客さまからお問い合わせがあったかと思いきや、3月末発行予定の館報「夢香山」版寸々語のネタ探しのようです。
 「そらかんっぜんに夜型ですわな!」と、例をあげんと適当に全集を紐解き真っ先に見つけたのが「朝起きるのは、最近夜ふかしをしないので、割合に早い。」(「現代十作家の生活振り」)との記述…エッ! エッ!? うっそ~! うっそだ~! イヤどっかで夜型だって言ってました~! とたいそう焦りながら続きを読むと「大抵、七時か八時には床を出る」。こ、これは…急にものすごく「自分、早起きですから」アピールをされてしまいました。てっきり夜型かと思い込んでおりました。「私は一たい子供時分から早起きが好きだつたのだが、作家生活をするやうになつてからだらしなくなつて、怠け癖がついて、仕事など切迫詰つてやりはじめるといふ風なので、自然夜ふかしをしたり朝寝をしたりするやうなことになつたが、青年時代までの私は早起きであつた」。はは~そんなご事情が~…「今でも、冬でも早い方が気持いい。」えらいですね~この寒いのにお布団から出られる意志の強さ!

 これが大正14年のことですから御年55才。さらにその後、こんな記述もございました。「書くのは夜中の一時か二時ごろ」「昼間は一日頭脳がぼやけてゐる」(「質は体力によらず」)。これを書いたのは昭和8年、秋聲63才。なるほどなるほど、基本は早起きだけれどもどうしても執筆となると夜、ということなのですね。そう、喜代子さん(秋聲次女)たちだって秋聲はお昼近くまで寝てるって言っていましたもの…!
 いろいろと照らし合わせて見てみなければなりません。にしても適当に開いたページで真っ先に否定されるこの罠。思い込みへの鉄槌です。





無意味な赤字
 2019.1.6

 ギャラリートーク中、昨日記事の後期展資料を重点的にご紹介しながらふとそのキャプションに〔~3月10日まで展示〕と書かれているのにわれながらなんとあたまのわるいお知らせか、とおののきました。前期展の〔~1月4日まで展示〕にひっぱられてしまったのでしょう。3月10日といえば青果展そのものの最終日。その他の資料はじゃあいつまで出してるんだろう…と思わせてしまうまったく無駄なお知らせをしかも気合いの入った赤字でしてしまっているのでした。なんという想像力の欠如っぷり…ここは〔1月5日から展示〕とすべきあった…であるならば(ああ、これは前期には出ていなかったのだな、いま来てよかったな、逆に前期には何が出ていたのかな)などとお客さまがおのおの想像の翼を広げてくださったのであろう…と、このあまりに意味のない赤字を痛々しく心に引きずりながら55分をお話ししました。青果展、開館以来のトータルで言えば第45回展となります。45回も重ねておいて…

 さて、そんな45回の企画展すべてへの資料提供および、どんな失敗をやらかしてもあたたかく見守り励ましてくださる秋聲ご令孫・徳田章子名誉館長のインタビュー記事が本日の北陸中日新聞朝刊に掲載されております。「金沢市と東京・文京区 ゆかりをつなぐ」というテーマの第2回、順番に4名の人物をとりあげる特設欄です。お写真付きのとても大きな記事ですのでぜひお読みいただけましたら幸いです。ちなみに文京区には秋聲のみならず、晩年の青果さんも暮らしておりました。昭和18年、秋聲の亡くなる年の春から夏頃、病床の秋聲に頼まれ長男一穂さん(章子名誉館長ご尊父)が主治医を紹介してもらいに青果宅を訪れたエピソードをご紹介してこの展示の締めくくりとしています。





一部展示替え
 2019.1.5

 お正月ボケで何から始めてよいかわからず、とりあえず2年近くほったらかした「不定期連載」に作品をアップすべく、ただ無心にテキストを打ちこんでおりました昨日です。仕事をしている風を装うには最適の作業です。
 今回アップいたしましたのは「檻」。の最初の4分の1。青果展を開催してから何度か「檻」はどの文庫で読めますか? とお客さまから訊かれ訊かれ「アッどこにも入ってないんです…!」と全集頼みである事実をお伝えする心苦しさを味わっておりましたもので、ようやく重い腰をあげチラシにあしらったテキストの続きを打ち込まんと改めて本文に向き合いましたらアラアラ意外に長かったのです。そんなわけで指のがんばり具合とよくよく相談しながらよろよろと連載してゆく所存です。青果展閉幕までには完結します(というほどには長くないです、作業が遅く申し訳ありません…)。

 今ほど青果展3回目(6回目?)となるギャラリートークを終了いたしました。新年早々ありがとうございました。いつぞや予告いたしましたとおり本日より青果旧蔵 国木田独歩自筆詩稿(星槎グループ蔵)を公開したほか、青果筆秋聲宛書簡(徳田家蔵)を差し替え、秋聲の「誘惑」自筆原稿をお披露目、秋聲の原稿「『二つの道』の劇化」(石川近代文学館蔵)の前半と後半を入れ替え、青果の妻いねさんによる受贈物の記録帳(星槎グループ蔵)も最後のコーナーに特別展示いたしました(これのみ2月1日までの限定公開)。この記録帳には病床にあった青果に秋聲から「果物カゴ」がお見舞い品として贈られたことが書き付けられており、青果さんの秋聲へのお見舞金記録と呼応する貴重な資料! 「誘惑」原稿以外は他所さまからお借りしたものですので〝この次〟は何年も先になるやもしれません。ぜひ重点的にご覧ください。





初春のご挨拶
  2019.1.4

 あけましておめでとうございます! 本日4日より通常どおり開館してまいります。本年も何卒よろしくお願いいたします。今年の目標は日めくりカレンダーさまのめくり方を下にぴっとやること…。いつもつい横にびりっとやってしまうのですが、下にぴっとひくのが正解だそう。左右均等にぴっとひっこ抜くことで頭のもさもさが残らず最後まできれいに使えるようです。
 そう、均等に。大事なのはバランス。金沢ゆかりの詩人・中原中也の詩に「器の中の水が揺れないやうに、/器を持ち運ぶことは大切なのだ。/さうでさへあるならば /モーションは大きい程いい。」(「修羅街輓歌」)との一節があり、館の活動もこうあらねば、と思うことが多々あります。秋聲の本質を揺らさぬよう、しかしその魅力を多くの人にとどけるために、企画の振り幅を大きく大きくしてゆくこと。とは言いながら早速ちまちまと今朝ほど書斎のお軸をかけかけました。
 なんとなく新年に展示しがちな島崎藤村揮毫「生命は力なり、声は言葉なり、新しき言葉はすなはち新しき生涯なり」(『藤村詩集』序)。言葉の力により進んでゆくのが文学館の生涯なのですからここでわれらが秋聲先生からも有り難いお言葉をひとつふたつ。「左に右(とにかく)君はやり過ぎる。少しは周囲も見なければ……」――小説『檻』より。そう大事なのはバランスバランス…「けど僕は君なぞに何か教へやうと思つてる様な大人ぢやないよ。然云ふ道伴にはもつと豪い人を選び玉へ。…」
 以上、厳密には作中人物「林」の言葉ですが(言われているのは青果をモデルとする「岡辺」)、そこは大雑把にとらえてわれわれの道伴は秋聲以外にないのです! どうかどこまでもご同行くださいませ! 大家のくせに豪い大人の顔をしないのが秋聲。すなわちその言葉もきっと有り難がるタイプのものでなく、それが必要な人にさりげなく染みいるタイプのものなのでしょう。



 

 

 

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