寸々語

寸々語(すんすんご)とは、秋聲の随筆のタイトルで、「ちょっとした話」を意味します。
秋聲記念館でのできごとをお伝えしていきます。





鬼と花
 2023.2.8

 昨日の記事にあげました宇多須神社の節分祭は、ひがし茶屋街の芸妓さん方が豆を撒いてくれることでこの季節、東山の風物詩となっています。当館でも毎年恒例、過去7回、ひがし料亭組合さまにご協力をいただき、館内におけるお座敷あそびを開催してまいりました。が、コロナ禍において密を避けられず、ここ数年はお休みを余儀なくされた本催事、来年度から通常通り再開してゆければ…と考えております。
 本日は遅まきの節分にちなみましてふたりの鬼のお話をば。秋聲を「小説の鬼」と称したのは宇野千代さんですが、「文学の鬼」こと宇野浩二展を開催中の福岡市文学館さんから同展図録をお送りいただきました! 当館蔀館長の専門分野が宇野浩二というご縁により。秋聲も出てた~と見せていただき、宇野が京都で宿泊したという宿屋「赤まんや(あか万屋)」の利用者として秋聲の名を確認!(冒頭、山岸郁子先生のご寄稿中にもチロリと!) 次回「西の旅」展をご用意していながら、このお宿はまったくのノーマークでございました…げに有り難きタイミングでのご教示でした。深く感謝を捧げると同時に、それはそれとしてなんといっても宇野の残した写真の数々が圧巻です…! 旅先での記録写真をほとんどお出しできそうにない「西の旅」展を顧み、まだ開幕してもいないのにすでにそんな痛みに耐えつつ、(いいね、この写真いいね…)と頁を繰るたび涎を垂らしつつ、素敵なつくりと充実のご解説とともにこれは広く手に取られるべき貴重な図録であることを大きな声でお伝えしてゆかねばならぬと思いました。な、なんと通販でもお買い求めいただけますよ!! 展示は2月26日(日)まで、19日(日)には増田周子先生(関西大学教授)による記念講演「宇野浩二と大阪―人物・追憶・風景―」も開催予定です。
 さて、この鬼ふたりを花にたとえると何とする…上記「宇野浩二と大阪」からの連想で、大阪と秋聲を掛け合わせると今思い出されるのは吉屋信子(前々回記事参照)。そして信子の「文壇百花之譜」に出てくるおふたりはこう→「木犀。徳田秋聲。」「山吹。宇野浩二。」…恥ずかしながらお花に疎く、木犀と書かれ、すぐにその画が浮かばなかったのですが、検索してみて、あぁキンモクセイの! となりました。単に「木犀」とだけ言うとギンモクセイ(銀木犀)を指すことが多い、ともあり、あぁ燻し銀の! ともなりました。宇野浩二の山吹には一言コメントがついており、これがやや辛口? ユーモア? といったニュアンスで、ちょっとスパイスの利いたたとえのようです。たくさん出てくる他の人々についてはまた次回。





三週間ぶりにこんにちは。
 2023.2.7

 馬込なるひとさまのところのお祭りに浮かれている間に、かつてないほど寸々語をさぼってしまったようです。最近、次回企画展「西の旅」を組み立てながら、本家・秋聲の随筆「寸々語」の登場シーンにぶつかり後ろめたさにハッとしたりなどいたしました。この間ハッとする以外に何をしていたかと申しますと、雪かきをしたりラジオの収録をしたり、収蔵庫を整理したり、資料調査に出かけたり、動画の撮影をしたり、雪うさぎを作ったり、会議に出たり、原稿を書いたり、雪かきをしたりとなんやらかんやらしているうちにあれよあれよと立春を迎え(画像はお隣の職員さんに行ってきてもらった宇多須神社の節分祭)、4日(土)には「足迹」展のギャラリートークをおこないました。次回3月4日(土)が「足迹」展最後のギャラリートークとなり、そのお申し込み受付も開始いたしました。コロナを鑑み、ここ1~2年ほどは5名様限定の要申込制をとりながら開催してまいりましたが、この3月を最後に、次回「西の旅」展のギャラリートークの第1回、新年度の4月からはお申込制をやめてみるつもりでおります。「申込不要」の文字が久々にお目見えする、そんなチラシを鋭意制作中の現在です。
 また今朝ほど、MROラジオ「あさダッシュ!」さんにも出演させていただき、「西の旅」展の予告をさせていただきました。今回は、2月といえば…で昭和17年2月、秋聲最後の帰郷を描く「古里の雪」のお話をしてきながら、ここ数日の暖かさたるや。雪? 雪はどこに?? という気持ちは絶筆「古里の雪」の読後感とも少し重なるかもしれません。肝心の古里に雪がないため、気持ちはすっかり秋聲が「南国」と呼ぶ西方および春から夏を向いており、同時にシリーズ展となる次々回「東の旅」を視野に入れつつ展示をつくっている都合上、パネル制作の打ち合わせをしながらデザイナーさんがぽつりと「もう11月かぁ…早いなぁ…」と呟いているのに気がついてしまいました。そう、「東の旅」の会期が7月~11月を予定しているため。
 そうですね…11月もすでに視界のはじっこに入れながら生きていることは間違いありませんが、さすがに「もう11月」ではないですね…だって秋聲忌はいまだノープラン…。某K花さん生誕150年の華々しさの後ろで、今年はこっそり秋聲没後80年にあたるのでした。しみじみと秋聲を想う、そんな企画を、ぼちぼち考えてゆく所存です。





「馬込文士村 空想演劇祭2022」②
 2023.1.15

 今日も今日とて「馬込文士村 空想演劇祭2022」を元気に、そして好き勝手にご案内申し上げます。プログラムから演目②は「花物語ごっこ」…『花物語』(大正5年~)すなわち吉屋信子の代表作! 秋聲とは、大正8年、信子の小説「地の果(はて)まで」が「大阪朝日新聞」の懸賞小説第一等に選ばれたことをきっかけにして交流が始まりました。選者のひとりで本作を高く評価したのが他ならぬ秋聲で(他の選者に幸田露伴、内田魯庵)、推薦のお礼に信子が徳田家を訪れて以来、親しくお付き合いするように。馬込×秋聲で言えば、大正11年には信子から「大森に引っ越しました~」のお手紙が届いており、平成19年開催の「秋聲と吉屋信子」展に出品履歴がありました。
 大正15年、例の「二日会」が結成された際にはそのレギュラーメンバーとなり、会の記録冊子に載るお名前をざっと数えてみただけでも14回の出席が確認されます(ちなみに尾﨑士郎も14回、宇野千代さんは4回、目安として馬込文士のおひとり犀星さんも14回タイです)。この頃、はま夫人を亡くして落ち込む秋聲を誰よりも賑やかに、華やかに支えてくれたお方であったと言えるでしょう。前回の久米正雄展でご紹介した秋聲会長によるダンス愛好会「昭和倶楽部」(昭和7年)に久米が勧誘されたと同様、信子にもお声がかかっていたようで、「私は此頃ダンス熱がすつかり醒めまして賛助員は不似合ですが、先生につらなつて私の名がお役に立つなら光栄ですから承諾いたします。」とのお返事をくれているほか、その前年1月、信子のお家で開催された「二日会」では同席した楢崎勤により「ダンス・ダンス吉屋信子嬢 ダンス非常に上手上達ノ事」との記録があり、当日ダンスのお披露目があった模様。ちなみにこの時秋聲もダンスを披露し、牧野信一に嘲笑されてムッとするの巻。
 馬込といえば宇野千代・尾﨑士郎夫妻、萩原朔太郎をはじめダンス文化も盛んであったそうですから、そうした土壌の中からこの「演劇祭」も生まれてきたのかもしれません。演目③の「馬込の文士2022」(無料)では、千代と信子を中心に、その人物像がスタンダップコメディの形で語られるとのこと。
 なお、信子には次回企画展「西の旅」にちろりとご登場いただくつもりでおります。そんな気持ちも手伝って、もはや当館の目にはこの演劇祭のプログラムが「花物語ごっこ~秋聲を添えて」、「馬込の文士2022~時々、秋聲」に見えているわけですが、こんなにはしゃいでおいてそもそも馬込文士ではないので、秋聲はたぶん出ません。





「馬込文士村 空想演劇祭2022」①
 2023.1.14

 前回の演劇の話題に続き、このたび館に面白そうなイベントパンフレットが届きました。「馬込文士村 空想演劇祭2022」。ご企画自体は昨年から始動しており、馬込にまつわるいくつかの演目を今月21日~3月16日までオンラインで視聴できるようです。そのプログラムといえば、演目①「千代と青児」…宇野千代と東郷青児! このおふたりと秋聲とは良き遊び仲間でありました。そもそも千代と秋聲が初めて顔を合わせたのも、昭和2年、馬込の地であったと言います。ここで千代は、青児より先に尾﨑士郎とともに暮らしており、ある日突然山田順子を伴った秋聲がその家に遊びにやってきたとも、同地の大森ホテルで仕事中の秋聲を千代が訪ねて行ったとも。また当時、売れっ子作家であった千代に順子が会いたがったのだとも、秋聲に会おうと千代が人に連れていかれたのだとも。当事者たちの回想もちょっとずつ食い違っていたりするのですが、いずれにせよ馬込×秋聲エピソードにはちがいありません。ここでの対面を機に、例の「二日会」にも参加するようになった千代と士郎。しかしやがて破局し、千代は画家の東郷青児と交際を始めます。平成29年の千代生誕120年記念企画展「罌粟(けし)はなぜ紅い~千代と秋聲~」では、青児との交際のきっかけとなった千代の小説『罌粟はなぜ紅い』をはじめとして、ここに秋聲を交えた三人の交流をご紹介いたしました。
 昭和5年には、ジヤン・コクトオ著/東郷青児訳『怖るべき子供たち』出版記念会にそっと混じっている秋聲(「東郷はもう子供のやうに喜んでゐるのでございます」@千代筆秋聲宛礼状)。翌年には、秋聲還暦祝賀会に千代、青児ともに出席。同年、青児のアトリエ開きにもそっと混じっている秋聲(曰く「東郷青児氏の新築披露のダンス会」Ⓒ秋聲)。
 この頃、千代からも青児からも「いついつ迎えにいきますー」といったような手紙が残されており、ともに26歳下のこのご夫妻に世話を焼いてもらいつつ、よく一緒に遊んでいたことがわかります。そういえば、どこだか旅行の話もあった…と確認にゆけば、昭和5年11月、千代から手紙で熱海に誘われておりました。さっそく展示したいところながら、これはどちらかというと次々回企画展「東の旅」向き資料。その少し前にも会っていたか、上記の出版記念会を指すか、「先生がご機嫌よくおいで下さいましたので東郷がとても嬉しがってをりました」@千代筆書簡)。そんなわけで、もはや当館の目にはこの演劇祭のプログラムが「千代と青児と秋聲」に見えているわけですが、秋聲はたぶん出ません。





企画展「舞台―石川と近代演劇」
  2023.1.11

 昨日火曜の休館日を利用して、「足迹」展出品資料の一部を入れ替えました。秋聲のはま宛て書簡の差し替えをいくつかと、川崎長太郎「徳田秋声の周囲」自筆原稿を真山青果筆秋聲宛書簡に変更。はま没後の荒れ果てた生活ぶりを綴る短編「暑さに喘ぐ」の初出誌「中央公論」大正15年9月号を新たにお出しいたしました。とくに青果の書簡ははまを喪った秋聲にどうやら再婚を勧める内容のようで、〈家事家政の煩雑事まで心を労されては貴下のお体がたまるまいと実に御心配申上居候 自分が病気して見ると余計こゝろにかゝりてお案じ申上候 くれぐれも老友の愚案をお取捨なきやう願上候 若し機会熟し申候はば小生方にも一人心当りの者あり候 急がず投げずよく々々御思慮被下度候 御一身内のことに余り差出がましく候へども自分に種々の経験あるだけに申上るのに候〉…と見え、青果もまた早くに妻と死別しておりますので、同じ境遇からこの頃の秋聲を気遣ったお手紙であると言えそうです。
 さてそんな青果といえば、小説家であり劇作家。明治末、秋聲と同年生まれの国木田独歩の死を看取った人物としてよく知られていますが、その界隈のことも含めて文壇ですったもんだあり、小説を離れ劇場の世界に活路を見出してゆきます。初代喜多村緑郎の誘いにより脚本作家見習として松竹に入社。やがて現代でも上演される「元禄忠臣蔵」などの歌舞伎脚本を生み出すほか、秋聲曰く〈友人関係の因縁で〉その作品のうち「誘惑」「路傍の花」「二つの道」の三作品の舞台化を手がけました。かつ、毎度しつこくも前回記事中に宇野浩二の言う藤村と秋聲の第二回野間文芸賞賞金折半話にちなみ、同賞の第一回受賞者こそこの真山青果!(第二回は受賞者なしであったため賞金を折半することに。藤村・秋聲ともにむしろ選考委員です)。そうしたゆかりでもしやお名前が出てくるでしょうか、7日より、石川近代文学館さんで新企画展「舞台―石川と近代演劇」が始まりました(~3月19日)。片眼に青果を宿してみれば、スポットライトに照らさるる秋聲の名の下に「二つの道」と見えますね。ぼくの作品の舞台化は難しいだろうね~だって起伏がないからね~と自覚的な秋聲であると同時に、展示概要にもご紹介くださっているとおり、幼少期から劇場通いの習慣のある秋聲です。「春雨の草履ぬらしつ芝居茶屋」と唱えながら、ぜひ観覧にお出かけください(覚え書き/3月の書斎はこの俳句幅にすることを忘れない)。





企画展「まなざしと記憶―宇野浩二の文学風景」
  2023.1.8

 昨年の久米正雄展の際に資料提供やご講演などでたいへんお世話になりました山岸郁子先生よりご案内を賜りました! 今月13日(金)~2月26日(日)、福岡市総合図書館1階ギャラリーにて企画展「まなざしと記憶―宇野浩二の文学風景」(福岡市文学館主催)が開催されるそうです。久米展にも今回の足迹展(ガイドペーパーのみ)にもご登場いただいている宇野浩二。とくに久米展では、その著書『文学の三十年』口絵から、例の玉川遊記の際に土手でカメラを構えている久米のお写真をご紹介させていただいたりなどしておりました。
 〈「文学の鬼」と呼ばれた作家・宇野浩二(1891-1961)が、大正時代、まだ稀少だったカメラを持ち歩き、大量の写真を残していたことをご存知でしょうか〉(展示概要より)とある通り、同館「宇野浩二文庫」に保管されているという一千枚を超える写真群のうち、宇野自身が撮影したものその他が、彼の残した文章とあわせて紹介されるとのこと。「日本古書通信」12月号では、山岸先生が「宇野浩二の写真」として展覧会の内容・意義を語るとともに、久米や直木三十五、里見弴、加能作次郎らのお写真も掲載されています。
 残念ながら、上記の玉川遠足に秋聲は欠席しましたので、この時は写りようもないのですが、ふたりの交流を「足迹」展との絡みで言えば、秋聲の妻はまの死をきっかけに発足した「二日会」に会員外から宇野君を招待したよ~と秋聲自身が記録した文章がありました(「実感から」昭和2年3月)。その会で宇野君と作品をめぐって議論になり、秋聲は〈少したぢたぢの形〉になってしまったとか。また「足迹」展でご紹介している宇野の作品評は戦後の「芸林閒歩」における座談会での発言で、これが実質的な秋聲追悼号であったと同様、雑誌「新潮」の追悼号(昭和19年1月)にも「徳田秋聲氏のことども」のうちのひとつとして宇野の「道なき道」が掲載されています。そこでは主に第二回野間文芸賞の賞金が秋聲と島崎藤村に折半して贈られることになった時の授与式に触れ、そのスピーチで、藤村にはいつも助けられていること、自分がいかに怠け者であるか、「五百円とか、千円とかいふのなら、小遣ひといふこともあるが、五千円はありがたい。」と語ったという秋聲のそのあまりに素直な物言いに心打たれたことなどが綴られています。そして結びには、上記「二日会」と同じ昭和2年頃、ふと寄った銀座の喫茶店で揮毫を依頼され、渡された帳面をぱらぱらしていると一番最後のページに秋聲の筆跡を見つけ、その文句にはっとした、と。曰く、「道なき道を歩む 徳田秋聲」。
 会期中はギャラリートークほか、1月21日(土)には山岸先生による講座「宇野浩二の『語り』の可能性」もおありとのことです。秋聲を置いておいてもこれはとても気になるご企画…!
 




春の雪
  2023.1.7

 本日「足迹」展の展示解説を開催いたしました。ご参加くださったみなさま、ありがとうございました。次回は2月4日(土)、よく見ると午前の部が前回記事でご紹介した江戸村さまの「かきもち編み」とぶつかってしまい、解説は3月もございますのでどうぞレアな「かきもち編み」のほうへお出かけください、という気持ちでおります。あるいは当日解説させていただきながらその手でかきもちを編んでいるかもしれません。足下はかんじきかもしれません。わりと2月が雪本番といったイメージがございますので、冗談では済まぬやも…年末、早すぎる大雪にすでに一度やられており、正直雪はもうお腹いっぱいですが、秋聲先生が雪のない春は寂しいと仰いますので、心地よい筋肉の疲労で済む範囲の積もり方であることを祈ります。
 そういえば秋聲がはじめて東京へ旅立ったその日もちらちらと雪の舞う日であった、と『光を追うて』を読み返しましたら、3月の末〈裾端折(すそはしおり)の甲かけに草鞋(わらじ)といふ軽装〉であったそうな。それで森本、津幡を過ぎて倶利伽羅峠を越え、ちょっと人力車なんかにも乗りつつ市振を過ぎ、親不知子不知海岸をすり抜け、直江津でようやく汽車に。「ワットに感謝」。長野まで行き、そこから歩いて碓氷峠を越え高崎、そして再び汽車に乗って上野へ…というとんでもない道のりを突き進んだ草鞋履きの秋聲22歳、そして旅の道連れ・桐生悠々20歳です(悠々さん、今年生誕150年おめでとうございます!)。
 この上京物語は取り上げないのですが、次回3月中旬からの企画展タイトルは「西の旅」と言い、秋聲が出かけた西日本各地のエピソードをご紹介する内容です。なお、とくに何事もなければその後の夏秋でもって東日本篇をお送りする予定にしております。比べてみて「西の旅」という響きの方に座りがよい、と感じてしまうのは単に五音というだけでなく秋聲作品に同名の短編(と単行本)があるためでしょうか。ご存じ、『光を追うて』のお尻にくっつき、本編のうちに吸収された一作です。逆に「東の旅」という作品はなく、「西の旅」ありきのシリーズ展…とはいえ、すこし今回の「足迹」展とも重なる長野行きも含め、西日本に比べて東日本のボリュームの大きいこと!(金沢への帰省旅行は西に入れました) と、そんなバランスも考えながら、ただいま資料を探索しつつ、パネルの数量やケースの中身を組み立て中です(アッ、折鞄ならぬ秋聲愛用の旅行鞄がありましたね!)。


 


かきもち編み
 2023.1.5

 昨日うんともすんとも言わなかったエレベーターが元気になりました。おかげさまでほっと一安心いたしました。そしてそんな騒動を発端にあれよあれよと覗きに行った金沢湯涌江戸村さまのHPで、たいへん愉快なイベントを発見! 2月4日(土)11時~12時、「かきもち編みと冬の暮らし」。まず「かきもち」に「編む」という動詞がくっつくことにちょっとした衝撃を受けつつ、添えられたお写真がまさに秋聲没後に出版された『古里の雪』の表紙そのもの。外函は黒(濃紺?)に雪印のデザインですが(雪印繋がりで、雪印乳業発行の冊子か何かに作品が引用されたこともあるそうです)本体のデザインが「かきもち」柄であることを、以前、金沢ふるさと偉人館さんにお貸しした際にこちらでご紹介しておりました(2021年4月20日記事、「祝・『偉人館雑報』更新」より再掲↓)。

「常設展にいつもお出ししている秋聲遺稿「古里の雪」(レプリカ)も旅の一味となりまして、秋聲没後に刊行された単行本『古里の雪』もろとも当館を旅立ってゆきました。ちなみに本書には中にピロリとした名刺大の紙片が挟まっており、こんな記述がございます。
『装幀は、玉井敬泉画伯の筆になる。表紙カバーは、北陸地方色豊かなカキ餅の図。見返しは、加賀友禅、遠く卯辰山、三十塔、五本松、近く天神橋、静明寺の甍を北都の冬、降りしきる雪景色の中に表わし、配するに、秋聲先生自筆の一句を以つて飾つた。 白山書房編輯部』」
  
 というわけで、地方によってはご覧になったことのないかもしれない「カキ餅の図」とはこのような光景を言うのでしょう。この日は「かきもち編み体験やかんじき体験など冬の暮らしを体験できます」とのことで、あわせて秋聲はかんじきを履いたことがあるかしら? と雪原を行進したっぽい随筆を漁ればこう→「自分等の少年時代のウヰンタースポーツは雪合戦と、兎狩りに止めを刺す。」(「雪のない春」) アッ…うさぎを…! 四高時代の思い出です。ヤーッと威勢よく出かけたけれど「行軍中に大熱を出して、肝心の兎よりも先に倒れて了(しま)つた」そうで、その足下がかんじきかどうかも分からなかった上に今年の主役のうさぎを追い込んでいてハラハラしました。





謹賀新年
  2023.1.4

 あけましておめでとうございます。本日4日より、通常通り開館いたします。今朝いちばんで書斎の書幅を新しくいたしました。今月は万葉集から秋聲自筆 長奥麻呂(ながのおきまろ)の和歌一首。「大宮の内まで聞ゆ網引(あびき)すと網子(あこ)ととのふる海人(あま)の呼声」、「病秋聲謹書」と署名された最晩年の筆跡です。それから例月のMROラジオ「あさダッシュ!」さんへと向かい、こちらも新年初回にお邪魔させていただきました。以前の寸々語でもご紹介いたしましたとおり(去年の記事は過去ログに格納)、秋聲仕様のシンプルお雑煮のお話から、正月飾りを嫌う夫と出したい妻の攻防、そこから開催中の「足迹」展までご宣伝いただきたいへん有り難いことながら、大正15年以降はどうしてもお正月というと妻はまの死、という悲しい文脈になってしまう徳田家ですから、番組でも急にしめやかな空気にしてしまって恐縮でした。しかもその当時を描いた短編「折鞄」をご紹介してからの「一押しの展示品は?」とお訊ねいただき「秋聲自筆のはがきです~」ではなかったですね! そこは「折鞄です」と張り切ってお伝えすべきでした。今回1階再現書斎に投げ出すように無造作に展示いたしました秋聲愛用の折鞄。初公開。フェルトの帽子とともに、まさに〝その時〟を想像しながらご覧くださいませ。また、はま夫人の気遣いにより、秋聲には切らせなかったというお餅のくだり、「不定期連載」もしくは「青空文庫」さんからお読みいただけます。
 そんな資料各種によりいつになく厳粛な雰囲気漂う現在の書斎に似合わず、その少し手前がとてもカチャカチャしておりますのは、北陸名物〝鰤おこし〟(=冬の雷)の影響かどうか、エレベーターに不具合発生。新年早々、お客さまにはたいへんご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございません。今業者さんが懸命に復旧作業にあたってくださっています。そして雷といって思い出されるのは雷嫌いの川向こうさん(某K花記念館、2月末まで休館中)とシュッと天に向かって屹立する避雷針をお持ちの金沢くらしの博物館さん(現在見られる避雷針は復元されたものだそうです)。
 企画展で三文豪の防寒についてご紹介くださるなかでもくらしさまの年末のブログ、ことさら秋聲まみれですね…! ありがたいことです。秋聲作品をふんだんに用いながら、当時の雪との暮らしをご解説くださっております。また記事中、金沢湯涌江戸村さんに言及があるのも面白いところ。文字→その実物→いっそ建物、と、どんどんスケール大きくあらゆる角度から歴史に触れることの出来るのが金沢という街の強みでございます。各施設あわせて、今年も何卒よろしくお願いいたします。




 

 

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